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2011年6月15日 (水)

完了形の被爆と進行形の被曝と

今朝のネットニュース見出しは100ミリシーベルト以下は安全だと唱え続けてきた長崎大の山下教授を福島県放射線健康リスク管理アドバイザー(3月19日就任)から解任させよとの声が上がっていることを報じています。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110614-00000005-jct-soci

けれども、竹橋乙四郎もこの人とおなじ。
西日本新聞では、長崎原爆被爆者と福島原発被曝者、ふたつのひばくの問題を扱う連載が始まりました。わからないことです。目に見えない世界のことであり、地は血であり。人は、地を、うごけない。血を、動けない。

コメント

じわじわと茹でられつつある日本です。
福島のはるか遠方でも、濃縮によって下水汚泥が数十倍も放射能汚染されてしまっているという問題。汚泥は建築資材にリサイクルするもの、というシステムに現代日本は依存しきっていますので、今後、一切、汚泥の再利用はするな、というわけにはいかないようで、汚染度の低い汚泥の再利用は容認せざるを得ないようです。従って、今後、日本で作られる建物は、これまでよりは余計に放射線を放出し続けることになります。
「これまでの世界とは違う世界で生きる覚悟を」その通りでしょう。
とはいえ、これまでも、大理石や花崗岩をふんだんに使った高級な建物では、他よりはるかに多い放射線を放出し続けてきたわけで、高級マンションに住んで高級デパート巡りをされているようなセレブの方々の被曝量はそう変わらないでしょう。庶民がセレブ並みになるということです。

菅さんの厚生大臣時代の素行については表立って言えないことが多かったのですが、最近、禁が解かれたごとく、出て来ました。(↓)
やはり真実は隠し通せないですね。
多くの先輩や同僚たちが傷つき、出世を棒に振った出来事なので、絶対に許すことのできないエピソードでしたが、当時、この真実はどのマスコミも書いてはくれませんでした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
飯島 勲 「リーダーの掟」(プレジデント 2011年7.4号)
(前略)
菅総理は、1996年に厚生大臣に就任し、薬害エイズ、カイワレ大根問題を通して広くマスコミに注目されるようになった。菅総理にとって唯一の「栄光の時代」について、今回私は真実を明らかにしたい。スタンドプレーの原型が、まさにこのときにできあがったのだ。
薬害エイズ訴訟は、95年にまだ十代の少年だった川田龍平さん(現参議院議員)が原告団の一人として実名を公表してからマスメディアでも注目が高まった。当時は自社さ連立政権で、対応にあたったのは日本社会党(現・社民党)の森井忠良厚生大臣だった。
森井大臣はこの事件を厚生省創設以来の危機ととらえて、どこかへ消えてしまった薬害エイズに関する資料を探し、毎日少しでも時間があると省内を歩いて回っていた。大臣の真摯な姿勢に打たれ、ヘタをすれば自分たちを不利な立場に追い込みかねない官僚たちも次第に協力するようになった。
当時、荒賀泰太薬務局長は、仕事を終え、退庁を示すランプをつけた後で局内を探し回っていた。
さらにその資料の捜索に、全省のノンキャリアが動きだした。官僚の働きについて、キャリア官僚ばかりが注目されがちだが、実務を担当するノンキャリアの実力は侮れない。ノンキャリアの人事には、大臣も事務次官も官房長も口を出せない慣習になっていて、その裁量はノンキャリアの“ボス”に任されている。どんなに優秀なキャリア官僚でも、ノンキャリアをバカにするような態度をとれば、仕事ができない部下を集められ、出世レースから脱落してしまうのだ。ノンキャリアの支えがあって初めて、日本の行政機構は機能する。
95年末には厚生省のノンキャリアの“ボス”の指示により、全省が一斉に薬害エイズ資料を血眼になって探し始めたのだ。森井大臣と荒賀局長の執念がノンキャリアを動かしたのだ。
しかし、年が明けた96年1月11日、村山総理の退陣を受けて橋本内閣が発足。森井大臣は退任し、菅厚生大臣が誕生する。
大臣が代わっても、資料捜索は続いていた。2月に入り、とうとう官僚の一人が“郡司ファイル”を見つけた。背表紙にボールペンの手書きで「エイズ」と記されていたのを、当時のニュース映像で見た人も多いかもしれない。発見場所は、薬務局から遠く離れた保健医療局の地下の倉庫の資料棚の裏。古い木造の建物から現在の合同庁舎5号館に引っ越しする際に、棚の裏に置き忘れられていたらしい。
このファイルは薬害事件発生当時の生物製剤課長・郡司篤晃氏が私的にまとめていたメモで、ファイルにはナンバリングもなく、公文書でないことは明らかだった。発見当時の多田宏事務次官と山口剛彦官房長(2008年、元厚生事務次官宅連続襲撃事件で死亡)は、資料の分析の必要性があるとみて、官房会議にかけようと、新しく就任した菅大臣に報告に行った。
しかし、菅大臣は資料を取り上げ、内容を分析することもなく、記者会見で「官僚がずっと隠していたものが、私が就任したから見つかった」とファイルを公表した。もし、ずっと隠したいのなら、菅大臣に報告をする必要はない。菅大臣が官僚を裏切り、スタンドプレーに走ったのは明白だ。
以来「総理にふさわしい人」として菅大臣はマスコミの寵児となった。一方でファイル探しに汗を流した前大臣は無能呼ばわりされ、キャリアとノンキャリの壁を超えて探し回った官僚たちは情報隠ぺいの犯人扱い。菅大臣はこのときから他人の手柄を横取りし、自らが発表するという手法を確立していたのだ。
(後略)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

http://president.jp.reuters.com/article/2011/06/11/77BE92C8-9277-11E0-B097-061F3F99CD51.php

報道がまったくされない4号機
    ↓

http://www.daytradenet.com/Cool/archives/2011/06/141646.php

4号機の2個目の動画、コバルト・ブルーですね・・。

もう何番目の建屋がメルトダウンしてスルーしてるのだかごちゃごちゃになってきました。
四号機でしたか、すべて燃料だったのは。もちろんどこも燃料なんでしょうが、はげしくわかりません。

しかしこの世のものとはおもえない幻想的な色。

コバルト・ブルー・・コバルト60・・山口百恵・・赤い疑惑・・白血病・・と繋がってしまいました。
大変なことになっていませんように・・。

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