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2011年6月19日 (日)

『唱導文学としての「黒木物語」ー 待宵小侍従説話について』 国武久義・著

「九州大谷国文」第6号
平成九年七月一日発行

 唱導文学としての「黒木物語」
  -待宵小侍従説話についてー

  國武久義

一 序

星野村はんや舞のこと

 八女郡星野村に数百年にわたって伝承されてきた「風流(ふりゅう)系小歌踊り」がある。「風流はんや舞」と言う。この踊りは、瀬高町大江の「幸若舞」とならんで中世の余風を色濃く残している民俗芸能であり、現在「福岡県無形民俗文化財」・「国選択重要無形民俗文化財」に指定されている。
 星野村を江戸時代の行政区である上郷・横廻・中通り・下郷の四つの組に分け、それぞれの組が池の山「麻生神社」に毎年踊りを奉納してきた。一組二十人ほどの若者が舞台にのぼり、手にした白扇を開いたり閉じたりしながら「ハンヤ」という囃子詞で始まる室町小唄の流れを汲む古い歌謡を口ずさみつつ静かに手足を動かして群舞するものである。今日記録として残っている歌謡は四十二番、以前はもっと多かったらしい。
  

つづく

昨日の連句興行のとき、広川町の元役場職員、山下整子さんから頂いた資料です。ありがとうございました。さっそく数日にわけて、連載させてもらうことにいたします。時間の許す範囲内でうちこませてもらいたいとおもいます。未知なる「国武久義」先生、ありがとうございました。 

(ではこれからしごとです。)

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コメント

黒木物語高野も記録

高野は高野山の「こうや」ですが、ここでは「たかの」と読み替え。
なぜなら、回文。

こうやの宮とリンクしている。

ああなるほど。鷹のとかけたかったのですね。

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