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2011年5月 4日 (水)

神津呂伊利氏一件落着の顛末から、小出助教のお話に耳を傾ける。

しつこくてすみませんが、巳(ヘビ)年生まれは執念深いので、お許しを。
お見舞い金行方不明の件は、TVもなければ鍵のついた引き出しもない、集中治療室で起きた出来事です。再三再四再五言いますが、説明責任が果たされていません。

よく書いてくださいました、というべきなのでしょう。
たまにあることかもしれません。
探偵ものではこんなかんじ。
1そこにいただれかの犯行。これはまちがいない。
2ではだれか。
3とおりすがりのプロのすり、お銀。いやなんとなく。
4とおりすがりのプロではないができごころのお銀。いやなんとなく目に留まったんで。やっちまいました。
5おいしゃさんの犯行。いやなんとなく目にとまって。ちょうどおかねがなくて。こまっていた。
6かんごふさんの犯行。ポケットにいれてあるのが床におちていた。あとで届けようとおもったけどいいそびれた。
7介護士さんの犯行。おむつをとりに隣の部屋にはいったら、その場にいきあった。できごころです。おゆるしください。
8臨床心理のたまごの犯行。同上。
9麻酔医の犯行。同上。
10えーとあとだれがのこっていますかいな。もう最近の職種の多彩さはざっといきまっせんがね。
11黄色い部屋って手がある。探偵自身の犯行。ろいりさん、犯人はあなただ!

これでどうだ。さあ、おすきなものをえらびなされ。
(疑心暗鬼の鬼と化す呂伊入さん、へびの道はなんとやら。隙があったってことです。そんなとこに収納してはだめだったのですよね。でも、たぶんかつてそんなことはなかったんでしょう。だからついそういうことをされたのだとおもいます。もうしやなかたい。うんめいたい。りようしくみあいからのおみまい金といえば、公金の一種そうもいかないでしょうから、御返しもしなければなりません。きまずいでしょうが、あきらめるよりほかありません。天のいましめとおもうこっですな。ふん。

結婚式のとき、たくさんご祝儀をいただきました。
一人ののしぶくろになにも入っていませんでした。
そんなとき、親戚であればそれとなく伝えたと思います。でも、上司でした。いえませんでした。いくらとちゃんとかいてあるのに、なにもはいってない袋。いまだになつかしくおもいだされます。おなじことをやりかねない。きをつけようとおもいます。
以上、おはり。

事実は小説よりも奇ではなし。いくら何でも聖マリアさまの僕(しもべ)だから、5~9はあり得ない。まず私の文をよく読んでください、集中治療室に入って数日後のできごとだから、7~9は来ない。
11.もあり得ない、なぜなら父母の全預金を今は私が管理しているので、そんな端金に手を出す必要がない。
私の推理は可能性の高い順から
1.ポケットの中から落ちて、蒲団の中かベッドの下に紛れ込んでいる
2.パジャマを着替えた時、それをそのまま洗濯してしまった(しかし弟がそれを知らないからといって彼やその嫁の責任とも思えない)
3.看護師が預かっていて、それを見舞いに来た親族に伝えていない

正解は3でした。昨日弟が病院で訊いたら、そういう答が返ってきたらしい。再六言います。様々なことが説明不足に尽きる!ホウレンソウ(報告・連絡・相談)がなってない。放射性物質に犯されているのだろうか。
でも義母や母の主治医の下川先生は、ちゃんとそれができる人。この病院は、ちょっと良くなるとすぐ退院させるという「悪評」を数名から聞いたが、それはカクカクシカジカでと、最初にちゃんと説明してくれて、なるほどそれなら仕方ないと納得できた。だから退院後に行くべき病院も、あらかじめ考えておいたほうがいいですよと、適切なアドバイスあり。
もうこのへんで、この病院関係のことは打ち止めにしたいが、最後に1つ。私は「業界の方々」としか言っておりません、理容組合からのお見舞い金とは言っておりませぬ。

「浜の真砂は尽くるとも、世に盗人の種は尽きまじ」
(盗賊、石川五右衛門、辞世の句)

※呂伊利さんのコメントはhttp://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2011/04/post-e0cb.htmlからの編集です。

米国は「米国につくかテロにつくか」と世界に踏み絵を迫った。敢えて問われるのであれば、私は躊躇なく「テロ」に付く。そんな問いをするのであれば、一番悪いのは世界最強国による国家テロである。しかし、真に問うべきは「正義」か「テロ」かではなく、米国に対する底知れぬ憎しみが沸いてくる、その理由である。途方もない金満・飽食、自らは安全地帯にいてTVゲームをするかのように「敵」を殺す自由すらある米国。そして、一方には10億に達する人々が飢餓に苦しむ。一握りの強者達が、絶望的な格差の上に成り立つ「自由」と「平和」をむさぼり続け、地球環境の破壊などものともせずに、さらなる享楽を求め続ける。そのために、あらゆる軍事的、経済的な力を行使するというのであれば、故なく虐げられた人々による抵抗は必ずやまた起きるであろう。
「暴力で平和はえられない」という人々がいて、彼等はもちろん米国の報復戦争に反対する。しかし、その彼等でさえ枕詞のように、今回の攻撃自体は「いかなる理由があっても、決して許されないテロ」だとして非難する。しかし、現在の世界秩序、強者達だけの「平和」こそ、暴力によって維持されている。たしかに、暴力の行使を認めてしまえば、力の強いもの達が常に勝つことになる。リトルビッグホーンでカスター部隊を殲滅したクレイジー・ホースも翌年騎兵隊に捕えられ殺された。そして、彼の抵抗自体が米国にさらなる虐殺の口実を与えることになった。その意味では、弱者による物理力の行使は、それ自体を取り上げれば決して弱者自身のためにならない。それ故、徹底的な非暴力による抵抗を試みることにももちろん意味があるであろう。しかし、連綿と続いた先住民の戦いは、それが絶望的な戦いであったとしても、圧倒的な暴力を行使する白人に対するやむにやまれぬ抵抗であった。それを「テロ」として非難することは当たらない。また、そうした先住民の抵抗によって騎兵隊以外の白人移民が犠牲になったとしても、「罪のない一般市民が殺された」として、その責任を先住民の抵抗に求めるのは誤りだと私は思う。今回の米国に対する攻撃についても、それを犯罪として規定するところからしか始まらない思想や運動には、私は与さない。
 最後になったが、「国際紛争を解決する手段としては、武力の行使を永久に放棄した」はずの国が、早々に米国の武力行使に全面的な支持を与えるなどおよそ言語道断である。米国の腰巾着になって自国の利益を求めるこの国は、それを夜の人工衛星から見ると不夜城のごとく浮かび上がるという金満・飽食の国でもある。そのような国で安閑と生活している私自身も無罪であるとは思えない。かりに私が虐げられた人々の攻撃の標的になったとしても、罪のない市民が殺されたなどとは口が裂けても言いたくない。
                         (小出裕章・2001年10月22日・記)

※小出裕章京大助教のコメントはhttp://hiroakikoide.wordpress.com/からの抄出です。

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コメント

5/2に、「もうこのへんで、この病院関係のことは打ち止めにしたいが」と書いたが、それでは許されぬ事態が続出した。みなさん、魔狸蛙様への信仰深い方には、しょせん異教徒の戯言と思われるかもしれぬが。

父は4/4に「緊急入院」させられ、しかし手術は4/12、それには医療上の様々な事情があるのでしょう。そして内視鏡による手術も成功した、と明るい表情で家族に宣った若い医者。手術後だから無理させない方がいいかと思いお見舞いも差し控えていたら、いや実は腸閉塞起こしているので、むしろ毎日来てもらって少しでも歩かせた方が、って、早よ言わんかい…そして家族の側から見たら、その腸閉塞がだいぶ悪いにも関わらず、食事制限の継続などで数日間「様子見」してたのかどうかしらんが、4/21に、いきなり緊急開腹手術の一報入る。
手術後、ICUに勝手に家族以外の人間を入れていた(そしてお見舞い金行方不明事件があり、弟が父の認知症を疑った)のは先述のとおり~姉が怒りの抗議をして、その後は身元を確かめてからしか入れてないらしい。


さて問題はこれからです。父は5月初旬に一般病棟に移ったけど、何だか様子がおかしい、ICUに入ってる時はまだまともに受け答えしてたのに、何だかそれこそ認知症状態になり、それでも医者・看護師は、順調に快復していて特に問題はないですと答えていた。いきなり術後の経過説明をしましょうと気安く言う医者に、いやそれは最低子ども2人以上で聞きたいと、あちらの時間の都合に合わせて決めた、その4/11朝、突然病院から危篤状態との連絡が入り、結局1時間後ぐらいには帰らぬ人となってしまった。
医療上、いろいろ不測の事態があることはわかりますよ、年が年だからというのもわかりますよ、しかしいかに言い訳されても、今回の入院後から急逝までの出来事には納得いかん。以前ここに、病院も人次第と書いたし、脳外科にすばらしい先生がいらっしゃるというのも書いたが、肝心の病院としてのシステムがなってない。それはもう、あっちこっちで感じた、病棟や診療科ごとの横の連絡が、放射性物質に汚染されてるわけじゃあるまいが、ちゃんと機能していない(要するに伝わっているべきことが伝わっていない)。弟の友達というので頼りにしていた院長は、三陸地震・津波だか原発関係だかしらないが、長期不在。いや、それは大切な仕事ですよ。でもそれで肝心の、お膝元の、しかも助かると言われた患者を死なしてどうするんですか?

かくしてその後は、認知症で父の死を告げることさえ難しい母に代わり、喪主代理として葬式準備やとりあえずわかる範囲での連絡。日田のお寺は無住職だし、久留米には西本願寺系の寺が1つしかなく、ここは甥の葬式やった時、姉も私もイマイチ良い印象が持てなかったのを覚えてる、西も東もあるか、同じ親鸞上人の教えではないか、と、割と真っ当そうな、いわゆる葬式仏教を超えた活動をしてるお寺に突撃依頼、友引なんて迷信に構っちゃいられねえetc.etc.
そういうわけで、今やっと一段落かというとそうでもないのです、預金の解約の複雑さ、母を今後どうするか、そんな問題山積みの中で、生活費のためにはいつまでも無給の介護休暇取ってはおれないので、とりあえず仕事にカムバックして、月に2回ほどの行ったり来たりとなるでしょう。

あ、近況報告が眼目ではなかった。
ようするに、なぜ手術がうまくいき、ガンを除去して転移もなく、腸閉塞がひどかったはずなのに放置状態にされ、いきなり緊急手術で、素人目には悪くなってるように見えるのに、順調に回復してますのお言葉、その舌の根も乾かないうちに突然の危篤の知らせ→急逝というのが納得いかんのです。
そういや、「手術は成功したけど患者は死にました」というブラック・ギャグを聞いたことあるけど、それに近かったかも。

セカンドオピニオンの希望を無視されたのも気に食わん。食通で、入院直前まで食欲旺盛だった父が、1ヶ月以上も口からものを食べることができず、持病の喘息にもちゃんと対応してくれず、おそらく入院後の体力の衰えが、直接の死因(誤飲性肺炎?)になったらしい。だったら父が最初に希望したとおり、余命数ヶ月、いや数日でもいいから、うまいもん食って、酒飲んで、行きたいところに行って、会いたい人たちと会って死んだほうが、本望だったのではないか。今後の医療のありかたを考える上で、参考にしてください。

蛇足ながら、死後退院して5日目ぐらいだったでしょうか、お見舞い客の持ってきたお金を預かってましたという連絡あり、またかよう!開いた口が塞がらぬとはこのことだ。自分や親族が同様の病気になった時は、少なくとも久留米ではもっと評判のいい病院を紹介しますよ。


追記:父は上広川の梯出身で、旧姓大森、その墓は「願正寺」というところだそうです。分骨しようとかいう気は、父にもなかったけど、せめて1度父方のお墓にお参りしたいと思ってます。どなたか場所を御存知でしょうか?

ああ、ロイリさん。お父様の急なご逝去、謹んでお悔やみ申し上げます。
度重なる病院の不手際、さもありなんといいたし。
家の父も有名な脳外科B病院に入院していたが、食事を数日与えられず、栄養剤みたいな点滴もされぬまま転院。新しい病院では顔を見たとたん栄養剤の点滴が開始された。数日後、帰らぬ人となった。未だにB病院の判断ミスだと思っている。大事にはしなかったけど。

東京との往復、たいへんでしょうが、体を労わりつつ、お勤めください。

呂伊利さんへ

御父上のご逝去を悼み、慎んでお悔やみを申し上げます。
五月十一日にお亡くなりになったのでしょうか。
いろいろあってたようで、ずいぶん心残りでありましょうね。
ですが、それももう、すんでしまったことです。
こころの整理がつくまで、時間がかかられるとおもいますが、ろいりさんたちごきょうだいは、御父上をとてもだいじにおもわれていたのだなあ。とコメントをよみながら、あらためてかんじたことです。

ろいりさん。
わたしの父もこのところ、なんども転院、手術とやっていて、家に帰りたいと口癖のようにいいます。
あさって、またリハビリのほうに転院しますが、その前に一度、わたしは家につれて帰ろうとおもっています。ろいりさんコメントをよんでよかった。ありがとうございました。

上広川のお寺のことは、せいこさんなら知っていると思いますが。だけど彼女も今、お義父上のことでいっぱいいっぱいらしくて、どうにも聞きづらいですよ。


みなさま、ありがとうございました。

父は、下手な手術されて食べ物・飲み物も制限されるようなら、好きな物食って、酒飲んで死んだ方がましと常々(健康な頃から)言ってました。私もそのとおりさせてやりたかったが、なんせ治るち言いよんなさったもんやけん。このへんは様々なしがらみや事情があって、これ以上は書きませんが。

「願正寺」の場所はネット検索でわかりました。便利な世の中になったもんです。そのうち行きます。
とにかくみなさん、病院と医者はじっくりと選びましょう。病人の願いを聞いてあげましょう。

病院と医者はじっくりと選びましょう。
なんて、そんなことは縁です。
だって、地域連携治療も、たらいまわしを上品にいいまわしただけだったらどうしますか。
こんなことをいったら、乙四郎先生にがられるばって。患者の都合を優先してくださるとは限りません。なるべく患者の家近くの医院へお回しいただきたく。たらいまわしはたらいにしてくれ。遠距離だとたらいでは行けません。先生方もつきあいがおありでしょうが。これはわがままな願いなんでしょかねえ。

病人の話や願いには耳をかたむけることにします。

ほんなら、ヤブ医者の手にかかって死んでしまうのも、縁(えん?えにし?)なんでございましょうかね?
前にも書いたように、この時代、セカンド・オピニオンは自己防衛のために大事なこと。医者は選べなくても、病院を選ぶ権利はあるのです。あるいは自分にとってダメな医者と判断したら、替えてもらう権利もあるのです。
義務学校だって、今や学校を選ぶ、変える権利があるご時世です~その是非は別としても。教師を選ぶ権利はなくても正当なクレームは堂々としていいのです。学校や教師側も、ただ事なかれ主義で逃げるのではなく、しっかりと受け止めなければいけません。しもた、つい真面目なこと言ってしもうた。
それとも腐れ縁としてあきらめますか?

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