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2011年5月17日 (火)

共同幻想と時代をみつめる個の目~うたげと孤心~新茶歌仙を巻きましょう。

「九州俳句」詩が届いた日、同時に大牟田の名ある俳人・谷口慎也先生から礼状が届いた。

こんどの文章で

原子炉もあやめも濡れているところ   谷口慎也

この一句を絶賛したのです。
時代性を持った深い句であると。
そうしたら、俳人はうれしかったのでありましょう。とても喜んでくださいました。
わたしのほうがびっくりしました。
この句にはふしぎなところがあって、鬼の一句なんですよね。
いつできた句なのか知りませんが、去年みかけた句でした。

現実は俳句に追いつけないんだ。

と呻くように書いていたのは、ほかならぬ山本健吉でした。
これがまさにそういう類の一句であります。
善悪なんぞははるかに超えている。

さあ。おまえはどうする、とばかり
ぬれてきらきら光る熱い熱い核がその裸身をさらす。

福島原発事故をめぐって、相当の被曝を覚悟しなければならない都民である神崎さくらさんが、ある日、こんな印象的なことを書かれていました。印象にのこった言葉でしたので、ここに書き留めておきます。

広瀬隆+小出裕章vs 竹橋乙四郎

VSとは見ていません。
どちらも本当だと思って読んでいます。

私も単位はどうしても理解できません。
ラジオで大竹まことがわかりやすい単位で言ってくれ・・なんて言っていましたが、そういうもんじゃないと思います。
専門家の間ではそれが当たり前で、一般の人がついていけるような世界ではないのだと思います。

で、乙四郎さんは違う側面があることをそのまま言ってくださっているので、とてもほっとしたりなーんだと思ってしまいます。
ちょうど、戦争中の出来事はすべて日本が悪かった事しか知らなくて、卑屈になりそうになった時、
良いこともたくさんあった、こういう良いことをした人も居たんだよ・・と知っていくうちに安堵したのと似ています。

が、これは今現在わが身に降りかかることなので
かささぎさんのように真剣に知るべきことはすべて知るべきと思いますが、じゃ知ったからと言って現実にどうするのか、とても難しいです。
強制的にここへ避難してくださいと命令が下れば着の身着のままでも行くと思います。
だけど疎開先がある人は自主的に行って下さいなんて困る。
一家で九州へ行って弟の家にずーっと何日も何日も居られるだろうか?
私たち夫婦だけ助かっても、娘夫婦・孫・息子・嫁が
東京に残っていては意味がない、自分だけ命があっても生きる意味がないのです。
仕事を放り出して東京を離れることが一番難しいような気がします。
今までどおり身近な人と一緒に運命を共にするのが
いいのではなかろうか・・・なんて毎日考ています。(さくら)

さて。

月野ぽぽなさん。
この人の句をもっと知りたくて。

えめさんが前回の連句の座に「俳句2月号」を持参してくださったので、拝見。
でもそれはあまりよくなかった。ごめんなさい、正直にかきますよ。

ところが、ネットでみていたら、数年前のハイヒールの句とかさくらの句とかに新境地がいくつも見いだせました。わたしはなにか文章を書きたいと思っています。

そのぽぽなさんから、来週は日本へ帰ります、とメール。
発句も一つくださいました。

コメント編集で失礼いたします。

第三句からはじめますので、みなさまご用意をおねがいいたします。

恭子さま
お誘いいただきありがとうございます。前の巻の興奮が覚めやりませんが、お言葉にあまえてこちらに発句候補を置いて参ります。

青空に雲ひとつなき新茶かな   ぽぽな

難ありでしたら次を作りますのでお知らせください。

ぽぽなさん、ありがとうございます。
超いそがしそうでしたのに、手際よく作ってくださって、ありがとさんきゅうへりまっち。

御句ですが。
青空に雲ひとつなし、と切るべきだろうか。
ときってみました、でもこれは一気によむところにキレができ、字面でキレをいれると逆にきれなくなる句なんですね。
八女の新茶のお味をこう表現してくださいました。
さすが新鋭の目はするどいです。

わき、ごぶさたしている函館のすぎさく先生に依頼しました。
みなさん、ちょっとまっててくださいね。

http://geocities.yahoo.co.jp/gl/kiyoshi0302/comment/20110516/1305536632#comment

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コメント

この記事、読まれています。
谷口慎也先生、竹橋乙四郎先生、神埼さくらさん、。おつしろう先生の放射能記事は常に上位にヒットしていることを思えば、これ、連句的に書いていてよかった。この世のできごとは境界なく連動しているもんだから。
きのうも、でました。座でこのはなしが。
福岡市だったか北九州だったか、被爆がれきをせっかく受け入れたのに、けむりがどうのと文句をいうのは厳に慎みたいという話。私だけが知らなかった、その時事ニュース。

ニューヨークのぽぽなさんへ。

って、読んでくれているかな?
私は詫びねばなりません。
あまりにも忙しくて、いろんなことがまだできていません。
たこみたいに手が足がいくつもあればと思います。今日、ぜったい送りますけん、すんまっせん。送らねばと思っていたのに、まだ送ってませんでした。またこれに懲りず、文音に入ってくだされ。

さくらさんのコメントの出所は、ここです。
 「数字で生きているわけではない、とはいえど。杞憂の意味を考える。    広瀬隆+小出裕章vs 竹橋乙四郎」↓

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