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2011年5月 8日 (日)

放射線、放射能と健康被害(10)              新樹光被曝に過去形未来形

保健医療経営大学学長
 橋爪 章
2011 年 5 月 8 日 放射線、放射能と健康被害(10)

昨日の私の記事について、被曝の健康被害についての考え方がますますわからなくなったという意見をいただきましたので補足します。
昭和20年代、30年代に生まれた日本人であれば、学童期に、大気圏内核実験や医療被曝などで、自然被曝以外に20ミリシーベルトを上回る被曝をしているかもしれないというのに、福島の校庭の当面の線量基準を20ミリシーベルト/年に設定することになぜ喧喧囂囂の議論があるのか、という混乱です。
この混乱を解く鍵は、低線量放射線管理に「確率的影響」仮説を適用するICRPの、
「すでに起こったわずかな線量の被曝についてのリスクを評価するために用いるのは適切ではない」
という見解にあります。
被曝を過去形の被曝と未来形の被曝とに切り分ける考え方です。
過去形の被曝であれば、200ミリシーベルト以下であれば杞憂でしょう。
なぜなら、これまでの膨大な研究の蓄積により、200ミリシーベルト以下での健康影響は実証されていないからです。
しかし、未来形の被曝については、1ミリシーベルトいえども余計な被曝をしなくてすむよう警戒すべきです。
なぜなら、これまでの膨大な研究の蓄積によっても、数ミリシーベルトでは健康影響がないことが実証されていないからです。
同じ「実証されていない」という事実であっても、それを適用する場面が過去形であるのか未来形であるのかで、その解釈は大きく異なります。
現在の混乱は、過去形の被曝線量と未来形の被曝線量とが混在して発表されていることに起因します。
福島の校庭については、今現在の土壌や大気からの放射線量で今後の被曝リスクを推計し、それが許容線量(たとえば年1ミリシーベルト)を超えるようだったら警戒すべき、というのが本来あるべき放射線管理の考え方です。
福島の校庭の過去形の累積線量についてはすでに相当量に達しているところがありますので、累積線量として20ミリシーベルトという線量基準を設定せざるを得なかったのかもしれませんが、本来的には過去形と未来形とを切り分けて放射線管理を行わなければ、学童に余計な被曝を許してしまうことになりかねません。

(保健医療経営大学『学長のひとりごと』転載)

▽かささぎの独り言

ということは。
これからどう推移するかが問われている、ということですね。
すべては原発従事者たちの命がけの仕事にかかっている。といっても過言ではありません。
ゆっくり時間をとって、橋爪章と竹橋乙四郎のあいだ、の続編を書きたいのですが、なかなかできません。徹底的に、いい意味で、官僚でありますよねえ、このおかたは。

西山審議官ってかたがいらっしゃるでしょう。あのたびたびの原発会見で四角い顔でめがねの、まるい素朴なかんじの信頼できるいんしょうの。てっとりばやくいえば、ラーメンの小池さんみたいな。あの人のあの役割がにあいそうな橋爪学長さんではありますよ。

では、こんなところでなんですが、つい一句。

新樹光5句

  姫野恭子

フクシマの海女の見てゐる新樹光
靡かじな蜑の守る火発電所
大母音推移かそけき放射能
捨てられし小女子愛づる新樹光
フクシマの欅若葉のひかりかな
新樹光被曝に過去形未来形

コメントまとめ

学長。
200ミリシーベルトと20ミリシーベルト。
なぜ福島での数字に小出助教たちがあんなにもおののいているのか、学長のこの文章をよむことでそのわけがわからなくなるおそれがあります。わたしも混乱します。どうかそこのところをなんとかしてください。
いまおきていることの、この不安の正体はなんなのでしょう。

>すでに起こったわずかな線量の被曝についてのリスクを評価するために用いるのは適切ではない

というICRPの主張をよく味わい、理解することが必要でしょう。
すなわち、過去形の被曝であれば、200ミリシーベルト以下であれば杞憂で、未来形の被曝については1ミリシーベルトいえども余計な被曝をしなくてすむよう警戒すべき、という割り切った考え方。
現在の混乱は、過去形の被曝線量と未来形の被曝線量とが(意図的に?)ごっちゃになっていることに起因します。
福島の小学校については、今現在の土壌や大気からの放射線量で将来を推測し、それが1ミリシーベルトを超えるようだったら警戒すべきです。
ところが政府は、原発事故当時からこれまでの過去形の累計線量まで考慮するものだから20ミリシーベルトを線引き基準にせざるを得なかったということ。
小出先生ほか反原発の立場の人は、過去の被曝も含めて問題視されていますので過去形と未来形との区別なく危険性を強調されていますので、情報を受け取る側で過去形と未来形を切り分けて熟考するしかありません。
過去形の被曝にウェイトを置くのであれば、昭和30年代以前に生まれた私たちは、皆、アウトです。
広島・長崎に居住している人々もです。

   ↑
この補足説明は、学長ブログにも必要でしょうか?

とうぜん必要です。
どっちをどう信じていいのか混乱しますし、わけがわかりません。
それに加え頭をよぎるのが、チェルノブイリ事故での先例です。学長の御意見では、今現在ぎりぎりまで被曝してしまった年齢の人は、もうそこでこれ以上の被曝は避けた方が無難なのですから、結局は反原発御一行様とおなじことを別の言葉で遠回しにおっしゃっているのですよね。

というところで、これをごらんください↓
http://oujyujyu.blog114.fc2.com/blog-entry-1548.html

こんなことになっていたなんてあわわです。
ごぞんじでしたか。やはり目でみるのが一番ですね。
想像以上に被曝している都民、というサイトもありますね。目でみえないことはおそろしいことなのか、それとも見えないからこそありがたいことなのか。
これもわからないことのひとつです。

コメント(動画「東京はすでに被曝していた」http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-f35c.html#comment-83159422についたものです)

α線を放出しない放射性物質については、日本の法体系(医療法を除く)では、管理区域の設定基準は40ベクレル/cm2ですが、このビデオでは4ベクレル/cm2といっており、それをもって、3ベクレルの測定地点があった東京都は管理区域同等だと主張しているのは誤りです。
4ベクレルはα線を放出するプルトニウムなどの放射性物質の場合の基準ですから、その区別を意図的に曖昧にして危機感を煽っているとしか思えません。
なお、医療法の場合は、管理区域にごく隣接して一般患者が往来する廊下や病室があったりするという特殊事情を加味して、基準を一桁厳しくしています。従って、4ベクレルというのは医療法の管理区域だと言えば間違いではないということになりますが、病院の廊下や病室と同等だから危ない、という主張はいただけません。

いたずらに危機感を煽る誤った主張は風評被害を招きます。

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コメント

この「新樹光被曝に過去形未来形」で一巻まきませんか。文音です。ああ、ぽぽなさんにも初夏の発句をついでに頼んでいました。まあ、どっちにしろ、みなさん、なんか巻きましょう。どうか発句でもなんでもだしてくだされ、こういうのは海苔です。

>すんでしまったことはしかたないじゃないの。

被曝も、浴びてしまったことはしかたない。

とはいえ、
どうも3月14日の3号機の爆発は核爆発らしい。
核爆発してしまったことはしかたないじゃすまない。
核反応ならプルトニウムも揮発させてしまう熱。

英国報道
   ↓

もうひとつ
   ↓

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