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2011年4月30日 (土)

奥八女・下横山の西光寺へいったこと

母は八女茶発祥の地・黒木町笠原の出身ですが、父祖は星野の出でした。
縫尾といいます(最近知ったことです)。
むかし、母たち姉妹は下横山の山中にある父祖のお寺へ祖母に連れられて徒歩でお参りしていたそうです。
今、車で尋ねても、上陽町からゆうに十五分くらいは山道をのぼらねばならないほど遠い。
それをこどもの足で笠原から二山こえて歩いていった、といいます。
はるばるとたずね行き、ついたとき、迎えてくださったお寺のごいんげさんが、おおよく来なさった、と実にあったかい言葉で「ほとめいてくださった」のがうれしくて、年に一度のそのお寺参りが子ども心に楽しみだった、とのこと。

まだテレビもなにもなかったのどかな時代。

今日、ふと叔母が思いついてそのお寺に立ち寄ったのですが、数十年の時をこえて、今日もまた、あたたかく迎えてくださいました。
携帯に充電が十分でなく、写真が撮れませんでしたが、立派なお寺でした。
山門をくぐると親鸞聖人の等身大の銅像が迎えてくれます。
これが親鸞聖人、まるで生きているみたいにリアルな像。
精神性を感じさせる表情が珍しく、前から見たり横から見たり。
写したかった。

お堂に入ると「恭子ちゃん、天井をみて」、と叔母。
寄進者の名前と家紋がきれいな紋様として一枚いちまい飾られています。
おばさんはそれがこどもごころにも印象深く残っていたのでしょう。

山口朝次といった母の父。
孫を膝にのせて炭を焼いている写真と、新聞を縁側で読んでいるタオル鉢巻姿の写真が残っています。
鼻梁がすうっととおっていて、細面の男前で、背が高いです。
一方の祖母は、苦労を重ねてきた山の人の顔をしています。
この夫婦の関係は、夫はあまり力仕事を好まず読み物がすき、妻がその分をなんでもやっていた(せざるをえなかった)、みたい。

じいちゃんはおめでたかったんですねえ。
命日もお釈迦様の誕生日、花祭りの日です。

いまは黒木の専勝寺にねむります。

ことし初めての熊本のあいらかんのんさんへ詣で、岳間越え(かんかけ峠越え)でグリーンピア八女へ抜け、北川内のほたると石橋の里でお昼をたべ、それから下横山のお寺へ詣で、そのすぐ近くの滝の宮不動尊をふもとから遥拝し、高良山へ抜ける森林公園経由で帰りました。
あ、そうそう。
帰り、ついでに(ごめん、チチ)
父の病院へ着替えを届け、筑後の病院から「痛みがとれないなら手術をしましょうか」とすすめられた話をして帰りました。
看護師の知人も、それからご近所の外科医のすみせんせいも(世話好きのざりがにおっちゃんがきいてくれたってさ)、手術をしたほうがいいよって、痛みがとれるから、って。
担当医のおいしゃさん二人のお話では、筋肉がおちていて、がんをもっているので、手術はどうだろうか。という話でしたが、痛みが取れないので、だんだん変わってきました。
大腿骨の頭骨骨折手術は珍しくもなく、お年寄りでは普通にするものだから心配いらないそうよっていったら、父の心も手術へと動き出しました。

緋色のつつじと山藤と、桐の花が、とてもきれいでした。
八女丘陵も、高良山も、山鹿への道も。


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