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2011年3月13日 (日)

大災害時の危機管理   イベントより人命救助

保健医療経営大学学長
 橋爪 章
2011 年 3 月 13 日 大災害時の危機管理

九州新幹線が全線開通しましたが、各駅での祝賀イベントは自粛されました。
本日開催予定で本学の学生チームも出場エントリーしていた大分県オートポリスでの「2011ママチャリWGP(ワールドグランプリ)春」大会も、急遽、開催延期となりました。

九州全県に津波警報と避難勧告が発令されていることが開催延期理由の主催者説明ですが、この大会には、自衛隊、海上保安庁、病院などの災害救援関係機関がたくさん出場エントリーしていますので、災害救援に力を振り向けてほしいとの思いもあるのでしょう。
また、この大会には、重傷者の発生に備えて救急用ヘリコプターを常駐させていますが、このヘリコプターも災害救援に振り向けるべきだとの判断もあったのでしょう。
大イベントの中止判断は、エントリー料の全額返済など主催者には大きな損失をもたらしますが、未曾有の大災害に対しては、損得勘定は二の次でなくてはなりません。
開会中の国会も、損得勘定をひとまず置いて、政治休戦のようです。
福島原発の被害に関しては、根拠のない流言が飛び交っているようで、政府は「住民の健康に直ちに影響はない。落ち着いて避難してほしい」と発表しています。
情報管理も危機管理の重要な要素ですが、ある報道記事では、政府発表に対して「ただ、沖縄・尖閣沖漁船衝突事件などで映像情報を隠蔽し続けた菅直人内閣だけに、周辺住民らの不安は募るばかりだ」と書いています。
非常時の危機管理のためにも平時の信頼が重要です。

保健医療経営大学『学長のひとりごと』転載

▽コメント(「水神」談義プラス地震などなども合切)

コメント

六角堂広場が閉鎖になる計画を聞いたときはすごく驚いたけど、なんとか協議になりそうですね。やっと久留米のスポットに定着してきたところだし、このままで壊さないで欲しい・・☆・・ろっくふぇす行ってみようかな♪

あの六角堂って言うのは、私が行ったとき(昨年のあの秋の日)何もイベントが行われていなかったせいだと思うけど、寒々としていて北風が吹きすさび、まるで廃墟のような風景だったわよ。

取り囲む周囲の店はほとんどシャッターおりて閑散としてたし・・・・。
イベントあるときは結構人集まるんでしょうか?

>>はい。イベントの時はけっこう賑やかです。
なにもない時はおっしゃるとおり菅さん@@・・じゃなくて閑散。
でもまあ田舎だからこんなものでしょうか^^よく横を車で通りますがぴかぴかの頃よりなじんできました。

さくらさん、廃墟の鳩、という歌がありましたね。
タイガー素のうたでした。
えめさん、イベントがあるときは人があふれていますが、終われば潮がひいたあとみたいにごみが落ちているだけで何も残りませんよねえ。
でも、たしかに、
ぴかぴかのころとは違ったいい味でてるかも。そういう見方ができるえめさんって、すごいです。ソングライター、でてほしい。いい歌が書けたら最高です。バンドもですが、そっち、でてほしい。福山雅治とか山崎まさよしみたいな詞がかける人。

昔、久留米出身の歌手やバンドが続々と脚光を浴びた時代があったけど、シャッター通りや六角堂の廃墟的雰囲気、そしてその再生への希望を表現できるようなソングライターが、今こそ出てほしいっすね。「廃墟の鳩」も最後の歌詞では「生きることの喜びを 今こそ知る人はみな」と、明日に希望を託していた。若いもんでダメなら、鮎川誠・石橋凌・元チェッカーズメンバーらで、スーパーバンド作って「we are the 筑後(ちっご)人」とか。
3/13は立川でハーフマラソン、翌週は久留米に帰って、甥と一緒に筑後川菜の花マラソン(ハーフ)です。今、帚木蓬生の『水神』読んでる途中、五庄屋が中心となって作った堰とはどのあたりか、「江南原(ばる)」をはじめ、数々出てくる地名は今のどこなのかなと思いつつ。

ろいりさん、そちらは大丈夫ですか。
大変なことになってしまいましたね。
みんな、大丈夫だろうか。
知っている人も知らない人も。心配です。

かささぎが地震のことを知ったのは五時ころでした。
検食をとどけて帰ってきた人が教えてくださった。
職場にはテレビやラジオはありません。
水神、これですね。インタヴューよみました。
久留米の五庄屋より、星野川の人柱にたった中島内蔵助さんが気になる八女人ですが、これをよんで、はわきぎさんは白血病と闘病中に書いておられた、ということを知りました。

じゃんぬだるくさん。お元気でしょうか。
何の連絡もせず、ごめんなさい。とても多忙です。
もう書き直し作業は終わったでしょうか。
ろいりさん、こんどのマラソンのときにでも、香川宜子先生のザ・ヴァイオリン、お渡しします。どうかお読みください。マラソン、いけたらみなで応援にいきたいものです。

ご心配ありがとうござんす。昨夜は帰宅難民になって学校泊まり。一眠りしていたら夜11時頃から私鉄・地下鉄が動き出して、みんな深夜帰宅したらしく、JR動かないと帰れない私だけが取り残されていた!無理して自転車で帰れないことはなかったのに、明日の立川マラソンに備えて体力温存と思ってたら、これも諸般の事情により中止。アホクサ!
ところで、八女(市・郡)は、江戸時代久留米有馬藩の領地だったのでしょうか、一部柳川立花藩だったのでしょうか、誰か詳しくご存じでしたら、教えてくだせぇ。

え。そいは、杉山ひろしおんじいに聞けば、詳しく詳しく浪花節みたいに尾ひれ葉ひれをつけておしえてくださるじゃろう。今のうちに杉山おんじいに、聞きたいことを聞いておきたいものじゃ。ときにがばり憎たらしいけど、面白かと。よおく人の知らんこつば知っとらっしゃるけん。かささぎのおとうちゃん並みに声がでかく受話器を置いてもすぐそこに声がきこゆるとばい。

かささぎのううざっぱな知識では、矢部川をはさんでこっちが久留米藩、あっちが立花藩だったとじゃなかですかね。鷹狩のことではいつも矢部川をはさんでもめていた、と柳川古文書館解読講座で習った。

おんじいから聞いた話で聞き耳がぴんと立ってしまったのは、有馬 頼徸(ありま よりゆき)第七代目藩主
、だったかな、かれは和算が得意であたまがよくて、だけど男癖が悪くて遊び好き、その時代の武将にはありがちな話といえなくもありませんが、藩政を傾け、藩民は飢え、一揆がおきた。八女福島の灯篭人形もやっちゃだめだとなったから、怒りがばくはつした。
一方柳川藩はお上も下々のものも、みな一様に辛抱したので、そういうことは起きなかった。・・・と書いてあります。

私は、このすぎやまおんじいとの出会い、ののしりあい、わるくちのいいぐっちょ、電話での喧嘩、すべてたのしく思い出します。こんな元気な人はこの人しかいません。あったりまえだのクラッカーかもしれないけど、こんなに気骨のあるじいさんをほかにはしらない。高橋甲四郎先生の元気さとはまた違う。さえぎるもののない、げんきさ。というかなあ。すごいパワーなのだ。
じいさん、死ぬなよ。もう一度、喧嘩をしよう。

あ。そうだ。たちばな藩、だったのです、八女市立花町はね。たぶんそう。しらんけど。笑。ってえことは、けっこう複雑な境界線でありまするな。
柳川藩も、柳川県、になって、三潴県を経て、福岡県の柳川市になった。
あちゃ、呂伊利さんは歴史の先生。失敬いたしました。
だけどべいふ米府、って読み方をしらっしゃれんじゃったけん、びびることはありません。
ろいりさん。久留米藩は略して、「べいはん」ですよ。つい最近まで学校給食がなかった、久留米の旧国名がべいはんとはねえ。

「矢部川をはさんでこっちが久留米藩、あっちが立花藩」、なるほど・ザ・ワールド。一口に八女郡と言っても、地域性があったわけですね…考えてみりゃ当たり前だのなんとやら、か。立花町には江戸時代初期の藩主だった田中姓の人が多いらしいですね。
これを機会にいろいろ調べてみたら、いつの間にか八女郡の各町は八女市と合併し、なぜか広川町だけが残っている。この理由はわかりませんか?被差別部落問題が絡んでるようなことを、広川町出身の老父が言ってたけど、話半分に聞いてたもんで。あと、久留米藩、略して米藩というのも初めて知りました。幕末の狂歌に、「あめりかの米より喰ぬ国なれど 日本人はあわをくふなり」というのがあるけど、新聞では米と書けば米国の略で、こめは「コメ」と書かれる、これも変な話と、以前から思とります。
『水神』を読むと、これで久留米藩は豊かになったようだけど、実はご指摘の7代目藩主頼徸の頃から財政は傾き、宝暦年間には、高校生用の資料集にも載っている大一揆が起こっている。「百姓の 努力も水の あわをくふ」と言ったところか。
ありゃりゃ、今また地震で揺れた。

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コメント

>だけど男癖が悪くて遊び好き、

はっ? 何で男癖?

杉山爺さんの若さは笑っちゃうくらい、元気がブログから飛び出てくる感じ。

この大地震のさなかちゃんと読みよるっちゃけんね。

スーパーの棚ががら空きってのは怖いよ、
常に商品が並んでいるのが当たり前の風景としてみているので。

宅急便は東京までは行くそうなので、さくらさん、ろいりさん、いるものがあったらいうて下され。
福島より北は行かないそうです。(黒猫のおっちゃんより。)我が家も八戸に娘がいるので何か送りたいのだけれど、何もできない。体や住まいが無事なだけでありがたい。

帰ってきてTVをつけたら、テレQが違う番組をやっていた。でも見る気になれなかった。
報道番組もそろそろ規制をして、電力の温存に切り替えたらいかがなものかと思う。停電が広がっているので、現場ではラジオが頼りというてあった。これから先、電力が元通りになるためにはかなりの時間がかかるのだから、3時間の停電は皆で受け止めて、協力できる事はしていかなければ。
きれいなスーツを着たお姉さん方にも、何かしら文句を言いたくなるおばばであった。

ぼんさん、ありがとうございます。東京は、交通網もほぼ復旧し、スーパーが一時的品不足になってるぐらいです。むしろ北関東以北の人々に、お手伝いに行かなきゃいけないぐらいと思とりますが、都教委はど~でもいい研修とか、来年度に向けての構想なんちゃらかんちゃらを出せとか、建前的指示を出すばかりです。地震当日もそうでした。生徒が全員帰るまで教員はすべて待機しろ、ったって、あーた、子供や孫の迎えが必要だったり、老父母のいる人ぐらい帰してやってもよかろうもん、残ってる生徒は教員の数より少ないのだし。

「イベントより人命救助」、いやいやそのとおりです。ましてや立川マラソンのようなローカルイベントなど。「アホクサ!」というのは、非難の言葉ではなく、自嘲の言葉ですので、誤解なきように。自然災害の場合の中止はエントリー料返還なく、記念品のTシャツが送ってくるだけなので、それで浮いたお金を、ぜひ今回の被災地のために使っていただきたいと思とります。

こんな時に何ですが、久留米藩は男色好みが多かったと、大島渚監督映画『御法度』の中のセリフに出てきて、これは脚色かと思ったら、司馬遼太郎の原作(『新選組血風録』の中の短編)にも同じことが書いてありました。今回、なるほど有馬のお殿様がそうだったのかと納得した次第です。

うん。
武士のたしなみとでもいうように、衆道があったのだろうかね。むしろ、それこそが武士道であったのかもしれません。
なぜなら、現代のわたしたちには見当もつかない精神のありようがもたらすもののようだからです。それがなんとなくわかるから、非難とか軽蔑とかはしたくありません。
三島由紀夫の葉隠入門を読んで、もっともたまがったのがそれでしたからね。ほら、武士道とは死ぬことと見つけたり、のあの武士道がね、至上の恋はしのぶ恋だという。
「恋の至極は忍恋と見立て申し候。逢ひてからは、恋の長けが低し。一生忍びて思ひ死にするこそ、恋の本意なれ」
へーえ、と大いに感動する。で、つぎに、三島の解説では、それがどうも男色での話らしいと知ると、ぐっと言葉につまり、わけがわからなくなるのです。
いったい、なんで。どういう経過をたどってそこへいくの。と、かささぎは思った。
三島由紀夫のその本は軽すぎてちっとも感動しません。
どこかに山本常朝の葉隠をかささぎとおなじきもちで読んだ人はいないかと探した。
いました。
この人。これ、。いいこと書くね。
想い死に、されてみたいものだわ。武士になりてえ。↓

函館の杉浦先生のブログ、先生の日記で、九日にはすでに宮城地震のことが記されていました。二日も前から予兆があったのです。
ところで、地震のある日の朝でした、気になって日付をみたら、。
かささぎコメントにタイガースの廃墟の鳩、が出てます。
いい歌です。きけます。
リコーダーの音が胸にしみる。↓

見通しが甘かった!福島原発事故の影響で、東京も含む関東地方一帯が今日から「輪番停電」らしいです。その影響からか、電車もあちこち運休や部分運行。おかげで私は仕事に行かずにすんだ…イヤイヤ、行けなかった。
今日は時間休取って、朝から確定申告に行く予定だったけど、電車で1駅分、約30分歩いて8時半前に税務署到着。、税務署のパソコンも使えなくなってるので2時間ぐらいかかり、また歩いて帰ってきました。途中スーパーに寄ると、客が多いこと!水だトイレットペーパーだと買い込んで、まるで石油ショックを思い出させる様相…そこまでやらなきゃいけないのかな?これでは必要な時に必要な人の手に入らないのでは?と疑問に思いました。特に、水は買うよりもまず、水道水を鍋ややかんに溜めておくのが先決だろうけど、それをしたうえでのことなのかな?
家の近所は、18:20~22:00の間の約3時間停電の予定、電気が使えなきゃ暖房も使えない、蒲団に入って寝てるしかないか。

ろいり先生、やはり五時から始まるようですね。
大停電。さぞや混乱をきわめることだろう。
命にもかかわるかもしれません。
うかつなことはいえません。
しかし、これで確実になにかおおきなひとつの文化がおわった。

地域(グループ)によって停電の時間帯が違うけど、そのグループ割りが複雑で、同じ町でも違うグループになってるから、どの地域が停電になりどの地域がならないのか、さっぱりわからない。電車は動き出して、数駅行くと違う地域なのだが、帰りも動いているという保証はない。明日も交通機関がこういう具合なら、普段は禁止されているバイク通勤しようかと思ったらガソリンがあまり入っておらず、スタンド行くと、どこも休業(売り切れ)でいつ入荷するかは不明とのこと。朝のニュースでは、自家用車の使用はなるべくお控えくださいと言ってたはずだが、スーパーでの買い占めといい、やはり自分のことを優先する人が多いのか。
こうなったらジタバタせず、ろうそく立てて酒でも飲んでるしかないですね。被災者の方には申し訳ないけど。仕事も大切だけど、それで無理して病気になったり怪我したりしては元も子もない。かささぎさんの「おおきなひとつの文化がおわった」というのと、意味や意図は違うかもしれないけど、私もそう思う。そして、次の文化が、利益追求至上主義ではない、自然に敬意を払った、(国境や民族の違いをこえて)人と人とが助け合える、そんな文化になることを願います~たとえ非現実的だの、夢物語だの、甘い考えだのと言われようと。

むずかしいねえ。
私は偏見はもってないと思っていたけど、黒人の人やアジアの人をスーパーで見かけると、やはり引いてしまう。いかんなあ。英語がしゃべれたら、偏見は少しなくなるのだろうか。

話違うけど、さっき市議会議員候補の人があいさつ回りに来られた。なんかむっとした。地震で困っている人がいるのに選挙運動ですか?という気持ち。それもあるなあ。ご飯食べてゆっくりしていたところを邪魔されたのもある。
電気を消して、早く寝ようっと。

ぼんさん、言葉は関係なかと。今回、一番最初に安否を気遣うメールくれたのは、数年前に韓国で知り合って、宿探ししていた私を自宅に泊めてくれた、私より数歳年上のアジョシ(おじさん)でした。その人は日本語ほとんどできず、メールはすべてパソコンの自動翻訳ソフトによるおかしな日本語によるもの。でも心は通じます。10年前に新大久保駅で、日本人を助けようとして亡くなった、韓国人青年のことを思い出してください。そして一方で、優先席に座って、目の前の年寄に席も譲らず、禁止されてる携帯いじくってる、一見まともなサラリーマンもいる。
黒人やアジア系より白人のほうが却って危ないことも多いですよ。とにかく彼らが困ってそうだったら、身振り手振りでもいいから、声をかけてあげてください。日本人に対する評価も、そういう身近なところで変わるのです。

被害の状況の全貌がわからない。
原発、ひどく恐ろしいですね。
杉山先生は正確な情報を電力会社は開示せよ。
と声を大にして訴えておられます。それは長崎で、広島で、被ばくされたときのおそろしいきおくが、そういわせるのだろう。

こわいので、わたしもねます。おやすみ。

そうだ。呂伊利先生。
今日は父の病院へ行った以外はうちにいて、普段みれないニュースをずうっとつけっぱなしでみていました。
津波災害は水害ですね。水神はなにに怒っている。
菜の花マラソン、3月20日ですか。私は勤務日です。ぼんやせいこさん、えめさん、乙四郎さん、もしお手すきでしたら、どーか、気骨の久留米人・梶原呂伊利先生の応援をぜひともお願いいたします。

いつまでいらっしゃいますか。

>いつの間にか八女郡の各町は八女市と合併し、なぜか広川町だけが残っている。この理由はわかりませんか?

被差別部落問題。これが絡んでいるようなことはまったくもってありません。これだけは誤解の無きよう。

市町村合併でもなんでも、例えば住民運動でも、もともとの発端はエゴなんだと思うことない?住民エゴ。けっきょく、議論の根幹は住民エゴ。住民運動は住民エゴから始まるものと相場は決まってると言っても過言ではない。いや、これは非難してるんじゃないわよ。当然だもの。
合併論議も根っこはエゴのぶつかりあい。例えば、久留米絣に携わっておられる方は、名実ともに久留米市に属したほうがいいとおっしゃるでしょうし、例えばお茶の生産者のかたがたは八女市と合併したいでしょうし。企業としては、久留米市の名を関したほうが箔がつくんですって。久留米市と合同で売り出した新産業団地が久留米市分から売れた理由もそれ。久留米市に事業所があるほうが評価が高いんだってよ。これは企業の関係者から直接聴いたはなし。

広川町は東西になが~~い町で、北半分は久留米市と隣接、南は八女市と隣接。だから、そこに住む人たちの生活圏もおのずと決まってくる。町民アンケートでもけっきょく半々だった。だから首長がリーダーシップを取れなかった。ってことじゃないのかなあ。聞き及んだハナシでは、ね。

生ちゃんありがとう、内部事情をよく知る人から聞くと、しっくり落ち着きます。

seikoさんをはじめとする皆々様、誤解されるようなこと書き込みしてすみませんでした。老父の「床屋談義」を聞き流していたものですから。ちなみにそれは、広川町の人たちが合併を嫌がっているという理由としての話でした。まぁ、年寄の聞きかじりと、私ともどもお許しください。
広川町の北部は久留米と合併したい…それはあるかもしれん、ヨメの家(藤光町、航空自衛隊の近く)なぞ10分も歩いたら、少なくとも走ったら、いつの間にか広川町に入っていた。
だいたい合併につぐ合併で、面積と人口だけは増えるけど、肝心の町中はご存じのとおり。しょせん、市境・県境なんてそんなもの。ひょっとしたら国境も。

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