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2011年2月 4日 (金)

アフリカの政変 とフランス語圏との考察

保健医療経営大学学長
 橋爪 章
2011 年 2 月 4 日 アフリカの政変

マダガスカル、チュニジア、エジプトと、アフリカ諸国の中では比較的安定していた国々で政変が連鎖しています。

マダガスカルでは、2009年3月のクーデターで34歳(憲法上の大統領の被選挙権は40歳以上)の主導者が暫定政府大統領となり今日に至っています。

暫定政府に対する抗議集会が断続的に行われ、死傷者が出る衝突が発生しています。

アフリカ連合(AUは「暫定政府大統領」と「暫定政府」関係者に対する制裁(渡航制限、資産凍結等)を発動しています。

国際機関と主要援助国は、人道・緊急支援と民主化プロセスへの支援を除き、新規の援助を停止しました。

日本政府も新規の援助は停止していますが、現在、技術協力プロジェクトとして、エイズ予防対策プロジェクト、ティラピア養殖普及を通じた村落開発プロジェクト、中央高地コメ生産性向上プロジェクトを実施しています。

チュニジアでは、若者の焼身自殺に端を発した反政府デモが大統領を亡命に追い込みました。

エジプトでも生活苦などへの抗議の焼身自殺が続き、反政府デモが大きなうねりとなっています。

マダガスカル、チュニジア、エジプトは、地図上では遠く離れた3国ですが、イスラム国であるということと、フランス語が広く使用されているという共通点があります。

カンボジアやベトナムなど、過去の大きな政変を経験した国もフランス語圏に多いようです。

フランコフォニー国際機関(Organisation Internationale de la Francophonie; OIF)という、フランスの価値観とフランス語とを共有する国が加盟する国際機関がありますが、渦中の政変3国はいずこもOIFのメンバー国です。

OIF加盟国は以下の通りです(必ずしもフランス語が公用語の国というわけではありません)。

<西欧>

フランス、ベルギー、ルクセンブルク、モナコ、スイス、アンドラ(準加盟国)、ギリシャ(準加盟国)、キプロス(準加盟国)

<東欧>

ブルガリア、モルドバ、ルーマニア、アルバニア(準加盟国)、マケドニア共和国(準加盟国)

<アフリカ>

ベナン、ブルキナファソ、ブルンジ、カメルーン、カーボヴェルデ、コモロ、コンゴ共和国、コンゴ民主共和国、コートジボワール、ジブチ、ガボン、ガーナ(準加盟国)、ギニア、ギニアビサウ、赤道ギニア、サントメ・プリンシペ、セネガル、セーシェル、チャド、トーゴ、チュニジア、マダガスカル、マリ共和国、モロッコ、モーリシャス、モーリタニア、ニジェール、中央アフリカ共和国、ルワンダ、エジプト、

<アジア>

カンボジア、ラオス、レバノン、バヌアツ、ベトナム

<北米>

カナダ、ドミニカ国、ハイチ、セントルシア

アフリカの国が多いのは、過去の植民地支配の名残です。

アルジェリアもフランス語圏ですが、植民地支配への歴史的反発からか、OIFには非加盟です。

そのアルジェリアでも、先月、焼身自殺が相次ぎ、反政府デモの鎮圧が行われています。

現在はフランスの旧植民地はほとんど独立していますが、まだ、海外県や海外領土などがあります。

<海外県> 

マルティニク、グアドループ、レユニオン、フランス領ギアナ

<海外領土>

フランス領ポリネシア、ニューカレドニア、ウォリス・フツナ

<その他>

マイヨット島(インド洋)、サン・ピエール島(北大西洋)、ミクロン島(北大西洋)、サンマルタン島(カリブ海)、サン・バルテルミー島(カリブ海)

保健医療経営大学『学長のひとりごと』転載

△かささぎの独り言

へえ。興味深いことですね。
フランス語圏で。
去年みた映画がいやでも思い出されます。
多国籍のこどもたちにフランス語教育をする現場の映画でした。
はげしく心うごかされた。いまどき、こんなに熱のこもった映画をみたことがなかったから。フランスはすごい。負ける。

▽政局へのコメント

当時、嘘の臭いがプンプンしていましたが、やはり嘘だったようです。
昨年10月の菅直人首相と温家宝首相との「廊下懇談」。
首相は「温首相から原則的な話があり、私も尖閣諸島はわが国固有の領土であり、領土の問題は存在しないという原則的なことを申し上げた」と説明していますが、実際は「温首相は日本の立場をご存じでしょうから今日は言いません」と語り、尖閣問題について一切言及しなかったようです。また、「フジタ」の日本人社員の早期解放についても、首相周辺が懇談直前、早期解放を温首相に求めるよう首相に伝えたが、首相は「それはできない」と断り、話題にしなかったとのことです。
同席していたのは、別所浩郎外務審議官、山野内勘二首相秘書官、英語の通訳。
この中の誰かから漏れたのでしょう。今頃、カンカンになって犯人捜しをされていることでしょうが、人徳ない人は側近からも裏切られます。

「管首相「尖閣」主張せず 衝突事故後はじめての日中首脳対談で」
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/110202/plc11020201310001-n1.htm

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コメント

フランス語圏、フランスの元植民地国で暴動や政変がはげしいのはどういう因果関係なのか知りたいですね。
テレビで流れる政変のニュースによく登場する国名が並んでいるのもOIFとやらですね。

時事ドットコムに『チュニジア革命の「詩」と統治の「散文」』という記事がありました。
「詩」が思想を伝える力。
かつてチュニジアを訪問した時、チュニジアの若者たちの思考や行動が、西欧先進諸国とほとんど相違ないのを感じました。
地中海を隔てて対岸はフランスで、フランスの一地方だといっても違和感がないところでした。
フランスでフランス革命が起きたように、自由と平等の思想を得た人々が不当な抑圧を排除する動きを起こしたのは当然の帰結だったのかもしれません。

ベルギー語圏とかポルトガル語圏ってないのかな?と思って地図帳開いたら、コンゴ民主共和国(旧ザイール)は元ベルギー植民地なのに今の公用語はフランス語、元ポルトガル植民地のアンゴラやモザンビークは、ポルトガル語が公用語なのに実際はポルトガル語使う人は少数派とか、エジプトは英国の植民地だったのに英語と仏語を使い分けているとか、いやはや、またまた勉強になりました。
モザンビークからボブ・ディランの歌を連想したけど(この歌が入ってるアルバム『欲望』、傑作です、のちに映画化された冤罪ボクサーの歌「ハリケーン」も入ってます)、これはモザンビーク独立直後の混乱期を歌ったのかな?当時は歌詞の意味とか考えなかった、反省。
しかしアフリカの混乱ぶりが話題になると、それみたことか、だから西欧の植民地だったほうが良かったのだというトンチンカンが必ずあらわれるが、混乱の下地を作ったのが西欧列強であることは、今の国境線で一目瞭然。

引き続きですんません。ベルギー語ってないんですね。で、どういう言語を使ってるかは、今調べたけど省略。

ポルトガル語圏については歴史的に重要な意味があるので、後日、学長ブログに書くようです。

マダガスカルの対岸、モザンビークは1975年の独立までポルトガル領。
喜望峰を越えたヴァスコ・ダ・ガマ(ポルトガル人)が1498年に到達したのが植民の始まりです。
織田信長の家臣のひとり、弥助(やすけ)はモザンビークの出身でした。
1581年にイタリア人の宣教師が連れてきた。

アフリカ フランス語
検索1320万件中8位
なにを調べたくてここへたどり着かれるんだろう。

リビア情勢がらみでしょうか。
隣国での仕事の時、リビア国境付近まで足を伸ばしたことがあります。
越境者とおぼしき人々が道端でガソリンを売ってました。

リビアってどこでしたっけ。
カダfィ大佐の国だったかな。
なんとか大佐、なくなtったのですね。
で、あの人の世界史的意味ってなんだったのかな。というのを知りたくて、でもそういうのは載っていないのね。
この程度で生きてるんですが、いのちはとられません。
ガソリンを売っている越境者。じぶんちの国の地下から無料で採取したものでしょか。

新聞のミニ紹介記事では、自分から大佐と名乗る、ってかいてありました。何でじゃろと思ったんだけどね。
彼は何者かというのでの検索上位にあがるブログ↓

ああ、いいなあ。この口調。軽くてついつい。
ではいってきます。はじめての中番です。

検索サイト Google  検索ワード フランコフォニーの問題

6ページ目まで尋ねてみえた。こんな真夜中に。へぇー

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