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2011年1月 1日 (土)

「学長室の窓から」謹賀新年

しちしとう 005.jpg2011
卑弥呼の時代の船着場http://hatue62.seesaa.net/article/153955296.html
瀬高から八女へぬける道に架かる今はもうない橋の上から (青翠えめ撮影)
むこう正面にみえる、まるで大きな鷹が羽を広げているかのような形の山は、矢部の八女津媛神社がある山あたりだろうか。写真をクリックしてご覧下さい。
23年 1 月 1 日 学長室の窓から

学長室の窓からは、女山古僧都山清水山鷹取山御牧山鷲ノ巣山障子ケ岳とみやま市の東の山壁を一望できます。神籠石に囲まれた女山(ぞやま)の麓の平野部は古代遺跡の宝庫です。瀬高町山門の堤地区には巨石古墳が12基ありますが、この巨石群から東方に、飛形山頂、姫御前岳、日向神社が等間隔に一直線上に並びます。日向神社は25km彼方の矢部村に人知れずある天照大神が祀られた神社ですが、堤巨石群に関する古文書には記載があります。古代の人々が二つの霊峰を結ぶ線上に等間隔に巨石や神社を祀ったのであるとすれば、どうやって測量したのか謎めきます。また、学長室の眼前の平野部には古くからのお宮もたくさんあります。大陸から海流に乗り有明海から矢部川河口に上陸した人々が我が国へ大陸文化をもたらしましたが、渡来人たちが航海の安全に感謝して神々を祀ったのが古いお宮が数多くある由来でしょう。太神(おおが)地区の数多くのお宮のなかに、小さな「こうやの宮」という祠がありますが、ここには渡来人が七支刀を持った像が祀られています。七支刀は百済の要請で倭王が倭軍を出して新羅を討ったことへの感謝の証として西暦372年に百済から倭王に献上されたものですが、それにまつわる像がなぜ瀬高に祀られているのかは大きな謎です。
早いもので、このように太古に思いを馳せながら、これらの借景を背に執務する日々が1000日を超えました。新年を迎え、次の1000日が始まっています。学長室の窓からは未来も見えます。大学が発展し、学生達が世界で活躍している姿に思いを馳せているところです。学長室の窓からの眺望がより拓けますよう、みやま市の皆様方のご支援をよろしくお願いいたします。
(みやま市広報掲載稿)

(保健医療経営大学「学長のひとりごと」)

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コメント

>>奥八女の羽を広げたような山は、ひめさんが藤山線に出る時信号の真正面に見える山と同じかなと思いますが・・☆

うつし世の 静かに流れ 初音笛

emeさん。あなたはとてもふしぎです。山、むかしからうごいていないでしょうね。やま、やめ平野、それは筑後平野であり、かつ筑紫平野でもありますが、そこからながめる奥八女の山々は、稜線がとてもうつくしいですね。みる場所によって異なるふしぎさがある。あの古代の船着場から撮られた一枚の山の形(なり)は鳶高山、という松延寛之少年の高校時代の小説のことばがぴたっとはまるようなかんじでした。

うたまるさんの一句。
うつし世の流れ静かに初音笛
の順番のほうがすっきりします。

こないだ、竜笛とひちりきの違いをしらべたとき、実演の音をきいたけど、まあゆうっくりですね。時間のながれが、まったくセイヨウモノとちがひます。浮世離れするはずだわ。笑

夫の大叔父さんは「笙」の担当のようでした(夫、うろおぼえですが形からたぶんこれだと)
うたまるさん、連句にいらっしゃるときに楽器を見せてください・・とか勝手なお願いをしたりして・・(~o~)

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