無料ブログはココログ

« 医療関連法規講義(10) 薬剤師法 | トップページ | てつおの手洗い »

2011年1月21日 (金)

ちょっとのってきた、(さばきだけか)苦笑。歌仙「一行の詩」

歌仙「一行の詩」  

行の詩をしたたむる淑気かな    月野ぽぽな
  あをく薫れる新玉の墨         姫野恭子
せせらぎに薄氷融けて流れゐて    竹橋乙四郎
  卒業写真の笑顔はれやか      山下整子
春の月延びる線路を照らしをり     青翠えめ
  駅長室はいつも満員         八山呆夢

圏足と獣耳持つ土器出づる        せいこ
  アナウンサーの黒髪に風       ぽぽな
摩天楼君が魚類でゐる時間       中山宙虫
  
ひんやりとした男恋しき         澄 たから  夏
登山口過ぐれば下山口となる              乙四郎  夏
    草の褥に荒神の使徒           整子
切腹の順番決まる月の光(かげ)      恭子

つぎは、秋おねがいします。
朝「切腹の順番」でけんさくしてたら、おおいしくらのすけのがでました。
夕刻からやったのか。
じゃ、こっちをきりぎりすにかえます。すみません。勝手します。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1329432448

1切腹の順番決まる月の光ゲ(本庄星川をよみて)
2失職の飯噴きこぼれ十三夜
3きりぎりす明日のもの食ふ十三夜

本庄星川、のちほど引用します。八女老連広報。すごい。

▽旧かな対現代かな論争、ってほどでもないが、コメント。

旧かな?
そんなのどうでもいいではないですか?
連句なので、とやかく言うつもりはないですよ。
統一感はいるかとは思うので・・・。
俳句なら、旧かなを使うなら、正しい旧かなを。
旧かなって本当はどの時点のものを言うのだろう?
新かなが制定された時点で旧かなという呼ばれ方になったのだろうけど。
旧かなを言うひとたちは、その時点を生きていたひとたちが多いのでは?
自分の時代の仮名遣いだと思う。
僕にしてみれば、旧かなにする必然性は何もないわけ。
古文や古語を使うなら考えるけど、言葉は現代語でかなは旧かななのは理解に苦しむ。
旧かな以前のさらに旧文字っていっぱいあるでしょう?
そこらあたりの線引きはどうなっているんでしょうね。
これは自分の独り言。
たぶん、旧かな使うひとは、それなりの理由を言うだろうけど、きちんとした説明にはならないと思う。
もちろん僕が理解できないだけだけど。

拝復、そらんさん。
「旧かなをいう人たちは、その時代を生きてきた人が多いのでは?」
そうかなあ。現に私はそうじゃないし、旧かな愛好家は若い人たちも多いよ。小説家では長野まゆみとか。かささぎの娘は彼女のファンです。
旧かななんてどうでもいい、というのであればさ。古典への通路はぶちんと切れてしまって、現代語だけでこの世界がなりたっているかのような錯覚に陥るんじゃない。一部の文芸で大事に旧かなを受け継いできたから、かろうじて失われずに残っているものも多いのではないでしょうか。
ときに旧かなを書いていて、あるいは古い漢字を写し取っていて、びっくりとするときがあります。へえ~っていうような感動をね、あじわうときがあるよ。

日本語ほんらいの意味と直結できるような。

「やまなみ」、そらんさんはもらいましたか。
これに、さがらさんというお方がかいておられます。
表記と読みとのずれがもたらす効果。
森山光章俳句みたいに、漢字表記とはかなり隔たっているるびでも、かなり自由にやれる伝統がたしかにある。それは現代表記になじんだ目に映る旧かなの世界でもあろうかとかささぎは思う。
こないだかささぎが恋句にだした(没だったけどね)、
貨幣空間vs愛情空間
(かへいくうかん、あいじょうくうかん)、ヴイエスとか対まで読ませていてはゴロが悪いので読まない。目は字を追い、映像を処理し、その下部では脳が意味を考え、定型内処理をしようとする。ここらへんの自然なあうんの息は、やはり定型端子系ブンガクの恩寵だという気がするわけです。

« 医療関連法規講義(10) 薬剤師法 | トップページ | てつおの手洗い »

コメント

病院給食明日栗おこわ

敗荷ばかり城囲む堀

えめさんの付、ちょっとまじこわ。こわいめしだわ。
これぞきわめつけのこわめし。どことなく「むくろじ」という木の実をひろって皮がしわしわになるまでほうっておいたときのあの不気味な感覚をつれてくる。字面は無患児なれど、実物をみれば、骸児みたいで。
句柄があかるいだけにこわさもひとしおです。
ぼんの一句、写実的なスケッチですね。やれはす、ときましたか。たしかに敗戦の将。
はらきり の順番は大将からだったとか。早いほど痛くないんだと思う。理屈では。
では、今からお風呂に浸かって考えます。
どうもありがとうございました。

遅・早・遅・早・遅・遅・早。

お久しぶりです。「さがらさん」と森山光章氏という、2人の同窓生の名が出てきたもので、その縁あって?コメントを。
旧かな・現かなの問題は、以前どこかにコメントしたことがあるので、検索してみたけど見つけきらんやった。よーするに旧かなは、(ここは使ったほうがいいと思う時に)使いたい人が使えばいいのだと思います。新かな派の私もたまに使うのは、ジョークなどで~例えば昔CMか何かであった「スッキリしませう」とか。でも旧かな全面復活論には反対だし、今更無理。
前回コメントした時、指摘したように、旧かなが本来の日本の伝統であるべきというのなら、その伝統をさらに遡って、発音も旧かなどおりにすべきだけど(もともとはそうであったはずだから)、たぶん旧かな派の人たちも、それには違和感を感じるでしょう。しかし、そういう私も、「を」「は」「へ」などの助詞を発音どおり「お」「わ」「え」と書いた方がいいと思うかと言えば、それには賛成しかねる、というよりも違和感を感じる~ようするに人間は、自分が今使ってる言葉に関して保守的なんですね。

ろいりさんこんばんは

たいへんです
じなんがにかいからおちた
いまからせいまりあにつれていきます
いろまっさお
もうふほしてたのをとろうとしたいたようです
なんともありませように!!じゅけんまえなのに!!

大丈夫ですか! 心配・・。 

同じく、心配してます。何ともありませんように。

ただいま  
あたまはだいじょうぶだった
まよなかでもひとがいっぱいだった
ほね 右腕のまんなかの
三角巾で90度に固定してもらって帰ってきた
三つの方法があり
一つ、手術
二つ、ギプスで固定(医師推奨)
三つ、緩やかな固定(受験用)
とりあえず受診用紹介状を書いてもらってきた

かささぎさん、お子様どうぞお大事に。

聖マリアがあるから、私たちは安心していられるってとこあるよね。
息子さんの腕、折れてたのね。日にちが薬だから、待つしかないですね。受験に影響がありませんように。今でもマークシートなのかな?

頭を怪我してなくてよかったです。 
腕>>受験大変だけど頑張ってください。。お大事に。

ぽぽなさん、どうもありがとう!!
みなさんありがとう。
二ミリほどの欠損。
ではいってきます

あらら。わが家がちょっと取り込んでいて、しばらく来れなかったら、まあまあ、おおごとになってたのね。右腕ってことは、受験に差し支えるのでないのでしょうか?心配ですね。

父に癌の疑いが。
来週、紹介状を書いてもらって、専門病院で再検査することになりました。そう思えば、体重が落ちていた原因にも思い当たる。
87歳。手術に耐えれるだろうか。
体重が43キロしかない。

ああそちらも大変なんだね。いずこもおなじ冬の夕暮。まったくブログをのぞきにいけていません。とってもいそがしい。
父は最悪の場合がんが脳に転移している恐れあり。
ただの梗塞ならいいけど(よくないけど)。
仕事でへとへとになって帰り、全員で食事。
それから父がお風呂に入るというので、三人がかりで介助。足が萎えて途中でこけるのです。椅子に座らせ、床に座らせ、。半身不随の人を整骨院でお世話していたのがこんなに早く役に立つとは。左がきかない。からだを支えることができないので、とっても重い。抱きかかえていては身がもたないので、てこの原理で移動させます。わずか体重40キロ弱の父を入浴させることのおおごとさ。服を脱ぎ着させることの大仰さ。ほんとにたいへんです。これで半分の不随。全不随だったらとおもうと。
どうなるんだろうか。手術には堪えられないだろうし。
あした検査にいきます。いきていればこそ。
おかげでむすこたちがやさしくなってくれた。わたしよりずうっとじっちゃんにやさしいです。

父を看病していたときのことを思い出しました。35年前のことです。高校生の弟と二人でお風呂に入れていました。

息子さんたちの協力がありがたいですね。腕の骨折もあるし、無理しないように。明日整骨院へ行ってきます。今年になって2回目。先生、又太ったみたい。

ああ、そちらはもっと大変な状況ではないですか。
おちちうえ。体重40キロ。
うちの父より軽い。
手術はだいじょうぶでしょうか。

うちも歩くのがしんどそうです。
家具に掴まりながら食卓に移動します。
お風呂はなんとか自分でできる。
自分でできることが多いということはすばらしいことなんだと思う。母にあっても、惚けてはいてもなんでもできるしね。
お互いにちょっとしんどいけど、まけんばい。がんばっ。

渾身のちからをこめてすがられて。
というじょうたい。

あしがたたないおそろしさ。
トイレで呼んでいるので、いってみると、ばったりと大の字で倒れている。起こすのが一大事です。
・・入院するのが安心だろうか。
トイレのタオルかけに必死でとりすがったんでしょう。ぼっきりと折れてました。耐荷重2キロまでですから。

連句、とどこおってしまいました。すみません。
あした、らんさんに句をだしてもらいます。
うちこしは花の句がくる秋の句。あっさりとした景気。
声かけしないでもうしわけない。
二月、第二土曜はどうですか。
みなさん、これますか。無理な場合は。・・・
前田師は親類のおうちに不幸があったとか。
お声かけだけでもしますが、どうせなら、先生には夏の合宿においでいただきたいものです。

お話を聴く限り、家族での対応には限度があるのではという気がします。プロにお任せする時期ではないでしょうか。
入院したほうが、みんな安心できるでしょ。
家族だって気が気じゃない。仕事にも学校にも行けない。
それはお父上は望んでらっしゃらないのでは。

みなさんおつかれさまです。
介護も介助もほんとに大変です。我が家も最中にあるとき色んなことが重なってたぶん必死だったのでしょうか、あまり考えないようしていましたが・・みなさんのお話を聞くと身につまされます。
お世話する人の健康が一番大事なので(いつもそう自分に言い聞かせてました)風邪や怪我に注意されてがんばってください。

当方第二土曜はOKです。

驚きました。たかくんあの二階から。どんなに痛かったでしょう。比較にもならないくらいですが、息子も受験二日前に左手指を友達の足が当たって骨折。ギブスをして受験しました。
たかくんは受験前にはギブスが外れるといいですね。
お父さんがそんなにお悪いとは知りませんでした。大変なことは重なるもので、きょうこさんも無我夢中だと思います。私も大変なときがありましたが、みんな自分がしなくてはと思い込んでいました。それで体をこわし、母にも十分なことをしてあげられませんでした。あのときなぜなんらかの手助けを求めなかったのか、今後悔しています。きょうこさんもがんばりすぎないでくださいね。
でもこういうとき子供たちの優しさは身にしみますね。
家族の本質がわかる時ですね。

当方、2月第2土曜日は×です。

お父さん、次男君大変ですね。

私にはその経験がまったくないので、ひめのさんちやseikoさんちの話聞いてるとばちが当たるんじゃないかと思って深い自己嫌悪に陥ります。
なんにもしてないです私。

今居る家のお姑女さんが亡くなって(舅はとっくに)そのお骨を長崎へ持ってきた主人と知り合って結婚したので、嫁としての役目はゼロ。
実家の母は亡くなる2ヶ月前までぴんぴんしてたので介護ゼロ。
叔母はいきなり倒れて意識なしになったので入院生活、その間行っても口もきけずなにをどうする事も出来ず、そのまま亡くなり介護ゼロ。

ひめのさん本当に自分自身を大事にしてください。
無責任なことしか言えなくてごめんなさいね。

せいこさん、えめさん、ぼんちゃん、さくらさん。まりさん(たからさん)、どうもありがとうございます。
お見舞いのあたたかいおことば。

かんがえたらさ。だれでもいちどはしぬっちゃんね。
こないだ胃がんのしゅじゅつをしたあとで、しんでいてもおかしくなかった。去年の夏、熊本の菊池ちかくの相良観音へ父をつれてお参りにいってから、健常者なみの体にもどっていたので、ついもう治ったんだろうとおもっていました。ケアマネさんのお名前が観音様とおなじなのも、なにかのサインみたいで。
今日の検査で脳腫瘍がみつかり、手術のために明日入院します。ちょうど私はお休み。笑
だけどさ。もしがんでもなんでも、知りたいそうです。
うそをついてくれるな。とのこと。んで、延命処置はくだらないからするな。という書類にサインをした。

さくらさん、たからさん。
おやのしにめにつきましては、そのような後悔のきもちをいだくものなのかもしれませんね。
たからさんは、本当にたいへんだったよね。心臓も強くないのに、仕事と家事と介護でいっぱいいっぱいだった。よしくんの塾通いもあって。でもね。おかあさんはそれでありがとうっておもってありますよ。こないだ、押し入れの整理をしていたら、古いたちきの合同句集がでてきた。野上さんの、母上の句集、とってもいい句ばかりで、たからさんのまっすぐなおもいはご両親からの最大の贈り物だとおもいますよ。なにもわびる必要はありません。あなたがそう思えばおかあさんが逆にこころ残りになられるでしょうから。

さくらさん、きっと人はしぬときを計算しています。これまでの経験からそうおもうようになった。
人の手をわずらわせたくない。と思っておられる人たちは、できるだけそうやってなくなって行かれるのでしょう。
思いやりなのでしょう。

ところで。ひめのは自分をだいじにしすぎです。笑
いやまったく苦労をしたことがなかったので、いまごろちょこっと苦労をさせられている。それがたのしかったりする。こまったことだわ。


>いやまったく苦労をしたことがなかったので、いまごろちょこっと苦労をさせられている。それがたのしかったりする。こまったことだわ

これまでこのブログを通して、ひめとわたしの育ち方に似通ったものがあるとずっと思いよったんよね。農家の長女で、子供時代たぶん、けっこう貧乏な生活だったにもかかわらず、それを意識させることなく親に育ててもらった。いや、ひょっとしたら、うちらが鈍感なだっただけかも?と思わんでもないが。
で、ここにきて、またもや共通点発見。笑

介護生活、決して楽ではないけど、これまで苦労らしいもんをしたことがないので、これでやっと人生の帳尻があうっちゃないとかいななどと思ってる。
どん底の貧乏も味わったことがないから、お金がないしんどさもいまになって味わってる。これもこれでやっと帳尻あったかなあと。

まあ、インターネットの通信費をいまだ払える身分は、どん底ではないわね。笑

せいこさん。
こどものころ、じぶんが貧乏だと思っていた?
まったく思っていない。普通だと思っていた。
農家はとりあえず、たべものだけはありますからね。家もだだっぴろいし、空間だけはやたら確保してた。
それがあったから、結婚してせまい2DKに住んでも、ひっ迫感はなかった。田舎に広大な別荘があるから。苦笑。

親ですが。
きのうまで、階下から夜中に何度も父と母の大きな声が聞こえてきて、ああ、今から父がトイレにいくんだな。母はつきそい、たいへんだな。と思ったのですが、わたしは起きなかったし、すべて母にお任せでした。ここが、まったくせいこさんとちがうところです。わたしは母にお任せ。実母ですからなんでも遠慮なく任せられる。でも、嫁だとそうはいきません。

長男と次男でも、違いがあります。次男は父が転んでうめいていたりすると、じいちゃ~んどうしたの~といってすっとんでいきます。しかし、長男はたのむ、手伝いにいってくれ、と言わないと動かない。
これは優しさの違いではなく性格の違いなんだろう。

>こどものころ、じぶんが貧乏だと思っていた?

ううん、まったく。
まったく感じたことなし。
ふつーだと思ってた。
でも、こどもごころに買って欲しいものがあってもねだっちゃいけないとは感じてた。笑
まあ、わたしがこのころ買って欲しかったのはたいがい本の類なんだけど。だから小学校の図書館はわたしの大好きな場所だったのね。毎日図書館に行かない日はなかった。ただで自由に好きなだけ本が読める。なんてすばらしいところなんだ。初めて図書館を利用した一年生のとき、かんどうしたもんね。笑

追伸。
>長男はたのむ、手伝いにいってくれ、と言わないと動かない。
これは優しさの違いではなく性格の違いなんだろう。

って、これは、長男がふつーよ。
男の子ってたいがいそうじゃないの?お宅の二男君ができすぎっちゅうか、気が利きすぎるんだわ、たぶん。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ちょっとのってきた、(さばきだけか)苦笑。歌仙「一行の詩」:

« 医療関連法規講義(10) 薬剤師法 | トップページ | てつおの手洗い »

最近のトラックバック

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31