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2010年12月13日 (月)

総合医療論講義(7) 前世紀までの日本の医療

保健医療経営大学学長
 橋爪 章
2010 年 12 月 13 日 総合医療論講義(7)

<20世紀の医療>

医薬品の進歩(ステロイド、インスリン、抗生物質など)

消毒法、麻酔法、人工心肺装置の進歩に伴う外科手術の進歩

化学療法、放射線療法、内視鏡下手術など治療法の進歩

医用工学の進歩(血管造影、超音波検査、CT、MRIなど)

戦争による進歩(輸血医療など)

<日本の医療>

古代:

お祓い、祈祷など呪術的医療観(現代まで残存)

仏教伝来以降(飛鳥・奈良時代)は寺院(施薬院、悲田院など)が医療を行う

中国からの医術が伝来

平安時代に「医心方」(丹波康頼)30巻

中世:

末法思想、迷信

病気平癒を祈願する修験道が広がる

民間療法が広がる(現代まで残存)

近世:

漢方「薬師(くすし)」が医療職として定着

大名、武家などは専属医を雇用

実際的な言い伝え、実践的治療経験に基づく職能的医療観(現代まで残存)

江戸時代後期、蘭方(オランダ医学)が広がる

近代:

明治政府は西洋医学を公認

医学者(野口英世、北里柴三郎、志賀潔など)の海外留学

自然科学的医療観(現代に至る)

現代:

価値観の多様性

QOL(生命の長さではなく質)を重視する医療観

(保健医療経営大学〈学長のひとりごと〉転載)

▽かささぎのひとりごと

最近もっとも心うたれたことば。
「ぼくらかぜひいたら死ぬしかないんですわ。はっはっは。」
はい?そんな晴れ晴れとしたお顔でいわれても。
ーとある生活保護所帯ご夫婦のおことばー

▽かささぎのどんどこ祈祷師おすがり体験
だれにでもあるのかどうかはぞんじませんが。
かささぎはかつてある事態にたいへん困ったとき、神さんにすがった。
いや神はこの世にはいないですので、取次ぎ屋さんです。
学長の書かれた文章の中では、
古代:お祓い、祈祷など呪術的医療観(現代まで残存)

に属します。
それのせいかは証明しようがありませんけど、結果的には事態が改善されました。
普通の病院で直ることと、それではだめなこととあって。
人ってそれがわかっているからすごいのかもしれません。


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コメント

同じく、神様にすがった経験あり。
母に連れられてやむなく。と言ったほうがいいか。
長女の病気で。33年前のこと。
祈祷師さんとお呼びするのでしょうか、その方の仰ったあまりの非科学的な根拠がどうしても腑に落ちず、あれ以来、身体のほうが断固拒否してしまう。

きといん=祈祷院=身近な地名ですね。 
昔は祈祷所があったのでしょうかね~☆
我が家も色々多難が続いていた時人様から「一度みてもらったら」と言われました。まあ自己判断で何も行動しませんでしたが・・(困難にあうとパワーが出るタイプ@@?)
ちなみに母方の曾祖母は祈祷者だったみたい。母は子供時代、この人から足に出来たものを直してもらってました。

こどものころ、お宮のむこうに「ひがしのけ」とよんでた泳ぐための池(ほんとは農業用ため池)があって、そのそばに大草原の小さな家風の一家がすんでいました。母上は早くなくなりましたが、どこか魔女みたいなおかたでした。やいとをすえるのがじょうずでしたし、いろんな薬草にも詳しく、近所のとしよりはそのひとのところにいっては、ちょっとした病気はなおしてもらっていました。(ように記憶する。)
もう、その家はないのです。
なつかしい。

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