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2010年12月26日 (日)

八女農高みらい館での写真いま遺影となりて吾に問ひかく   

(かささぎの旗5月25日付記事の写真です。)
http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2010/05/post-45.html#comment-79978510

以下、彼女たちの受難に気づいてからのコメントを修正せず*、そのまま編集して、彼女たちのご霊前に慎んで供したいとおもいます。
かささぎなりの、ネットお葬式です。きもちのせいりがつかないのです。
(*ひとつだけ訂正したものがあります。ご愁傷様でした。という言い方を知らないようでした。ご就寝さまでした。とかいていたものですから、こちらであらためました。)

かささぎの旗始まって以来のアクセス数と訪問者数。
みなさん、ここへおいでなのです。どうしてだろう?と調べ、その理由に気づき、大層ショックをうけてます。
この笑顔の井手綾美さんは、昨夜の大事故でなくなったのですね。
黒木町の人でしたか。
ともだち、先生方、ご近所の方たち、それから親御さん。おかあさま、おとうさま、おばあちゃん、おじいちゃん。ごきょうだいたち、いとこたち、ありとある有縁の方々。どんなにか動顚されていることでしょう。

2ちゃんねるに、この写真が紹介されてるとのこと、だけど、それがどこかわかりませんでした。
今朝は叔母と母を整骨院へ連れて行く日で、母たちは黒木出身(笠原)なので、この話をついしてしまったところ、私の衝撃に母は顔をしかめ否定するばかりでしたが、叔母は、(この叔母は果たしのいいおばで、どんなときも前向きに考えるのです)、その叔母が、こういってくれました。
「きょうこちゃん、人の寿命はきまっとるけんねえ。どうにもならんもんがあるよ。その前にあんたのとこに何か縁があって挨拶にきてくれた、ち、そう思うべきじゃなかとね。あの日にこにこして写真にとられていた二人の娘さんの姿は、あたしもよおく覚えとるけんね。」
一期一会。
助けに池に入ってなくなった若者の名前が秦さんという名だったことも含め、いろんなことがかささぎの胸にずぶずぶと沈んでゆく。
事故の検証はこれからなされていくのだろう。
まだ冥福を祈る心境にはなれない。
きっと彼女もそう思っているに違いない。

ご愁傷さまです

24日午後11時40分ごろ、ワゴン車と乗用車が衝突し ワゴン車が池に転落
ワゴン車(DQN仕様オデッセイ)に乗っていたのは友人同士9人(一人は乳児)
福岡市内にイルミネーションを見に行く途中だった

死亡したのは
県立八女農業高校3年で同じクラスの
井手綾美さん(17)、石原瞳さん(18)、末吉泰子さん(18)
農業手伝いの佐藤慎一郎さん(18)、アルバイトの山本翔さん(18)

自力で脱出したのは
無職の山本佑紀さん(18)、パート従業員の木村光志さん(18)
福岡県内の高校生の堀川達也さん(18)

6カ月くらいの男児(重態)は山本翔さんと山本佑紀さんの子供

乗用車(マーチ)を運転していたアルバイト、秦智之さん(26)も池の中で死亡
秦さんが救助のため池に飛び込んだとの目撃証言あり
秦さんの車には結婚予定の彼女へのプレゼント(バカラ)が残されていた

--
ご冥福をお祈りいたします。

若い命がたくさん失われたこと、無念です。
事故の当事者でありながら、相手車が池に落ちたのを見て、冷たい池へ救出に走った秦さん。自分が当事者だったらそういう行動をとれたでしょうか。

秦氏と井手氏を繋ぐもの
    ↓

http://www.hata-somin.com/hata.html

オデッセイに乗っていた。
微妙につながっている。
ユリシーズ、ゆりわか大臣、幸若舞。
調さんがこうわかまいのことを書いていました、最近。みやま市にあるのでした。矢部と思っていたら

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%87%E3%83%A5%E3%83%83%E3%82%BB%E3%82%A4%E3%82%A2 (「その他」のところをご覧下さい)

西日本新聞(夕刊)に石原さんと井手さんの写真がありました。石原さんは左の子でしょうか。
井手さんは黒木から自転車、バイクで通学していた元気もの。病院への就職が決まっていたと。

えっ。
左の子も亡くなったのですか!!
まさか。荒木の子でしょ?
まさか。二人とも。
なんということでしょう!!

黒木中学の同級生の集まりらしいので、荒木の子だったら違います。

ご冥福をお祈りしま~す(◎´∀`)ノ_/\○_   ε=\_○ノ イヤッホーゥ!

ザンネンですね……
ママの方もいらっしゃるんですね
ァッー!!

         /ヽ  ,. . .-‐…‐- . .
        {_/)'⌒ヽ: : : : : : : : : 〉`: 、
        {>:´∧;;;;;/. : : : : : : : : : : : : :ヽ
      /: : : /;;;;;;Y: : : : : : : : : : : : : : : : : : .___
.   /: : : :/丁⌒: : :∧ : : /: /` }: : : : : :ハ;;;;;;}
   /: : : :/: : :{: : 八: :{:>x/| /   |:i : : :}: : : };;;∧
.  /: : :/} : : :八Y⌒jY´んハ从  从-‐ノ: : :/Y: : :.
 /: : / /: :/: : : V(. /・\ /・\Yイ : ∧ノ: : ハ
 !: : :!//i: : : : : 个i  ̄ ̄   ̄ ̄ /彡く: ハ: : : :i   
 }: : :ヽ  / : : : i: :´{入 (_人_) /: : : ∧: i i: : : |    ご冥福をお祈りしますの!
〃. : : : ∨: : : :/l: :/⌒ヽ\   | イ: : : :/ }: リ: : :ノ
: : :/\: : V : /ノ:/     V.\_|八: : : { 彡. : イ{
: :( /: \:} /: :/{     rv\j  { >‐=ミー=彡ヘ: ヽ
`)' ){: (  ): : :{八   /ヘJ ̄ ̄ {_/ /   \j: : 八: :}
 (  ー=ミ  彡'  ト、 /  ご冥福  `トしヘ. _ \{ j ノ
   r=彡' ー=ァ |\{.      . -‐、‐=ァ′  ヽ  \(
   `フ   (   |   \_/  x个彳)   ∧   \
             ヽ   | _/  ∨ {\  /、ヽ     ヽ
            ヽ  ー-ヘ.    ∨j   ヽ{__>  . _}
            〉    \   \
               /       \   \
           /           \   \
            〈               j\   \
          / ー--==ニニ=く  \

神様の選びしいのち召す聖夜 (乙)

昨夜彼女たちがまだ生きていて苦しんでいたであろう時間に、かささぎは山本健吉と座の文学(7月24日通りのクリスマス)を開いてコメントを書いていた。そこには、ホメロスとおなじ吟遊詩人の柿本人麻呂のことなどがさらりと紹介されていた。
文学者の仕事は死んだ魂をなぐさめ鎮める儀式をすることであった時代の文学。それを健吉は他人に成り代わってのべる第三のことばの文学というようにも書いている。(これは万葉集にあるきりょ歌)
長崎育ちの山本健吉の墓は八女にあること、ことに健吉の父石橋忍月の資料館は黒木にある学びの館。
生き残った命のなかに、山本姓のちいさな命があったこと。父親は亡くなったけど、母は助かったこと。
かささぎは今日ずうっと彼女たちの死の意味を考えていた。神様からの問いかけだとおもったからです。
オデッセイの記事をよみ、健吉のこの記事をよみ、つながる部分があることを知る。
古代の人の意識は二分心とよばれるものだった、とする文章に釘付けになった。ことばが意識に深く根ざすものだけに。「真実という概念そのものが、・・大昔の確実性に対して誰もが抱く根深いノスタルジアの一部」なのではないかとも」

柿本人麻呂のきりょ歌(旅の歌)、
大君の遠の朝廷(みかど)と蟻通ふ嶋門(しまと)をみれば古おもほゆ  
これは、筑紫へ船で渡ってきたときの歌ということですが、なぜ遠の朝廷といったのか、蟻通ふとなぜ、この字を使ったのか。というのに対する答えが、古田武彦史観にでてくる。女王国へ伺候する意味がメタファーとして隠された蟻のもじ、筑紫とは太宰府です。
そういうことが全部彼女たちの死のなかに、連句的にたちあがってくるのでした。
太宰府でなくなったのですね。http://jess-kun.iza.ne.jp/blog/entry/1067748/

夕方のニュース、みました。
写真がでました。左側の女の子が石原瞳さん(久留米市荒木)、なくなっていました。
ものすごくショックです。わたしが写した二人の女の子が、ふたりがふたりとも、この世にいないことが。なぜ。なぜ。なぜ。

 

さきほどのRKBニュースでの井手さんの顔写真は、このブログの写真の切り抜きみたいでした。絣で笑顔。

乙四郎先生、いつも助け舟をありがとうございます。

昼から2ちゃんねるなどの記録を見ていました。以前の飲酒運転で海へ幼いきょうだいが転落した事故以来のことばをなくすような、悲惨な悪夢です。
しかし、私はこの写真をとってあげられたことを、今、たいへんよかった、とおもうようになりました。
なぜなら、ものすごい量の罵詈雑言が、この写真一枚と、彼女のコメントで、すうーっと消えるのを目の当たりにすることができるからです。
あやみさん、ひとみさん。ありがとうね。あなたたちの笑顔はとってもきれいで、あかるくて、きよらかで。
すべてのいやなことをわすれさせてくれます。
まさか二人とも一緒に天国へいってしまうなんて。

八女農業高校のみなさま。先生方。
わたしの父は昭和四年生まれですが、八女農高に通いました。昔はとても試験が難しかったそうです。また、わたしの娘も、この二人とおなじ八女農の生活科学科に通いました。2ちゃんねるで偏差値を散々ばかにされていますが、そういう数字がどれほどのものでしょう。偏差値や金銭の多寡で人を推し量ることはできないのに、その地に住んでなければみえないものが確かにあるのに、なんであんなにひどいことばを次から次へなげつけることができるのか。
そんな暗いきもちになりながらも、ここへもどり、ふたりの笑顔をみていますと、あの初夏の日のことが思い出され、学校と彼女たちを心から擁護したくなってきます。
どうか、心を強くもたれて、がんばってください。

まさかねーと思っていたら、そのまさかだったんですね。なんという偶然でしょう。かささぎさん、あまり深く考えないで。
亡くなられた方のご冥福をお祈りします。赤ちゃんの命が助かりますように。皆で祈りましょう。

やはり、このブログの笑顔(↓)でした。

http://news.rkb.ne.jp/rkb_news/archives/017233.html

>ものすごい量の罵詈雑言が、この写真一枚と、彼女のコメントで、すうーっと消えるのを目の当たりにすることができるからです。

今朝、まったく同じことを感じました。

君たちのつくりしいのちは食卓に
 サイレントナイト ホーリーナイト
              (乙)

山本翔さん夫妻の息子の悠斗ちゃん.

ゆうと、という名前なのです。
斗(と)

1.尺貫法における体積(容積)の単位。
2.13弦の箏での11弦目の名称。
3.ます。枡。それから転じて、天の枡、北斗七星。

連祷の聖母ゐませり寒北斗   恭子
乙女等の声よみがへる寒北斗

なんということでしょう。

このニュースこちらでも大きく取り扱われています。
ご冥福をお祈りします。

今はただ時に抱かれ安らかに。。

おはようございます。 
いつもこんなに明るい笑顔の女子だったのでしょうね・・☆・・でもなぜか信じられません・・

この国の見失いたる羅針星
  探す手がかり北斗七星
              (乙)

高校を中退して農林業を手伝う佐藤君、父親の自覚で建設業に励む山本君と彼に守られた悠斗君、同世代の誰よりも人生設計に真剣に向かい合っていた井手さん、石原さん、末吉さん、愛車の心配よりもぶつかった車の乗員への愛を優先した秦さん、みな、召されて7つの星になりました。
死者に対するネット上での心無い発言の数々もまた、迷走するこの国の姿です。

八山呆夢さん。
神崎さくらさん。
調うたまるさん。
青翠えめさん。
写真の日付、五月二十五日であることに今ぎくり。
この日付は天文年間の戦国百首和歌(源鑑述が今伊勢奉納)巻末に記された日付を現代にうつせば、この日になるというものでした。竹橋乙四郎の説。かささぎのき坊さん計算では五月十五日、でした。天文24年卯月廿五日はいつか。という問題。
まだ解決していないのが、その年の干支、癸卯。じっさいは乙卯、だったとおもいます。
まだしらべきっておりませぬ。
http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/cat33636509/index.html

彼女たちの連れ去られた天蓋の果て、月の虹のかかるあたりに、この問いの答えもあるのだろうか。

ゆうとくんは召されてしまったのですね。
お悔やみもうしあげます。
とりわけ山本翔くんの親御さんたちは、どんなにかかなしいことでありましょう。

極寒の池で連想するのは、上津荒木の池での軍事教練。
5℃以下の水中では、数分で筋肉が縮んで動かなくなるらしく、足が着かない深さだと溺れてしまいます。
水難では、水天宮伝説が連想されます。

系列局なので当然なのかもしれませんが、TBSニュースでも、井手さんの写真はこのブログの笑顔を使ってました。(局のホームページで確認しました)

ν速からきますた
主は俺達に偏差値38のゴミの大掃除というプレゼントをくださった
秦さんだけのご冥福をお祈りします

ヒトラーは間違った選民思想で大衆を扇動する過ちを犯しました。それを過ちだと気づけなかった人々についても、ヒトラーと同じく糾弾すべき対象とすべきでしょうか、それとも単に思考能力の乏しいかわいそうな人々がいたと嘆くだけでいいのでしょうか。

八女農業高校はバイオ農業にも取り組んでおられたと聞きます。30代になるうちの娘が、いまどきというより、これからが期待できる高校よね、わたしも行けばよかったと言ったことがあります。

今朝までこの事故の被害者の高校生が地元高校の女性ととは知らずにいました。こころから御冥福をお祈りいたします。

 この国のゆたかさはたぶんガラス製 
       死者をむちうつものをあわれむ  セイコ

2ちゃんねるを昨日読んでいて、過激なまでの偏向ぶりに呆然としました。一つ前の名無しさんと似た意見が山ほどあった。このニュースをかいつまんでご説明下さった方のコメントの中にも「DQN仕様オデッセイ」ということばがありましたが、このDQNはドキューンとよみ、「DQNとは、社会常識に欠けている人や知性に乏しい人全般への蔑称で、そういった人たちが乗っているような車の仕様のこと。」だそうです。
社会常識に欠けている。知性にも欠けている。
だから、人が悲嘆にくれているときに、
「ご就寝さまです」だの、「イヤッホ~」だの、大きな猿女のお絵描きだの、はたまた「偏差値いくつ以下を大掃除しました」のと、場所柄もなにもわきまえぬとんでもない恥ずべき書き込みをしていくのでしょう。
彼女たちの死を悼みここへきてくれたのなら。
どうか学んでいってほしい。
わたしたちは、かなしいのです。
かなしいときに、横でわらうな。
ヤッホーなどというな。
ストレスがたまっているなら、どこか他ではらすようになさい。決して、苦しんでいたり悲しんでいる人をまきぞえにせぬように心を配ってくださいな。

それに。
ひとが正しいかそうではないかは神様は決してご判断なさいませんし、後ろ指もさされません。その逆でもそうです。どんないいことをしてもどんないい人でも、不幸に陥ることに目をとじておられる。
遠藤周作の『沈黙』をよんでみてください。それはそれは無残なものです。
神は黙っているばかり、なのですよ。どんなに正しい心清い人が、どんなひどい目に遭ってもね。

ああ、そうでしたか!
本当はあなたが誰か心無い大人に、そういわれたのでしょう?
おまえみたいに偏差値の低いやつは、もういらない。と。でもだいじょうぶだからね。学力は偏差値ばかりでは測らないし量れないものだから、絶対そうやけっぱちにならないでいいのよ。こころをひらいて、素直でいさえすれば。神様の愛は、その風穴から、自然にふきこんできます。そしたらやさしいきもちになれるよ。何もしなくても、お湯が湯船からこぼれおちるように、かみさまの愛が、あなたのこころを通って、まわりにもみちあふれるようになるからね。

かくいうかささぎは、仏教徒でした。
そして、その心無い大人でもありました。

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コメント

今日、井手さんの葬儀が忠見の斎場でありました。
参列者のコメントの報道から、井手さんの人となりがうかがえます。
(保育園から中学校までの同級生)「小・中学生のころ、綾美さんが祖父母の誕生日会を開き、学校で、おじいちゃんたちが喜んでくれた、とうれしそうに話す様子を今でも覚えている。綾美さんから介護関係の職に就くことを聞いたときには、綾美さんらしいと思った」
(近くに住む女性(63))「今年の敬老の日には、いつまでも元気でね、と手作りのお菓子を持ってきてくれた」
(近所の女性(42))「綾美さんが父親のためにパワーショベルの免許を取ったばかりだったと聞いた。本当に家族思いの子」

このふたりのほがらかな、さわやかな笑顔。
ここに残してあげれてよかったね。
この写真のおかげで、
ここに寄せられるこんなあたたかいコメント↑のおかげで、
こころない中傷の記事が、いかにばかげたものが立証もできる。

乙四郎先生、せいこさん。
まさにこのためにだったかもしれません。
おちこんだり、自分をせめるのはやめた。
助け船いつもありがとうございます。

報道機関がかささぎさんに断りもなくブログの写真を切り取って公開したことに、当初、ちょっとイラッとしましたが、報道記者さんたちが、人物像に迫るために懸命の努力をされていることが、葬儀のコメントの報道姿勢で読み取れました。おそらく報道機関上層部は、道路交通法を犯した「無謀な若者たち」を美化するような記事を掲載することに抵抗したはずです。そのような抵抗を押しのけ、このコメントを紹介してくれたおかげで、私たちは、井手さんが近所のお年寄りに手作りのお菓子をプレゼントする心優しい17歳であったことを知ることができました。記者さん、ありがとうございました。

本当に家族思いの子だったら、
夜間に遊びに行きません。

親に心配させる事は、しません。

高校生なのに、
友達と焼肉にも行きませんけど・・・。
(大人だったら、許せるけど、
学生の身がね~)

同類と思われたくないです。

親が厳しくて、門限アリだったら、
井手さん達は、事故に遭わなくて良かったんですよ。

井手さん達が、はっきり物を言う子だったら、
チャイルドシートは?
(制度開始付近に近いはずなので、知っている。)
とか、定員大丈夫?とか言えただろうね。

普通6ヶ月の赤ちゃん夜中に連れまわすって
あり得ませんよね~。

そこら辺は、何とも思わないのですか?

にゃんさん。
あなたがおっしゃるとおりです。
たぶん、彼らはちっともいいこではなかったのでしょう。
いいではありませんか。かれらはもう充分に罰を受けました。
半年しか生きれなかったこどもの母親も、十二分に悔いているのではないでしょうか?それでいいのではないの?それとも、まだこれ以上、鞭打つ必要がありますか?

にゃんさん。
どうも心のこもったコメントありがとうございます。
交通違反、そのことについては、ここで受け答えをしております。
ごめんどうをおかけいたしますが、どうぞひらかれて、コメントをよまれてください。↓
せいこさん。たすけてくれてありがとう。
そう、違反を一番後悔しているのは本人たちです。
おさっしください。

すみません。マトリョーシカしてしまいました。
でも、自分としては、ちゃんと書いてたはずなんです。どうかよろしくおねがいします。

本人たちが反省してたら、それでいいんですか?
世間を巻き込んだのに?

なぜ、運転していた人が、
わからないのかも不思議です。
バスだったら分かるけど、狭い空間ですし、

もしかして、無免許の人が運転してた・・・。

目撃者と生存者の証言が違う。

明らかに懲りてない様に思えます。

赤ちゃんの母親のブログの友人関係も拝見しましたが、
荒れている生活をしているみたいですね。

17歳なのにお酒飲んでたり・・・。

私も母親ですし、運転もしますし、福岡市民です。
もうニュース・ネットからも
事故を伝えてないので、
みなさんの記憶から、忘れられないように
東区で起こった
「福岡海の中道大橋飲酒運転事故」みたいに、
この事故を語り続けないと赤ちゃん達が、
報われないと思いませんか?

反省したら、悔いたら終わりではなく、
運転は危ないと
事故に合った生存者達には、
世間に発しないと
償い・罰を受けたとならないんでは、
ないでしょうか?

同高校と接点がある方と
見受けましたので、コメントしました。

生存者は、どう思っているかわかりませんが。

わたしは、ここは悼むための場としたい。
と書いたのです。
事実をただしたり罪をさばくことは警察や司法におまかせしたい。とおもいます。

かささぎの家では、今日こんなことを話しました。
山本翔くんのお家では、どんなにさびしいことだろう。むすこもいない、あかんぼうもいない。いっぺんに二つも火がきえてしまって。どうやってお正月をむかえられるだろう。
この先何年たってもずっとご遺族はクリスマスのイルミネーションをみるたび悪夢を思い出し、さびしいお正月をむかえつづけられるんだろうなあ・・・と。

思っただけでかわいそうで、涙がこぼれます。

にゃんさん。
真面目にご返事をくださって、ありがとうございました。
わたしも真摯に返事をしたいと存じます。

わたしは、この学校との接点はなにもありません。
正直なところ、この学校の門もくぐったことがありませんし、写真に笑顔を遺したこのおふたりと面識もないのです。
わたしがこの一連の記事にコメントを書くようになったきっかけは、
>主は俺達に偏差値38のゴミの大掃除というプレゼントをくださった
秦さんだけのご冥福をお祈りします
というコメントにいたく憤ったからでした。
あなたのコメントにあった、
「同類と思われたくない」という一文に、ああこのひとも同じ手合いの方なのだなと感じたことも事実です。
ですが、あなたのコメントを読んで、わたし自身偏った気持ちでコメントしていたことに気づかされました。
もし、娘が乳児を連れて夜中に出かけるとしたら、わたしは当然止めるでしょう。決して許さないであろうと思います。自分の意思でこの車に乗ったわけではない乳児と、秦さんだけが、本当の意味での犠牲者なのかも知れません。
多くの犠牲を払うことになったこの無謀な若者の事故を忘れてはならないとも思いますが、若すぎる死を悼む気持ちだけは否定されたくないと思うのも、わたしの正直な気持ちです。

今回の事故を風化させてはならない。
そういった意味での、あなたのご指摘はまっとうだと支持します。

私も色んな掲示板でこの事故の事を喜ぶような事が沢山書かれていて人間不信になりそうです。私は、山本さん宅の事をよく知っています。お通夜にも行きました。家族の事も家の事情もよく知っているだけに心無い言葉には本当に胸が痛みます。

世間話としてしか話題にしないのですね~。
どうせ私たちは、当事者では無いのですから、
他人事なんですよ。

生存者が周りに呼びかけないと
家族以外は、忘れてしまうんです。

二度と他の人達が繰り返さないように、
生存者本人たちが、
運動や活動をしないと、
償い・罰を受けたとならないんでは、
ないかと思ったのです。

八女農高には、お手紙を出す予定です。

素晴らしいブログがあるのに残念です。
どうせ他人事なんですね。

さりさん、おきもち、よくわかります。
山本さん親子についてコメント確かにかいてたのに、おかしいなあ。と、今確認したところ、五月のぶんのほうに書いておりました。(自分でかいておりながら、混乱してます。)
よかったら、お目通しください。
それから、にゃんさん。
毎年この時期から春先までの期間に若者の事故死が頻発します。きもちがゆるむのか、どこにも所属してない風船のようなきもちになるのか。免許とりたてで、無茶をしてスピードをだしすぎ事故を起こします。
アルコールは入っていなかったとのことですが、タイヤがここらでいうところの、にやがりもんのタイヤ仕様で、その上定員オーバーしたら横滑りしやすいというのは、どなたも口々にいっておられた。
今回目についた、せいこさんも書かれていたポイントは、深夜の赤ん坊つれての非常識なドライブなんですが、これは、いいわけをするとしたら、「イルミネーションは夜だから」ということになるんでしょうか。
だけど、どう考えても、十一時四十分ころ、という時刻は、遅すぎます。
かれらが身をもって私達におしえてくれたこと。
夜遅くなっての赤ん坊連れてのドライブは絶対いけない。定員オーバーは絶対いけない。
まだ運転が未熟なのに、友達同士で楽しいおしゃべりをしながら、運転していては、とてもあぶない。
・・・このほかにもたくさんあるとおもいます。
・・・ですが。ひとまずそれは分析がおわるまでおいて。
若い死者たちを悼みたいとおもうものです。

悼む気持ちは、私にもあります。

可哀想やったねだけで終わりにしてほしくないだけです。

私の周りの職場なり、親戚なり、両親なり
「福岡海の中道大橋飲酒運転事故」以来、
安全運転するよう、
口を酸っぱく言っています。

事故付近に住んでますので、
仕事がら、毎日通ります。

小学生の娘にも、
太宰府事故の事を伝えた所、
問題点と対策を次々と出ました。

周りがきちんと伝えれば、
認識は高くなると思います。

私は、海の中道の事故に
全く関係ありませんが、
小さな小さな運動し、
幼い3人兄弟への償いをしております。

イルミネーションを観に行く計画は、
生存者達の友人ブログのコメントで計画していたみたいです。
ま、夜中の2時~4時まで友人宅で鍋パーティや飲酒の飲み会がざらみたいなので、この子たちが、
夜中に遊んでてもおかしくない環境だと思います。

「韓国の口蹄疫続報  日本の対処法と違う点」へのコメントからの続き。
そういうわけで、新聞読む時間もあまりない時期にこの事故が起きたので、たぶんこのブログにもたくさんのコメントが寄せられているだろうなと思いました。まず偏差値がどーのこーのとか言ってる2ちゃんねる系のバカども(と、ひとくくりにしてはいけないのは承知の上で)は論外です。「過激なまでの偏向ぶりに呆然としました彼らは…」って、今に始まったことではないから、改めて呆然とするまでもないでしょう?彼らは社会に対する自分の不満をこういうところで発散するしかないのだから。
でも、にゃんさんの言うことにも一理あります。一理あるけど二理はない、なぜなら若い時は誰でも無鉄砲なところがあるから。一つ間違えれば大きな過ちを犯したかもしれない、そんな経験をしたことは私にもあります。
「わたしは、ここは悼むための場としたい」、その気持ちもよくわかるけど、それだけでは終わりきれない事故でしょう。例えば「大東亜戦争」に関して、悼むためだけの場や発言にしたくても、それでは他の国々の人々、いや日本国民全体の気持ちさえおさまらないように。
それではみなさん、よいお年を。でも来年は、辛卯(かのとう=しんぼう)の年、まだまだ辛抱が続くのか。お後がよろしいようで。

おお、さすが高校教師の神津呂伊利さん。
おっしゃるとおりです。耳が痛いお話です。
交通違反については、かささぎは何かを語る、という、その資格がありません。いわば、私のこの残りの人生でどこまで償えるだろうという心境でもありますので、この手の話には一切からみたくないというのが正直なところです。
社会に叩かれる記憶はそれはそれは痛烈です。
交通法規は殺人に関する法規とおんなじくらい大事なものなのだ。と、おもえるかどうかだとおもう。

いまとなっては、どちらが被害者・加害者かも
わかりません。

なので、毎年事故が起きた命日には、
報道されないと思います。

進展もなく報道されなくなったように。

若者の死が無駄になるだけです。

戦争とかは、祖父母が体験しましたので、
語り継がれています。

八女地区に二度とこのような事故で若者が亡くなりませんように祈るばかりです。

報道されないですね。
にゃんさんのおっしゃるとおりでありましょう。

一年間はなにもほかのことはみえなかった。
ただただかなしかった。暗い闇の中にいた。
声をかけてなくさめてくださる人さえ、うっとうしいだけだった。ひたすらなみだがこぼれた。こんなにどこからわいてくるのだろう。というくらいのなみだ。
それぞれ抱いている愛情の量とおなじ分量の涙。

実は私の甥(下の子)も、22歳という若さで、交通事故であの世に旅立ちました。原因は早朝の酒気帯びの、おそらく居眠り運転で、対向車線を走ってきたトラックに激突。相手にまったく責任はなく、お詫びに来てくれたのが気の毒なぐらいです。加害事故にならなかったのが不幸中の幸いだった、とも言えましょう。
もしこれが今回のような事故で(真相はわからないけど)、片方ばかりを追悼している記事を、第三者が見たらやはり違和感あるでしょうし、もう片方側の人が見たら、反発の感情も持つでしょう。
にゃんさん、「一理あるけど二理はない」という言い方は、今考えてみると失礼な、言い過ぎた表現でした、ごめんなさい。

ここ数日、二階のへやにいますと、物音がするのです。その音は暮らしのたてる物音そっくり。はっとして音のするほうをみても、だれもいない。わたしは幻聴を病むものでなく、こういうことはまれです。ふりかえればむかし、弟がしんだ直後。それから単身赴任夫の佐賀の部屋で、何度か一人の時に聞きました。
たぶん、心霊用語でなんとかいいますね。あれだと思います。きのせきではない。
でも、こわくもない。そういうこともあるんだろう。かささぎシェルターは丈夫です。
でも。
なにかいいたいことがたくさんあったんでしょうね。ほら、いままた。おおきな音でした。
まるでなにかをあけるような。

呂伊利様
お辛い経験なさったのですね。

色んな考えがありますので、
謝らなくて大丈夫です。

貰い事故とか車を運転してなくてもありますので、
自分で防げない事もあります。

関わりたくないのも、わかります。
明日は、我が身かも知れません。

事故の恐ろしさが分かるのは、
味わった方しかわからないのです。
(戦争を体験すると同じように)

奇跡的に助かった方達・遺族だけに、
亡くなった方達が生き続けるだけでなく、
後輩へと語り、一生懸命生きた証・事故の恐ろしさを伝えてほしいと。

25の時に免許取得し、まだ5年の未熟者です。
歩道を歩いてても、危険を感じる事もあります。

明日は、我が身なんだなとこの事故で、学びました。

ねらーは、スルーするが一番ですよ。
では、もう現れませんので、
八女地区の方や皆様が、健康であります様に

にゃんさん。
コメントありがとうございました。
たいそう意義あるコメントでした。

(しかし、だんだんとここをひらくのが、しょうじきなはなし、苦痛です。)

お能の本をみていると、どうして昔の人はそういう文芸を編み出さねばならなかったのかが、よくわかります。死んだ人のこころを深くおもっていたら、その死者を現世へ招いて、気のすむまで語らせてあげたくなりますものね。

http://www.dclog.jp/fam_sxy_/
死んだガキらのサイトだよ、写メつけ放題だな、写メ消したとしても消えない事と知らないんだな
子供だねwアwここもかwばばあの顔載せてたな。
子供だましで退治しようとしてたガキの考えだな。
だから、モンペ(モンスターペアレント)が増えんだよw

茶夏益世さん、謝謝。ここですね。↓
もんぺか。
ちょうど今朝、思い出したばかりでした。
母今80ですけど、私が高校生のころ、二階の階段の廊下のところに、電動ミシンを置いて、もんぺ(久留米絣)を縫う内職をやっていました。そのもんぺは久留米の南薫町に住んでいた今は亡き伯母が回してくれたもので、業者が回収にきてました。
当時の母はいくつだったろうか。今からだいたい40年前だから、うわあ、四十だ。若かったんだわねえ。農業と内職と。いっしょけんめいやってました。
絣の匂い、藍のにおいは愛のにほひであります。
ちなみに、かささぎはまだばばあじゃありません。
誰も結婚しておらず、孫はおりませぬ。
わたしもかのじょたちもここにおりますので、どうぞ茶夏益世さん、あなたのふだんのことばで、いいたいことをいいたいだけおはなしください。

ふしぎだとおもう。
今朝、コメント二つついていて、一つは毎週末につく風俗関連のおなじみさんでしたが、もう一つのさげますよさんの、これが目に付く。風俗のライターと同一かな?と失礼ながら調べました。どこかなにかがちがうようなきがして。
ところが、おどろいたことに、正体はにゃんさん!
それなら邪険にするわけにはまいりません。
いいんです。なんとなのられても。
どうぞ、またおいでください。

これからクリスマスイブにかけてこのページへの訪問がぽつぽつ増えていきます。
とってもつらいことです。

今年もまた聖夜が静かに過ぎてゆきました。
この時期、八女農校脇を通るたび思い出します。

乙四郎先生、

コメント、ありがとうございます。
私は、書けませんでした。

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