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2010年12月20日 (月)

正岡子規と律

きのうでしたか、母がみていた茶の間のテレビで、「子規と律」をやっていました。
子規の妹が律で、子規の死期を看取った人です。
おもしろかったのは、忠実に子規の庭を再現しようとしていたこと。
その結果、病臥する子規の目に入るあたりに、いろんな草花が植えられていたこと、それは季節ごと、年ごとに変わって、子規をあきさせない工夫をこらしたものだった、ということもわかってきたことです。
俳人にとって、ましてや動けない俳人にとって、どれほど写生の対象たる自然が医大なものかをわかっていた律のこまやかな心遣い。この人ありてこそ、の俳人子規でした。

鶏頭の十四五本もありぬべし   子規

これを真っ先にほめたのは、かささぎの記憶では山本健吉です。
こんな地味な花の、こんなしんきくさい、ふつーの句をべたぼめする俳句評論家。
と、そのことが、まず非常にびっくりさせられた。
と同時に、たしかに、そうね、
鶏頭とは群れて咲いてなんぼの花なんだな。
とかんじもした。おばあちゃんの庭先に、こんなふうにしてさいていたから。

むかし、川柳家の倉本朝世が、

まっすぐに鶏頭を指す恋仇

という恋句をだしてくれました。
そのときの気持ちのよい衝撃を、鶏頭をみるたび、なつかしく思い出します。

(たとえていえば、あんたなんか、イモよ!といわれたようなかんじ。)

http://www.chikumashobo.co.jp/kyoukasho/tsuushin/rensai/jugyou/003-01-01.html

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コメント

こんにちは。
この番組見ました。 
のぼさんと律さんのお母さんの達筆さに感銘しました☆
聡明と女性らしさを併せ持つすばらしい筆使い・・。
ナレーターが原田美枝子さんだったのもよかったですね。

ここきてくださってありがとうございます。

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