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2010年12月31日 (金)

連句的 ー 徳岡久生、上田敏の詩を聖別

 句詩付合

    徳岡久生

ゆく春やおもたき琵琶の抱こゝろ  蕪村

  黒イ
  少年   一人
  玻璃杯  二ツ
  
  ソレダケデ  イイ
  朧裂ク剣ヲ  聖別スルニハ

(俳諧研究誌『解纜』22号、平成21年4月15日発行より)

徳岡久生;詩人、連句人、平成21年6月10日歿。

 蹈繪(ふみえ)    

 上田 敏

眞鍮(しんちう)の角(かく)なる版(いた)に
ビルゼン(聖母)の像あり、
諸(もろもろ)の御弟子 之を環(めぐ)る。
母にて をとめ、
わが児のむすめ、
歸命頂礼(きみやうちやうらい)、サンタ・マリヤ。

これもまた眞
鍮の版、
万民にかはりて、
髑髏(されかうべ)の阜(をか)にクルスを
負ふ猶太(ゆだ)の君、
那撒礼(ナザレ)のイエスス
キリストス、神の御子(みこ)。

不思議なる御名にこそあれ、
イエスス・キリストス、
かみのみこ、よの人のすくひ、
げにいきがみよ。
始(はじめ)なり、終(おはり)なり。

繪蹈せよ、轉べ、轉べと
糾問ぞ切なる。
いでや、この今日の試みに
克ちおほせなば、
パライソ(天国)に行き
挫けたらむには インヘルノ(地獄)。

伴天連の師の宣はく  
マルチルの功は
大惡の七つのモルタル(重罪)
科(とが)を贖ふ。
プルガトリオ(煉獄)を
まっしぐらゆけ、パライソへ。

大日本朝日の國の 
信者たち、努めよ
名にし負ふ アンチクリストの
力を挫く
義軍の先駆、
上(かか)れ、主の如く磔刑(はたもの)に

この標(しるし)世に克つ標
あらかたの標ぞ 
ありし、ある、あらむ世をかけて
絶えず消えせぬ
命の光、
高くに仰げ、サンタ・クルスを。

見よ、かかる殉教の士を。
天草は農人、
五島に鯨(いさな)とる子も
ガリレヤ海の
海人の習と
悲節*を守りつぐ。

代代に聞く名こそ異なれ。
神はなほこの世を
知ろす、ただひとりおぼつかな
今の求道者、
「識らざる神」の
證(あかし)と死する勇ありや。

遺稿詩集『牧羊神』(大正九年1920年刊行)より

*悲節(かなしみせつ);カトリックでの四旬節。

上田敏;乙骨一族。
系図をざざっと説明すれば、こうなります。
敏の祖父は乙骨彦四郎(号を乙骨耐軒)、その長男で敏には伯父にあたるのが、『君が代を国歌としたり太郎乙』の乙骨太郎乙(号は華陽)です。
かささぎは、昨日から押入れを片付けてて、はらりと落ちてきたものの中に、去年の「解纜」と永井菊枝先生から封書で戴いていた「乙骨家文書のこと」が書かれた『定本 上田敏全集』の月報7(第六巻附録)のコピーがありました。
菊枝先生は聞きたがりの私の問いかけに答えて、さらさらと見事な筆跡で長文のおたよりをくださいました。その資料が、これと、もう一編は昭和女子大学近代文学研究室の近代文学研究叢書39巻から、乙骨三郎(音楽家)のことを調べて書かれている一節でした。

乙骨三郎は、自分の名誉心みたいなものには頓着しなかったということです。
自分が作った歌の歌詞も、人の手柄になって別の人の名が冠せられても、よしとする。

菊枝先生がくださったコピーには、上田敏の上掲の詩の冒頭少ししか載っていなかったので、全体をよみたくて、ネットで探しましたら、ありました。
表記がかなり違っていました。
『日本を歌うチマッティ神父』歌詞集のなかにあります。
たとえば、三行目、
ははにてをとめ。母にて乙女、という意味ですよね。
ヴァージンマリーのことをさすことばですから。
なのに、母に手をとめ、となっています。笑。

上田敏はヴェルレーヌの落葉やカールブッセ山のあなたを訳した人。
詩のことばの美しさは、ほとんど奇跡だという気がします。
じぶんの詩のことばも、どこからこんなことばを?というくらい豊穣。
決して平凡な詩人ではなかったんだな。とよくわかります。
この詩を知って開けた世界があります。

敏は与謝野晶子、寛と同じ明星に翻訳詩を寄稿したりしていたようです。
和漢洋の混然一体となった教養が上田敏をつくりあげた。
しかも、「踏絵」をよめば、キリシタン文書にも通じていた。

たまたま一年の最後に、亡き徳岡久生氏の句詩付合を読み、おなじ処から出てきた封書のコピーに、どこか似た響きの上田敏の詩があった・・・。

という今年さいごの連句的なはなしでした。
久々の乙骨一族ものでございましたね。

サンタ・クルス(聖十字)ということば。
今年巻いた檀一雄句の脇起こり歌仙。

落日を拾ひに行かむ海の果  一雄

の前書が「サンタ・クルスにて」でしたよ。

よしこ先生はお元気でしょうか・・・
『ザ・ヴァイオリン』一日も早く映画化されるといいですね。

今年もいろんなことがございました。いろんな出会いがありました。
一度であったのに永訣というわかれもありました。

一番お世話になった、一日も休まず記事を更新された橋爪章学長には深くお礼を申し上げます。おかげで風邪一つひかず、元気でこれました。
連衆のひとりが申すには、かささぎは学長のお使いだそうです。
大きな使命があるのであれば、どれだけでも使われましょう。

では、みなさまのご健康とご多幸をお祈りして、よいお年を。







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コメント

ここがよまれていた
産休。
シャキッとなったよ

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