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2010年11月 5日 (金)

精米所の看板、みっけた。

夏は冬は春はなにをされておられるのでしょうか。
この時期だけ掲げられる看板かもしれず。
ずっとこの道を通っていますが、気づきませんでした。

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コメント

今日と明日、納楚の公民館で文化祭。
この公民館建設の発起人に木下精米所の祖父の名が残っています。
文化祭は、エメさんのフォト俳句が必見です。

ああそうだった。笑
かささぎ、一度もなんにもだしたことがなかったんだ。いつもなんでも、寺田のやろうはのりがわるい。って、それでなくとも陰口をたたかれるというのに。おどろいたことに、○○田在住の院の先生でさえ、そうおっしゃるのにはまいったまいった。へえ、そうなの、寺田ってそんなに悪名高いの。っておもって。だいいち、のうそには婦人会があるんです、でも寺田にはない。とうにない。けいろうかいにも、でない。まったくなんてことでしょう。おやのかおがみたいわ。
でも、今回反省。来年こそ、だします。
連句作品を達筆の人に書いてもらってそれ、だしましょうね。
えめさんのフォト俳句、それはみにいかんば。

追伸、木下精米所の孫殿。
のうそにはもう一箇所、みづぐるま、と呼ぶ精米所がありました。我が家はそっちへ米や麦を頼み、木下精米所では「はたり粉」をついてもらってた。と母は言ってました。
はたり粉とは?よどまんじゅうの皮、あるいは彼岸だんご、おぼんの迎えだご、送りだごの材料になる粉です。母が言うには、うちでもやってたけど、だんだん面倒になり、木下精米所に五キロほど、毎回じぶんがもっていって頼んでだとのこと。洗った米ともち米の割合がきまっていたらしい。
むかしはお祭りや行事のたびにたくさん作っていましたよね。おかしがほかに何もなかったし。

それは、梅が枝もちもそうでした。博多時代、梅が枝もちの作り方をならった。米粉が6、もち米は4。そんな比率でまぜる。同量だったかもしれない。その皮で餡をくるんでフライパンで両面を焼きラップでつつむ。ほぼ同じものができます。
比率を確認しようとしましたが、企業秘密みたい。

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