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2010年11月10日 (水)

蜜柑明るい湾岸道路  脇

コメント

霜消えるまで封書は来ない

足湯賑わい命の洗濯

山茶花が咲く周回道路

蜜柑明るい湾岸道路

付け句案

1、日向国(ひゅうがのくに)は麦蒔きのとき
2、初霜を置く高千穂の峰

文音を同時に何巻も回していたころがあったのです、亜の会にも。いまは年に一、二回しかできてないことが心苦しい。大事なことをたくさん教えそびれている、きづいていないけど。
そらんさん、最初につけてくださった脇は、どっちをむいてるかといえば、あっちです。あらぬほうをみている。発句の牛はおいてけぼり。霧は秋ですしね。
ぼんの命の洗濯も、命なんて重い言葉はここには出さないほうがいい。牛ではなく、じぶんのことを詠んでませんか。

素牛の育つスピード冬に入る   
    蜜柑明るい湾岸道路

そらんさん、これいい句なんですけどねえ。晩秋の季語ではなかったかなあ。みかんは。調べてみて。
せいこさん、地名はいれてはいけなかった。こないだの学祭連句では例外的に、発句であいさつしそびれてたから、地元の有明坑をだしましたが、ふつうは地名は発句以外では詠まないことになっています。地名人名とも、表六句ではださない。
そうなると、結構かぎられてきますでしょう。
ふ・つーに、景色をよめばいいんで。
牛のいる厩舎、その周辺を。
はい、みなさん、やりなおーし。
冬の季語、初冬の。虫や鳥やの小動物は。
脇や第三などをつけるときに思うべきは、おもてなので、いろんな禁忌があったことと、月がすぐ控えている、ってことです。月は五句目で出ます。ということは、光りものや天象は出さない。降りもの、霜や雪や時雨なども控えたほうが無難です。(それが月を出す人への思いやりです。)

そらんより

蜜柑は冬。青蜜柑は秋と認識。

>>
葉牡丹の苗花壇に植うる

霜が秋だというひと初めて会った。露なら秋だと。

訂正>>花壇に植うる葉牡丹の苗

町内挙げて池の普請を

>>
自在鍵掛け埋火起こす

エメさん、四三に注意!

1、朽野に積む刈り干しの草
2、筵敷く庭 枯葉積む庭
3、丸太小屋にはすきま風吹く

そらんさん。
霧、秋の季語にあったよ。

見にくいね。
あれは靄(もや)ではなく、霜(しも)なの!

靄(もや)でも霧(きり)でもなく霜(しも)なのです。

あらぬほうなのかな?
冬に入る→郵便受けに封書が入るのを待ってる→寒い朝、封書を待ってる(期待感が膨らむ)
こんな風につけたつもり。
まあ、季語も勘違いされた挙句なのね。
ここでは、人事句は避けるのかもしれないからどっちでもいいけど。

虎落笛して石垣を積む

本当に粗忽者ですみません。
そらんさんのおっしゃるとおり。
蜜柑は三冬。「昔渡来した温州橘とは別で種なく在来の紀州蜜柑より優秀なので、各地に栽培されている。」と季寄せ*。
霜と霧と読み間違えました。これもごめん。最近遠視入ってきた。
選句。発句に添っていてとれるもの。
1蜜柑明るい湾岸道路
2朽野に積む刈り干しの草
3筵敷く庭 枯葉積む庭

えめさん、ぼんの句は発句を転じてしまってるように思えた。発句は素牛を仕入れてこれから本格的に太らせる季節到来という期待感や覚悟みたいなものをよんだ。これはそらんさんのおっしゃるとおり。
では脇はその牛の周辺をよめばいいのですが、もっともついているのは、2だったろう。ただ、具体的に畜産をやったことがないので、飼料となる干草はどう保存されているかわからない。先日ひらいた牛のブログでは飼い葉おけに入れる飼料の藁(中国産)を細かく切るのに人手でやっていたらとても間に合わないので、自動カッタ-を買いたいがという相談がコメント欄についてて、最低でもその機械は130万近くするよ、とブログのあるじは答えてあった。
そのとき知ったよ。いちごもだったけど、いまの施設農業はとても元手がいる。中国産藁の輸入は避けられない必要ごとだったんだなあ、って。コストをおさえるためにね。口蹄疫の恐れが有ろうがなんだろうが、輸入するしかなかった。
せいこ句は、くだら野枯野に狩り干しの草が積まれている。窮屈なほどぴたっとついてる。
三番目はつけが婉曲です、農家の庭にはむしろが、あるいは枯葉が積み重なっていく、と、景色は枯れ果てているのだけど、こころはみのりへの期待をのべている。ほどよい距離。
そらん句の蜜柑明るい沿岸道路は、かささぎ句をよんだときの距離感とほぼ同じ距離感で牛を「通りすがりに」眺めている人のものです。俳句みたいな短い詩形はごまかしようがない。
みかんの句をいただきます。
明るいオレンジ色がまるで励ましであるかのようにともる。地名は出ていませんが、宮崎や大分の海ぞいで、畜産もみかんもさかんなところであることがわかります。なにより、明るい。明るいってかいてある。笑
ありがとうございました。

それと、だいじなことに今きづいた。この発句はかるい。重厚さとは遠い。
そらん脇句もそうですね。ほとんど口語。
そして、こないだ「きちんと感」を求めてそらんの栞の花を文語にかえようとしてうまくいかなかったように、いじれば失敗する。このまま、このまま。

第三いきます。雑句、テーマは、てんじる!!

*みかんについて。
かささぎは時間があるときにみかんについて書きたい。
かささぎは黒木のかさわらという地でうまれたけど、そこにはある時期、みかん山があった。みかんがもうかるとはやったときがあったんだね。(でもすっぱくてあまりおいしくなかった。)かささぎが高校生ころまでは食べていた記憶がある。

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コメント

母について黒木の笠原に盆正月いけば、いとこの誰かがきていて、いっしょに泊まった。真っ暗な夜、五右衛門風呂、山をかけおりた椿原にあったよろず屋。ディーゼルカーで黒木から今古賀まで帰るとき、手にはみかんや栗など、嫁の目を気にしつつ、ばあちゃんがもたせてくれたおみやげがたくさんあった。
その祖母は弟が死んだ年の十一月になくなった。翌二月末、父の義母(ギシャだった)とやまなみ歌人だった長姉がおなじ雪の日になくなった。
※ギシャとは。(父にきいたら、義理人情の義者たい。とのこたえ。)

脇  案

雑文を書きに書いたり当てもなし

ぼんちゃんの第三案。
「もなし」どめです。めずらし。
すこしぎくしゃくしてませんか。
客が来ないときはぼろタオルで雑巾を縫う。
雑巾を山ほど縫うてせんもなし
てぃーさん、縫うて、縫ふてよりこっちがいいすね。せん、とは?あてもなしのあてみたいなものかな。
そう、その部分。当てもなし。が、逆にぎらつくよ。
いいかげん、すてなされ。色気。分泌で身をたてることなどできんて。まちごうた、ごめん、文筆。笑

あのう、空想の世界なんですが・・・
こんな風に言われるとは思ってもみなかった。

めずらしく、午後から勤務なので、いろいろ遊んでいます。

ぼんちゃん、ごめんね。ひとへの批判はそのまま、かささぎへの声どす。気にせんといておくれやす。

せん無しとあてもなしとしらべてみました。
せんない、は詮無いとかき、しようもない、やくにたたない。みたいなかこつことばでした。だから、だめ。おもてむきじゃない。
ではあてもなしは。にている・・・せんなしと・・・やめまひょな。あかるくいきまひょな。

3句目>>
見送られ世界一周船の旅
インド洋浮かぶ小島に舞う鴎

忙しかったので、やっとこれをあけた。
そらんさん、ごめん。
老眼のお年頃なんもんで。笑
下ね、しも。いや霜。了解でした。

ひめどんが書きたいみかん。
わたしも同じ思い出があるよ。
いまはもう荒れ果てたミカン山が、実家にまだある。
おにのふちのやま。とわたしたちは呼んでる。
父母が精魂込めて山を拓き、みかんを植えた。小屋も建てた。ここ十数年、荒れっぱなしの山。ミカンの木も残ってるはずなんだけどね。

やっぱ、「当てもなし」が障りましたか。表だしね。没もまた真なり。

第三句 案

お干菓子をつんと上向き並べゐて

お菓子はだめ?

前にみかんがあるじゃないか!だめだだめだ。

1、泥饅頭まるめならべてきりもなし
2、軒下にくもの巣いくつかかるらん
3、旧かなの手紙ほどよく色あせて

訂正

3、旧かなの文はほどよく色褪せて

きのう、ぱそこんひらかずねむってしまひました。ごめーん。
えめさん、第三のかたち、わすれてますよ。
て、にて、に、もなし、らん。のいずれかでとめる。
これ以外にも許されるとめはあり「用言止め」です。名詞どめはブブーですので。

ぼん、おもてにお菓子はだめかって?なんでもかまわないよ、格調高く、いい句なら。上を向いてる東、干菓子、茶席のでありますからいいとは思うが、あんまり(個人的には)おもてでくいものはだしたかねー。発句以外。
せいこさん、旧かなの文は、。これいいですね。
あたしは、きのう河野裕子を朝中読んでいて、あたってしまった。石橋秀野を確実に読んでいる、石田波郷も折口信夫もね。まあ折口信夫は釈超食うという歌人だからよむのはわかりますが、ふつうの歌人は俳句はよまないでしょ。その逆はあっても。
ああこれはあの句から、このことばはあれから。とわかったもの。馬場あき子さんが書かれていた追悼文が実感としてよくわかった。あらゆるところからことばをぬすんだといふ。ぐぐっとした力を感じた。それにへとへとになった。
まさに、草野源一郎氏の歌の、「圧されるこゑ」であったわけです、いま現在のかささぎにとってはね。
走っている汽車の窓から走っている人のとまった姿を見ている(記録としての歌集)のですから、どうしても見ている自分の精神年齢肉体年齢が関係します。
ちょうど、草野先生とも当時の河野先生とも等距離くらいにいるのだろうかな。よくしらないのですが。
作品をよんでどう感じるかで、じぶんをおしはかる。ねぶみする。そんなかんじです。
若いともいえるし、年寄りだともいえる。そんな年だからねえ。でも人って、100歳になっても、こんなことをほざくのかもしれない。笑


おはようございます。
てどめ>>忘れてました

seikoさんの文の句、いいと思いました。

泥饅頭まるめならべてきりもなし

この一句も、とてもいいです。童心の句。
ほんたうの土饅頭をしつてゐます。
それはお墓のことです。(天理の秀野句にもある)
ですが、こないだ善導寺展にいったとき、実演もされていたのは、これです。ぴかぴか泥だんご。作り方↓これのことだらう。

↑のブログはおうか学園とありました。学校で泥だんごの作り方を教えてくれるところがあるんです。保育科みたいですね。
桜花学園。

せいこさんちにもみかん山があったんですね。
あと、愛媛のたからさんのご実家でも、作っていたことがあった、と伺いましたよ、ずうっと以前に。なんと母上(もう亡くなられてますが)がお一人で。たからさんのお父上は教育者で、どこかの校長先生だったと思うのですが、夫は単身赴任中でも、母上はみかん山を守られてた、消毒などもひとりでなさっていた。とか。すごいですね。そういう時代があったのですね。

a案
素牛の育つスピード冬に入る  恭子
  蜜柑明るい湾岸道路     宙虫
旧かなの文はほどよく色褪せて 整子

b案
素牛の育つスピード冬に入る
  蜜柑明るい湾岸道路
泥饅頭まるめならべてきりもなし

旧かなの付けは、格調高い、よく根がきれている。
とみえて、じつは時間の速度という点で発句に通じるものがあるのだが、それは全くきにならない。
泥饅頭、泥だんごとしたら一気に崩壊、そこが微妙なところです。これも捨てがたい。深層心理ではつながっているかもしれない。しかしこれも全くきにならない。
さあ、どっちをあなたならとりますか。
すきなほうに第四句目をつけてください。軽く。

旧かなの文はほどよく色褪せて 
 油が足りぬ裏蝶番
  優勝カップ棚に並んで
  
    

泥饅頭まるめならべてきりもなし
  黒曜石を拾う大河で
  

旧かなの文はほどよく色褪せて 
  温泉街を風と歩いて

旧かなの文はほどよく色褪せて 
  温泉街の風に吹かれる

訂正!

泥饅頭まるめならべてきりもなし
  町がなくした足踏みミシン
  

泥饅頭のつけく

工業のミシン積まれる

訂正!

興行のみしんてなんだろ。

工業用のミシン積まれる

一字抜けていた。

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