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2010年11月28日 (日)

総合医療論講義(2)いのちとは健康とは

保健医療経営大学学長
 橋爪 章
2010 年 11 月 28 日 総合医療論講義(2)

<いのち>
看護職に期待されている「やさしさ」とは、いのちを慈しむこころのことです。
その「いのち」が医療技術の発達によって操作可能となってきています。
生殖技術によるいのちの始まりや、生命維持装置によるいのちの終わりが、「いのち」とは何かを否応なく私たちに突きつけてきます。
時として、慈しむこころとは違う形で「いのち」と向き合わなければならないこともあります。
本来、人を生かせることが医療の使命ですが、死にゆく患者への医療においては、死を直視し、患者とともに、あるいは患者を愛する人たちとともに、死を受容する手助けをすることも医療の使命となってきています。(ターミナルケア)

<健康>
日常感覚では、健康とは身体的機能に大きな障害のない状態ととらえがちですが、「健康」については、WHO(世界保健機関)による定義があります。
Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.

健康とは身体的・精神的・社会的に完全に良好な状態であり、単に病気あるいは虚弱でないことではない。」
日本国憲法においても、国民の権利として健康が位置付けられています。
「第25条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」
健康な人は健康を意識しないのが自然ですが、氾濫する健康情報に惑わされたり、コマーシャリズムが創り出した健康ブームに踊らされる人もいます。
健康を評価する際、有病率や死亡率など、量的な指標が用いられますが、近年は質的な評価も重視されつつあります。
QOL(Quality of Life)は、医療で多用されるキーワードのひとつです。

医療の目標は、患者を生かすことだけではなく、どのように生かすかについてまで踏み込む時代となってきています。

(保健医療経営大学『学長のひとりごと』転載)

▼かささぎのひとりわめき。

健康とは、・・・完全に良好な状態。
(そんなの、ありえねえ!)
にんげんは、いつもなにかが欠けている。
その負を補うためにとる行為の全てを健康とよぶ。
と思います。ですから、健康って状態ではなく行為。

たとえば、かささぎは、身体的には胸がえぐれているという先天的ハンデがあり、精神的にはその肉体の貧弱さをうけて抑圧的であり、かつ暴力的である。
社会的を経済的ということばに置き換えたら、自立しえておらず、それを目下痛感させられているところ。
では、かささぎは健康ではないのだろうか?
冗談じゃないっす。
健康を絵にかいたような。
風邪ひとつひかず、まあときに水洟は垂れますが。
家族の中で全く病院と無縁なのは私だけです。
かささぎはオノレの抱えているヤミと常に闘っている。
これを健康といわずして、なにを健康と呼ぶだろうか。
おおへんりーという人の「最後の一葉」ってあるでしょうが。
あの子は最後まで望みをすてなかった、それは健康だったから。

「最後の一葉」オー・ヘンリー
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%80%E5%BE%8C%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%91%89 いま、はなしの筋をたしかめたら、あらら、ちがうわ。笑。でもま、二人の人間のマイナスとマイナスがあわさってプラスになる話でこころうたれます。教科書にのっていましたよね。

と、こんなへりくつをこねる口があること、十分健康です。

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