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2010年10月15日 (金)

歌仙『元山(がんざん)』第三

季語、不知火、竜灯 (仲秋)
九州有明海と八代海の沖に、陰暦八月一日前後の深夜、無数の火が明滅し、ゆらめき動く現象。景行天皇筑紫巡幸の折、この怪火が現れた。何か判らぬという土地の者の答えにより、「しらぬひ」が筑紫の枕言葉となった。
・・・とネット辞書に書かれていました。知らぬ火でしたか。でも、それは海に映る漁火や町の灯、宙虫説ではね。(それなら怪火ではないんじゃない。)

前田先生からお電話がありました。
大学祭へは来れそうもないとのこと。れぎおんがちょうど出来上がり発送と重なるとのこと、今号は遅れたので、一日も早く発送にかからねばならないそうです。先生も大学祭に興味があり、ぜひ来たかったそうですけど、仕方ありません。そのかわり、一月の新年会連句には必ず参ります。とおっしゃいました。

さて、だいさん。随分きついことをおっしゃいました。たは~
きょうこさん、あなた、こないなヒラクまがいの句ばかりあつめてどないしますねん。
もっとちゃんとみなさんに「こういう句を」と要求しなくては、わからないのとちがいますか。
発句、脇、第三は特別ですからね。
平句とは違いますから、と。
一つ一つ言います。前田師のつけられた難点です。
1不知火の海ははるかに煌めいて。
まず、その前に、地名人名は出さない。有明坑も、連句人で気になる人は文句いうところです。そこへ不知火の海では、べたつきですがな。句柄はいいですが、きらめいて、という言い方も、もろ、月のいいかえですよ。前句と近すぎるというより重なっている。
2後の雛飾りは少し遠慮して。
後の雛はいいけど、「少し遠慮して」、これがいかんのや。遠慮せんといいんですよ。そういう表現は表六句の第三向きではありません。
3藁こづみごっこの鬼が駆け抜けて
ごっこの鬼、というのは、次の句もだけど、鬼は出せないですからね。ごっこ、という略語も、第三で出せることばではないでしょう。5のひふみよいむな、という措辞も、あまりにもくだけすぎですよ。裏じゃないですからね。
6のカマスからこぼるる籾をの句、7の高架下澄みつつはしる川の句ともに、説明に終わっています。上五になにか別の言葉をおき、そこで一呼吸おく作りなら、よかったですけどね。これらは、格という点で、きちんとできているけど、説明におわるのはまずい。8の秋うらら、応援団に混じりゐて。
まじりいて、というのが今一わかりません。(これは私の句です、加はりて、に変えます)そうですか、そのほうが分りやすい。これでしょうね。
あと、9すいっちょんバリトンがいる風下に、も10秋冷のだしまきたまごも、これらはどちらも平句ですなあ。とくに、だしまきたまごはねえ。秋冷である必要がどこにありますか。あまりにも普段着すぎる。だいたい食べ物の句を第三には使わないでしょう。もっときばりなはれ。
この発句が一行仕立てですから、第三は上五でワンクッションおく句のほうがうまくいくと思いますね。

ということでした。
先生のおっしゃる意味、わかってくださいますか。
そらん句、ニ句しか出していませんでした。先生には口頭で伝えましたが、羊雲の句や空の句は、月の句のあとではあまりにも前句をひきずっているようで、かささぎが控えました。

ということで、第三は前田師が選句してくださいました。

元山の太根の間に犬眠る  乙四郎
  有明坑をのぼる夕月    整子
秋うらら応援団に加はりて   恭子

つぎは、四句目です。これは前句に添わせる。
軽く詠まれてください。季語なし、雑句です。

そらんさん、わたしは、だしまきたまごの句は、発句脇のほの暗さを日常性に転じて明るくしてくれる、そのヒラクぶりがむしろ好ましいと思ったのですが。
先生は、やはり先生でした。
歌仙のスタイルとしての苦言、一応胸で受け止め、よく咀嚼する必要があるようです。
一句に厳しさというか、粛然とした厳格さみたいなものを。ということでしょうか。
石田波郷はそれを「韻律」といっていたでしょうか。重量ある韻律を。
じぶんに厳しく課しなさい。ということかもしれません。
いいわけをしていたら、どこまでもカタチはくずれていきますよ。
ともおっしゃっいました。その通りです。
では、しまっていきます。

(お神楽は、神祇、おもてには使えません。だそうです。やはりね。)

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コメント

こんばんわ。 
ダイサン付け句>>
☆二人三脚飛び入り参加
☆ノーサイドの笛響くグランド

前田先生は今回残念でしたね・・。 よろしくお伝えください。 
ひめさんも準備等色々お疲れさまです☆

>>変更します
☆二人三脚見知らぬ人と

いえ、まったく準備はしてません。すんません。笑
こんだけずぼらだからなんとか今日までもってこれたんでっしゃろな。細心の注意をもって望むタイプだったら、とてもとても。唐の昔にお陀仏してた。
さて、四句目。えめさん、つきすぎですがな。
前句にそわせる、という言い方よくなかったですね。
すんません面目ない。たとえば。七部集から例を。いくらなんでもそりゃ古すぎか。でも、みょーに新鮮なんですよねえ。めずらしくて。
 
1山かすむ月一時に館(いえ)立て  雨桐
   鎧ながらの火にあたる也     李風

2引捨し車は琵琶のかたぎにて    野水
   あらさがなくも人のからかひ   荷兮
(これ、意味わかりますか?ひきすてし車は琵琶の堅木にて、あらさがなくも、ってな、なんだろ。からかひは争いだって。おもてにこんなんだしとるで。)

3藤ばかま誰窮屈にめでつらん  芭蕉
   理をはなれたる秋の夕ぐれ  越人
(おお、この付け合いはグッドですね)

4菊萩の庭に畳を引づ(ず)りて  越人
   飲みてわするゝ茶は水になる  芭蕉
(おお、これもまたすごかねえ。俳諧だっ)

5 月の宿書を引(ひき)ちらす中にねて  越人
    外面薬の草わけに行(ゆく)    嵐雪
(そともくすりのくさ・・家の裏の薬草の意味)

6 山川や鵜の喰ものをさがすらん  落梧
    賤(しづ)を遠から見るべかりけり 野水
(第三ですが、発句並に切れ痔が入ってる上、けりの入った四句でうけるとは、あっぱれなおしゃれさん。)

ああ、もう適当でいいっすよ。すきにやっておくんなさい。だってさ。みな、好きにやってるってことだよね。

おはようございます。 付きすぎ>了解しました。
それにしても難しいです・・・・

けんけんぱあで乗り込む電車

午後の風入れピッツァを分ける

けんけんぱあで乗り込む渡船

十五人いるモーニングカフェ

海の風入れピッツァを分ける

鉋を研いで村の入口

午後の風入れピッツァ分け合ふ  宙虫

こう変えて、いただこうかとおもい。が、ちょっとまて。そらん句、室内に転じたのは評価するけど、応援団を運動会と想ってるでしょう。そうではなく、何か別の、たとえば、技術支援の応援団でもよく、そういう労働の場での句と前句をよめば、くいものではないものがでてくるんじゃない。あえて、いいます。
きのう、前田師の助言で、たべもの句はおもて六句ではあまり出さないほうがいい、というのがありましたよね。実際、座で巻くときも、表六句がすむまでは緊張を保つため、なにも飲み食いしません。
古典ではどうか。を七部集でさがしてみました。
やはり、すくない。あっても、それは別格。

親子ならびて月に物くふ 珍蹟(六句目)

しとぎ祝ふ(う)てくだされにけり  素男(四句目)
※しとぎ祝う・・しとぎは生団子。祭餅。この歌仙は発句にとろろ汁もあります。芭蕉は14句目ころまで同座したと書かれている歌仙。梅若菜まりこの宿のとろろ汁、芭蕉が発句の。

あざみや苣(ちさ)に雀鮨(すし) もる  利牛(脇)

そつとのぞけば酒の最中  利牛(四句目)

好物の餅を絶やさぬあきの風 野バ

下肴(げざかな)を一舟浜に打明て  芭蕉(第三)

内はどさつく晩のふるまひ  里圃(四句目)

霜気(しもげ)たる蕪喰ふ子ども五六人  沾
  (5句目、冬)

以上です。すくない。
 
元山の太根の間に犬眠る  乙四郎
  有明坑をのぼる夕月    整子
秋うらら応援団に加はりて   恭子

もっといろいろだしてみてください。
きっとぴたっとはまる句があるはず。

そらんさん。村もはなれたほうがいいんじゃない。
  

ホラー映画のあとは欠伸す

森の風入れ磨くキッチン

DVDがゆっくり入る

運動会?
そりゃ連衆のひとつの選択だと思うよ。
エメさんはそこのとこ一所懸命ついてる。
ピッツァや村は応援団からではなくうららから出てきた空気感。
捌きが決め付けてはまずくない?
行かせたい方向に向かわせるのも、思わぬ展開に持ち込むのも。
強く柔軟な捌きにかかるってことなんだよね。
がんばれかささぎ。

そらんさん

元山の太根の間に犬眠る  乙四郎
  有明坑をのぼる夕月    整子
秋うらら応援団に加はりて   恭子
 ① 森の風入れ磨くキッチン 宙虫
 ② 風を通して磨くキッチン
 ③風を入れては〃磨くキッチン

これを、いただきます。
ありがとうございました。
変奏曲を二つ。さばきは、2がいいのではと。
ちょっと正直なはなしをします。
どうか怒らんできいてください。
「森の」、がやや安直な気がした。
くさい、というか。
絵に描いた餅ならぬ、なにか、整ったシステムキッチンのコマーシャルの清潔さ、というか。エコエコいう時のわたしたちの脳内イメージにあるものへ、直接訴えかけてくる爽やかさ。そんなものを連れてくる麻薬のような言葉だと想うのよ、森の風って。
俳諧の句としてみれば、かささぎは昨日の「秋冷のだし巻たまごよく巻かれ」、に一本勝ちの旗をあげたいところです。あれはたしかに前田師がいわれるようにかたちはヒラクかもしれんが、現代俳句としてはきらりと光るものがあるのです。秀麗なだしまきたまごのはれすがた。
でも、それはおくとして、ここは四句目。
前句の場所を室内に移しつつ、森の風という応援団のちからもかりて、きちんと磨き上げるキッチン。ぴかぴか、こころさわやか。となると、くそ、やっぱ、森の、は邪魔なんじゃないか。これがあるからくさいんだ。そんなものはいらん。風だけで十分だろ。ってそうおもえてくるかささぎなのだった。
つまりさ。
俳諧ってなんなんだろうね。
虚のことばと現実とのせめぎあい。
その中から立ち上げる、たちあがる真実。


四句目についていくつか。
現代連句では四句目に食べ物が出ることが多かった。なぜなら、軽く作れといわれるからです。クッキーをやいてどうの、コーヒーの匂いがどうの、・・手作りパンがどうの。
ね。それをいやというほど見てきておられるからこその、圭衛子先生のあのおことばであるわけです。もうそんな安直なのは、やめましょうよ。というわけです。
思えば、たしかに式目はごちゃごちゃとるっせんだよってくらい縛りが多いのですが、それでも自由によめるものはあるわけですたくさん。
だから、まだまだいーっぱい作れるはずで。
ホラー映画はいかん。裏。
そらんさん、もう二年もやっているんだから、裏か表かわかるでしょうが。わざとやっているんじゃないかと想うよ、まったく。
えめさん、ごめんなさい。
どのくらいまでのべたつきを親句として許せるかはさばきの腹ひとつです。
二人三脚はスポーツだけとは限らない。といえば済む事ですし。だから間違いではない。
それで思い出したのは、いまや連句界の大御所みたいなホトケブチさんも入られての四吟で、それも付回し歌仙で(さばきがいない、前の人の三句から次の人が選句して付ける式)前の方の第三として、
「長い坂ち、よ、こ、れ、い、と、と六つ飛んで」などいう、裏向きではないか、というような遊びの句をとり、自分でもべたつきの、「グーしか出せぬ妹を連れ」とつけたことがあった。(冬で始まる歌仙だったので、三句四句目は雑)そのとき、きっとホトケブチさんは想ったはずなんだ、また、もう一人のさくやさんも感じたはずです。それは裏にまわって出すような句ではないかと。でも、なにもおっしゃらないまま、一巻まきあがりました。一回だけ、ほとけぶちさんは私の選句に敢然と抗議なさった。で、あとでそのことをつらつらおもうに、最初ははじめてではあるし、手の内も知らないし、第三を出された方は最も年上の文学者であられたし、文句をいうことさえ、はばかられたので、黙ってらした。それがだんだん気心がみえてきたので、途中わたしに文句をいわれた。とこういうことだったかと。
今読み返しても、その第三と四句目は表にしては異色で、べたつきと想う。しかし、一巻全体を見渡したときには、そういうことはどうでもよくなる。そんなダイナミックな流れをもつ歌仙でした。ですから、一概にべたつきのどうのとそんなことはいえないんだ。
かくれんぼひふみよいむな、のおまじないのような菊雛の一句、えめさんのヒットだったと想います。ただ、第三向きではなかったというだけです。
ひふみよいむな。いむな。が、まるで、忌むな、みたいにひびきます。えめさんは、異能の人で、こどものころからそういうものがたくさんみえていたんじゃないかな。さっぱりと惜しげもなく捨てましたが、こういう句はわたしみたいな平凡な作者にはかけません。大事に捨てずにノートに残しておかれますよう。
だらだらとかきました。
これってなんだろか。人と人がまじわり、こころ通わすための儀式であり、チューニング。
賛成、反対、その旗幟をこまかく鮮明にしてゆくことで、もとめるものがみえてくる。

そらんさん。句、どうおもいますか。
森が必要でありましょうか。

森。
いる!
キッチンを磨くのに風を入れるのは単なる説明。
特に「風を通して」「風を入れては」としたら、キッチンを磨く手順書ではないのかな。
その風が単なる風ではないことを「森」を充てることで表したつもり。
説明だけでよければ風を通してでいいけど。
俳句してると説明はなるべく避けたがる。

エコエコ気分がなぜ悪い?
それは、森は別にエコな気分だけではないんじゃないの?
その発想がよくわからん。
キッチンに立つものにとって、キッチンがどんなところか?
なぜ、こんな時にキッチンを磨かなくてはならないのか?
森の風が吹いてきたからだろう。
作者は思う。

話がだらだらになってしまうけど。
だし巻たまごはここでは捨てられた句。
さっさと忘れよう。
俳句として出てゆくかどうかもわからない。
逆の意味では、どこかに転がっていそうな句という想いがある。
万人受けする感じがある。
だから、それほど僕には愛着はない。
なんなんだろう。
この温度差。
あ、今日はひさしぶりにパソコンに座って長話。
普段は携帯から書き込んでいるので、長文はさけて

前からのつづき。

普段は携帯から書き込んでいるので長文は避けている。
応答の少ないのもそのせいだし、かささぎのコメント長すぎて、読みこなせない。
日記本文があっという間に後ろにいってしまったり。
長いおしゃべりになった。
さて、また静かに次を待とう・・・・。
パソコンをシャットダウンする。

>だし巻たまごよく巻かれ

わたし、このフレーズ、好きだったわあ。
いやべつに、出し巻きが大好きだからってわけじゃないわよ。笑


ところで、そらんさんのこの一句で、季語の斡旋の重要性を感じたわけですね。季語初心者としては。
そらんさんはここに秋冷や、をもってきた。
たとえばこれが「秋深しだし巻タマゴよくまかれ」であったとしたら。とか考えさせられたのね。
秋冷ということばから、なぜか赤提灯のさがった居酒屋で熱燗を飲む男が足先あれ?箸先だよ、箸先で厚くて熱いだし巻を食べてる風景が脳裏を掠めた。すし屋でもいいか。ただすし屋のだしまきは値段が高いから、やっぱ居酒屋にしとこ。肌寒さにふらっと立ち寄った居酒屋のだし巻。いいっすねえ。そろそろ熱燗が耕しくなる季節だもの。

ありがとう。この温度差をなんとかしましょう。
素材を分類。
発句、柿の木。植物。犬、動物。場の句。
脇、名所(あえて分類すればなどころ)、月、時分は夕刻。場の句。月は天象。
第三、人情句(人がでてくる句)、スポーツ
四、森、風(天象)、人情句(人事句)

以上できづくこと。脇と四句目、月と風が天象同士さわっている、とする連句人もいる。が、天象は天象でも、風は星や月などとちがって動体ですから霞などのそびきものに近い。私はかまわないと判断。気にならない。
むしろ気になる、発句に植物、森はいらない。それほど発句の力は強い。大打越(ニ句の車間距離)です。一句だけを読んでいない。さばきは常に一面単位でものをみている。全部をいわない工夫は、次の人のためにスペースを開けておくという愛情でもある。
そらんさん。捌の気持、わかって戴けたでしょうか。
ありゃ。もうパソコンしめるぞってかいてた。
そらんさんへ敬意を表して、そのままおいておきましょうね。

元山の太根の間に犬眠る  乙四郎
  有明坑をのぼる夕月    整子
秋うらら応援団に加はりて   恭子
  森の風入れ磨くキッチン  宙虫

五句目。雑。長句。どなたでもどうぞ。
季語はいれません。
これまで出たものはさけてください。

せいこさん、ありがと、たすけぶね。
秋冷の出し巻たまごよく巻かれ。という句。たまご料理の何気ないシンプルなものでありながら、作る人にとってはとても技術がいる料理で、一句から、細い眉の、女らしい女性がうかぶ。がさつなかささぎにはできない、家庭的なあじわいの料理であるわけよ。秋冷はその細かな作業をこなす気遣いの女性によーく付いていると想いませんか。
そのような季語を、こんな日常のさりげないものととりあわせて出してくるところに、中山宙虫のすごさがあるわけで。それが即ち俳諧。
ところで。あたしゃ、きのうから芭蕉時代の古い歌仙を読んでいて、こらあかんこらあかん。と何度も想った。いまの私達がやろうとしているものは、ほんとに俳諧だろうか?って。だってさ、あのころの俳諧って、表に、牛の糞とか、差別された人とか、そういうものがばんばんでている。なんかちがうんでないのかえ。って急に心細くなってきてねえ。いま、俳諧をやる意味はどこにあるんだろうかと。そりゃ、優雅な歌の世界、雅びな世界に心遊ばせるのはかっこいいかもしれんばってん。そうじゃないんだ。絶対。
かささぎは、伝統俳句と現代俳句との融合を連句のなかに見たい。それから、川柳と和歌、短歌、詩、それら全部の要素が入っているものをみたい。現代の問題も理想もぜんぶ、一巻のなかにとじこめたい。あと、さばきとしては、こまかなことをぐじぐじいうまい。(いってるよ!)

最近、よくFMで流れてる歌。
Youtubeにありました。
     ↓

よみかえした。
そらんさんの、エコエコで何がわるい!ての、おかしいね。あたしはあのこどもが、「補助金も」っていうのがほんなこてすかんちゃ。あれがエコじゃないの?
キッチンを磨きたい。と思うときがたしかにあるよ。それはどんなときかいいますとね、春。ひかりのどけき春の日にどんどん明るくなるその神のまなざしにたえかねて。汚れが恥ずかしくなるから。
乙四郎どん、歌でおぼえる百人一首、いいかもね。

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