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2010年10月17日 (日)

中島内蔵助翁感謝祭は収穫祭でもあります。

この写真は感謝祭がおわって撮らせて頂いたものです。
中島道夫先生が手にしておられるのは、昭和天皇即位時の大嘗祭において新穀となった、主基(すき)田用の米(天皇が朝召し上がる米)で、この年は福岡県脇山地方の米だったそうです。なぜそんな由緒ある、それもずいぶん古い時代のお米(昭和3年産)を中島くらのすけ翁直系子孫の先生が持っておられるのだろう?というのを尋ねました。
おじいさまが福岡県のお役人さんであり、そのときのお米をもって皇居へあがるお役だったとのこと。すごいなあ!!なお調べましたら、即位の礼は京都御所です。
このときの悠紀(ゆき)田米(夕食用)にはヤス地方(滋賀県)の米が選ばれたそう。
感謝祭のおわりがけ、先生はこどもたちにむけてお話をなさいました。
お米を大切にしましょう。という話で、その冒頭でふれられたのです。
口頭で短時間聞いただけなので、正確に知りたく、ネットでさがしました。
大嘗祭のゆき田すき田を選ぶのは今でも亀甲占いであるとかかれた記事↓

http://cache.yahoofs.jp/search/cache?p=%E3%82%86%E3%81%8D%E7%94%B0%E3%81%99%E3%81%8D%E7%94%B0&aq=-1&oq=&ei=UTF-8&fr=top_ga1_sa&x=wrt&u=www.hotdocs.jp/file/72728/download/pdf&w=%E3%82%86%E3%81%8D+%E7%94%B0+%E3%81%99%E3%81%8D+%E7%94%B0&d=LqSCC_ZVhMp&icp=1&.intl=jp

悠紀田は滋賀県野洲郡三上村、主基田は福岡県早良郡脇山村から選ばれ、3月に発表された。昭和の大礼の総予算は当時の金額で1968万3637円50銭5厘という。(ウィキペディア即位の礼:
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%B3%E4%BD%8D%E3%81%AE%E7%A4%BC


八女市長峰小学校四年生による
紙芝居奉納。左結びのわらじの話です。毎年おなじ奉納をするのが供養です。

墓石の写真だけがまだ未到着です。そこでここに。
中島内蔵助;承応元年(1652年)十一月二日人柱に立つ。
文化十三年(1816年)四月、翁の墓が建立される。
墓石はこの楠の木のすぐ前にあります。

↓二葉は我が家の兄弟が今年の新穀を冷蔵庫に運んでいる。
ちょうど今朝でした。神様ありがとう。くらのすけさんありがとう。

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コメント

みなさま、すごいことです。
連句の御仲間である、えめさん[青翠えめさん]のむすめさん(ある島に在住)がなななんと神の早乙女にえらばれたのです。
ここ、ぜひクリックして、ごらんください。↓

二葉(フタバ)つて、何ですか?

通りすがりさま。
二葉・・・たぶん、写真二枚のことでありましょう。
写真の枚数を葉と言うことがあります。

2枚でも2葉でも、どっちでもいいらしいっす。↓

ほんとうにモノの数え方って楽しいですね。

一葉、いちよう。写真って葉っぱなんだ。

こないだの連句のとき、えめさんの句のちょうちょも、一頭の蝶でしたが、あれはもともと英語の概念からきた数え方みたいで、山田みづえ先生はあまりなじまれていなさげでした。でも、文句なく面白くはあります。

検索サイト Google  検索ワード 大嘗祭 主基田 福岡県早良郡脇山村

でこちらに見えていました。
おかげでわかりました。

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