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2010年10月 4日 (月)

森澄雄逝くや干からびず老いて

高木一惠さんが贈呈してくださった月刊俳句界十月号に、八月に亡くなった俳人森澄雄が特集されていました。

それ、ついつい、よんでしまいました。

かささぎはかつて新聞の投稿族だったんですが、ハイクだけは一度も採ってもらえぬままでしたねえ。森澄雄選者のところに何度か出したんですが、没没没没と四度続いたところで、かささぎの「ココロザシ」はがっくしなえて、投稿をやめちまったのです。今からえーと十五年ほど前のことです。
三回で折れるような軟弱な志だったということでもありますが、詩や短歌は採ってもらえたので、そんなら俳句はもういいや。って、そんなかんじでした。

以後、森澄雄選の俳句欄は遠巻きに眺めるだけでしたが、かささぎの僻目か、いつも似たような句が既視感を伴って並んでることに、退屈なつまんなさとともに、大きな安堵を感じていました。それは同時に掲載されていた星野椿選句の俳句欄の作品とあまりかわらないものに当時のかささぎの目には見えました。
いわゆる、連句の発句にとられる句のように格式ばって、重量感のある句ばかりという意味です。現代俳句が量産する平句風の句はまったくみられませんでした。

ネットで拾った森澄雄選句の特徴。
「句に登場する固有名詞を観光案内のように細かく説明する独特の選評だった。」

まさにその通り。観光ガイドより詳しいその歴史的な知識には驚かされました。
山本健吉とは親戚で、家族ぐるみの付き合いがあったそうです。
本にいろいろ紹介されていた彼の代表句はおきます。

かささぎがたいそう気に入った句がこれです。
黛まどか追悼文『森澄雄の凄まじさ』の背景に使われていた軸の写真にあった一句。

山の蟇二つ露の目良夜かな   澄雄

俳句理論からいえば、これはいくつものルール違反をしています。
まず季語が三つもある。ガマ(夏)、露(秋)、良夜(秋)。
そして三句切れ。
山のがま、で切れ、二つ露の目、で又切れ、良夜かな、で切れる。
それにもかかわらず、目にありありと悠然としたがまがえるの姿が浮かんできます。
と同時に、このガマは目にいっぱい涙をたたえた森澄雄その人の印象とも重なってきます。
大人(うし)は理屈では句をつくらなかった、ということの証明のような句です。

ちなみに。
うちのむすこも昔、三つ季語がある句をよんだ。

冬の朝こおりつくよな寒さかな   うり坊

(冬、氷りつく、寒さが季語)

けけけと笑ってばかにしたのが尾をひき、それから句をよもうとはしません。
絶対にどんな句であっても、わらったらいけない。というのを痛く学びました。

かささぎ心の追悼句

森澄雄逝くや干からびず老いて   恭子
(モリスミヲ・ユクヤヒカラ・ビズオイテ)

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