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2010年10月11日 (月)

大学祭連句興行の発句~ローカル即普遍~

はぜ紅し瀬高に残る和ろうそく   ぼん

勝鳥や卑弥呼伝説ある村に    えめ 

元山の太根の間に犬眠る      乙四郎

紙が音たつる夜あり人恋し      整子

秋耕やかささぎ二羽をしたがへて   〃

金色に染まる大地や鎌はじめ     らん

稲ぐるま卑弥呼の里にさす御光    〃

重なりてみやまの里に稲干さる   音彦 

新藁や永劫ひかる用水路      恭子

選句)

出ていない人もありますが、選句いたします。
最近『九州俳句』誌で選評文を読んでおりましたら、こういう異なる見解にぶつかりました。

昭和の容」という題のついた松岡耕作氏の応募作へ、選者お二人がそれぞれ異なる視点の見方を開陳されていました。面白いので、引いておきます。

岸本マチ子先生「これは容姿の容なので、多分すがたと読むのであろうと想ったが間違っていたらごめんなさい。念の為漢和辞典を引いた所、やはりそうだったのでほっとした。しかしこれはやはり姿か、すがたであろう。さもなければわたしの様に悩む読者のためにルビをふる。それにしても容にする必然性がどこにあるのか、良く分らない。それで申し訳ないが二位にした。」

秦夕美先生「形というものに拘っている。人も動物も一定の形があってこの世に存在するわけだし、形のなかにもろもろが収まって動いている。俳句もまた十七音(字ではなく)という形と、その中にあるリズムをなおざりにしては考えられない。形を生み出そうとする心、逆に形から生じる心。とんぼ返りは着地がぴたりと決まることで美しいし、その技が評価される。選句の場合、私はいつもそんなことを考える。今回、一位と二位は甲乙つけがたく迷ったが、最終的には題名の言葉で決めた。」秦氏は「昭和の容」を一位とされた。)

ちなみに私は、容器の容はカタチとよみました。
ルビをふるかどうかは、いつも悩むところです。
原則、ふらないのが俳句だとおもいます。
句に正対して句が自ずとせがむ読みをする。それに従うものだろうから。

さて、選句します。
普通の句会の選句ではありません。
公開連句興行の発句をきめるのです。
となれば、地霊への挨拶を真っ先に念頭に置きます。
できているでしょうか。
ぼんの「はぜ紅し」。
ことし、みやまキャンドルナイトに初参加した私は、この一句、ぜひともとりたい思いに駆られます。ひびきもやさしく、すっと入ってくるすなおな句柄です。
(昨日和蝋燭のサイトをみていましたら、今でも全国あちこちでまだ作られているものらしく、需要もお寺さんはじめ、さまざまにあるらしいということを知りました。)


えめさんの勝鳥、かささぎを詠んだ句。
あらためて句に対っていますと、この地方の歴史が立ち上がってくるようです。
瀬高町はひみこの里がうたい文句になっています。
ロマンはわからないからこその浪漫。
かささぎを勝鳥、とよべば、秀吉の朝鮮出兵という過酷で残虐な土地への負荷をそっと下にひそませます。権勢の赴くまま、非道な命によって半島に赴かされた筑後の武士や農民たち。従わなければ、首をきられた。そういうことが歴史の闇のなかから、カチドリという言葉(かささぎは秋の季語になっています)一つで呼び寄せられる。負戦なのに勝烏とよぶ精神。ものごとには裏とおもてがあることを教えます。

乙四郎句。これにはっと胸をつかれました。
最初、季語がわかりませんでした。
元山をモトヤマとよんでいたからです。
その、意味のわからぬことばだけで句をよもうとするときは、とても複雑な作業をしています。
わたしは、もとやま→本山→はげ山だった高良山に子(ね)の日の松を運んで植えた、という神事が伝わることを連想してしまいました。太根ということばも、太祝詞事、太柱たて、などの祝詞のことばと容易につながり、とても原初的に想えました。
しかし困ったことにこれでは季語がありません。太根を大根としても、冬です。
モトヤマ、ものごとのおおもとのある山、はじまりのある山の、その太い根っこの間には犬が眠っている。という。いぬがいぬるのです。死んでうまっている。
犬は家でかわれていたものでしょう。・・・と、そこまで考えて、はっとしました。
ガンザン柿だ!ガンザンはこの字だったのか。岩山とばかり思っていた。
以前、れぎおんに書いた台風とがんざん柿のことを思い出しました。
そのころはネット時代でもなく、調べたことがありませんでした。
健吉の季寄せには、がんざん柿は載っていません。
ネットでは、ありました。部分引用いたします。柿を紹介するサイトから。

元山

「柿喰いに行くか羨まし」と詠われた
田主丸がルーツの柿
元山・がんざん(シーズン終了)

名物の柿喰いに行くか羨まし
これは田主丸大慶寺に残る、昭和14年に詠まれた東本願寺の法王の句。寺の第十三世井波潜彰師が帰国する際に、かつて寺から柿を献上した時の記憶からこの句が詠まれたものとか。田主丸町内にはこの柿「元山」の古木がいたるところにあり、法王に献上された柿だったかもしれません。句に詠んでうらやましがるほど、忘れられない味だったのでしょう。ゴマがはいって黒糖を思わせる甘さのその柿は、昭和30年代までは、高値がついていた柿の名品でした。在来種「元山」のルーツは田主丸。時代の中で忘れられた味を、今でも受け継ぐ園が残っています。
10月中旬〜11月上旬

引用元;http://www.tanushimaru-navi.net/~kakinavi/kaki-hinsyu.html
(参照させていただき、有難うございました。)

句のよみくだしは、「がんざんのふとねのあいにいぬねむる」。
あいだではもたつく、きっちり定型でひびかせる。
こどものころから慣れ親しんできた柿の木のもとに、愛犬も埋まっている。
句意はそれだけなのですが、一句のたたずまい、がんざんという響きの重さなつかしさ、どっしりとして、風格があります。
一句には、竹橋乙四郎そのひとの光があります。
これはかささぎにとって、はなはだ霊的な一句でございました。
深いところから出ていて、人情味もある。そしてとてもローカルです。
これがもっともだいじだ。ローカルでありつつ普遍的であること。
ううむ。竹橋乙四郎、おそるべし。
きまった時の句は根源的ななにかがある。

せいこ。
かささぎ二羽を従えた秋耕の一句。
これは佐賀から西日本一帯にみられる光景です。
さぎもからすもいろんな鳥が耕運機のあとをついていきます。
ゆえに、ありきたりといえばいえるかもしれない。
しかし、紙が音たてる夜あり、の句になると、さすがに個性を感じます。
せいこさんにしかよめない世界。
長い間、紙とかかわってきた人のもつ感性。
それはおそらく、手紙を書きたい、人とつながりたい、なにかやみくもに無性に人が恋しいという根源的なたましいの飢えの表明です。
ところで、火恋し、炉火欲し、炬燵恋し、は季寄せにありますが、人恋しはありません。
しかし、一句のもつ季感は、まぎれもなく秋のものです。

ここで〆切ろうとしたら、朝、らんさんから句が届きました。
大和路を我と旅する鰯雲。という句は、最初に書いた理由でカット。
どれも見事な句です。うまい。ほれぼれするほど東妙寺らんはうまい。
音彦さんもさりげない写生句でお上手です。
まず、鎌はじめの一句から。季語鎌はじめは、正月の季語です。
でも調べますと、正岡子規の句にもあるようで、稲刈り始め、とでもいうべき意味合いの季語らしく。スケールが大きい、大景の一句、すばらしい農の句。
次の、稲車の句ですが、元句は、「稲船や」でした。
稲舟は深田・沼田で使う、とあります。
そこで、尋ねました、実景かと。すると違うようでしたので、稲車にさしかえました。
これもいい句です。みやま、と地名が入っているところもいいですねえ。
後光と御光はどちらもごこうとよみますが、意味はちがいます。御光は自分だけに見えて第三者は横からそれを見ることはできない。
これも教えられました。らんさん、すごい。

音彦さんの、

重なりてみやまの里に稲干さる  音彦

稲架(はざ)をよんだ一句。
「重なりて」の一語がとてもうまいなあと感心しました。
稲穂が打ち重なってるイメージとともに、まだ乾いていない稲の重たさを期せずして伝えます。
ささっと写生された句にみえて、無意識の息遣いが聞き取れるような句だとおもいます。
わたしは、奥八女黒木でみかけた稲架を思い出しました。日がかげると、ずしっと沈み込んでいく重たさをかんじました。

じぶんの句。
きのう稲刈り穫り入れだったのですが、はじめて人さまに任せました。
いとこ夫婦がやってくれた。藁を十束ほど残してくれるよう頼みました。
新藁の香り、それは、夏の口蹄疫のおかげで、思った以上に貴重なものだと知りました。
用水路もまた、10月17日に慰霊祭がある吉田村の庄屋さん中島くらのすけさんのおかげ、先祖のおかげで営々と光り続ける。そんなことをおもいながら。

そらんさんからでませんでしたね。残念です。
ということで、選句は迷いませんでした。前田先生とも相談せず、姫野個人の権限で選句させてもらいました。

がんざんをいただきます。元三大師のがんざんとも通じます。
去年、籾殻山、ことし、元山。隠れた季語発掘シリーズみたいだ。

がんざん柿は筑後一帯だけでなく、九州各地でとれるのだろうか。
黒川温泉のがんざんちぎり;http://www.kurokawaseinenbu.com/blog/9116
皇室献上柿、がんざん:http://item.rakuten.co.jp/shikinosato/gs_f-4562186392066/
江戸時代からあった:http://geocities.yahoo.co.jp/gl/kyu_life/view/200910?.begin=6
大分がんざんと思っている人のブログ:http://blog.livedoor.jp/daraa/archives/2005-11.html

※かささぎは柿の木といえば、堺屋の黒柿の床柱を連想し、それはまた、こないだ読んだ、杉山洋おんじいの黒柿談とつながった。黒檀は、柿木だったのかも。というはなし。柿の木をいじめれば、黒くなっていくらしい。渋が食べごろの十日ほどを過ぎれば戻ってしまう話とともに、まことに神秘的で、まだ研究しつくされていないようで。
いくつかのサイトを読んだだけでも、ながい歴史がありそうです。

では、脇をおねがいします。
秋の季語を入れて発句にそわせてください。どなたでもどうぞ。
かささぎも考えます
。しんとして、童話的な句の世界


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コメント

http://www.youtube.com/watch?v=NUKJJ9hvCFE
【マスゴミ偏向報道】宮崎県民を見捨てた民主党【口蹄疫】

http://www.youtube.com/watch?v=8rOYxfXhv7c
マスゴミに潰された、日本を愛した総理大臣達

http://www.youtube.com/watch?v=FYWacT6nghE
マスコミの沖縄報道を信じてはいけない!

http://www.youtube.com/watch?v=Gz_mo9lhe0E
中国海軍の犯罪の証拠 : チュオンサ諸島における惨殺

http://www.youtube.com/watch?v=L1zoho-17Sw
東トルキスタン(新疆ウイグル自治区)における中国共産党の弾圧

http://www.youtube.com/watch?v=hTKNENM2WoQ
チベットにおける中国軍の蛮行

付け句案


1  澄みわたる空万国旗舞う
2  爽やかな風全身で受く

こんばんわ 
付け句>>
☆ 三本鍬を振りて秋空
☆ 小枝にゆれる蓑虫ひとつ

>こどものころから慣れ親しんできた柿の木のもとに、愛犬も埋まっている。

どんぴしゃりです。
我が家の大冷蔵庫脇の大駐車場から見えると思いますが、裏庭に大きな柿の木があります。元山です。そこに黒犬を繋いでいましたが、熊本へ転校して間もなく老衰で死んでしまいました。

犬をだしてしまったので猫はだせない。
東妙寺さんごめんなすって。

1俯けば星仰向けば月
2風は何処から来るか既望
3筧の水の灯す望月

霧の峠に人の名がある

すすきのわたが記憶をなぞる


すっかりごぶさた。
当日はまだわからない。

実家の犬も木(梅)の根元に眠りました(当方子供時代) 
昔は畑の隅や木の根っこあたりに埋葬しましたね☆

来るのだ、そらん。
ほら、あなたはどんどんきたくなるきたくなるきたくなる・・・笑


ってことで、脇句。

1、炭鉱跡のコスモス畑
2、漬物の里もみじかつ散る

乙四郎はパス。
その代わり、あの歌人に作ってもらいました。

夕焼け雲を飛び越えてゆけ (星野しずる)

(元歌)
にぎやかな空一面の恋だった夕焼け雲を飛び越えてゆけ 

乙四郎宅にも柿の木。しかもガンザン。むかしはどこの家もガンザンばかりだったんですね。うちはことし一個も実がなりませんでした。去年は沢山なったのに、ことしは裏年。えめさんとこも犬をうめたんですね。それが常識なんでしょうね。というか、身近にいた生き物は身近に葬りたいですよね。
そらんさん、9月は黒木まできんしゃったとですか。今回はどこでやっているか一目瞭然ですので、ぜひおいでくださんせ。
矢部川ウオーキングしながらの歌仙ってのも、いつかやってみたい。マラソンしながらはムリだけど。笑。
子規が歌仙の決まりごとを教えながら、道々、虚子とへきごとうに付句をさせて巻いて帰った、という話が残っていて、それを帰宅後子規は覚えていて、ちゃんと清書してあとでくれた。というのもすごいはなしで。(これ、大岡信さんの本で読んだ。)
ところで、そらんさん付け句で思い出した。きのう天神までの途上、どこかの駅近くにすごい立派な花すすき。あまりにもりっぱで、写さねば、と思っていたら、通り過ぎてました。笑。あまりりっぱな花すすきは、すすきじゃないべつものですね。

スーパーに「菱の実」が並びはじめました。
シーズンが短いので、油断すると来年までお預けです。この時期、しばしばスーパーに立ち寄り、野菜売り場で菱の実を探します。
大木町の菱の実採取も、一寸法師気分でたらい舟を漕ぐ風情、なかなかいいです。
     ↓

旅行から帰ってきて、旗をのぞいたら書き込むところが解らない。とりあえず、ただいま。

雑の長句ですね。

船着場板一枚の別世界

音のない絵から生まれる波の音

ぼん、おかいり。
じょうずだわ。
今かいたばかりですが、ちょっとまって。
整理します。
音のない絵から生まるる波の音。
すごくいいとおもう。
板一枚のほうは、板子一枚下は地獄。という言葉を思い出す。

乙四郎先生、動画みました。
ぶなじめじ工場まででてきた。
生ごみ車、一度見学したい。
たしかに一寸法師ですねえ。

きょう、エーコープに買い物いったとき、お宅の柿の木を拝見しました。かなり古いですね。うちの柿より幹が太い。思わずケイタイで撮ろうかと思った。

足立美術館で横山大観の絵を見てきました。見ていたら言葉が浮かび上がってきて、書きとめていました。
いいものを見て感動すると言うのはこういうことですね。

今朝の西日本新聞。ひと欄。
現代俳句新人賞の「月野ぽぽな」さん。
きっかけは連句のウェブサイトだったとありました。

ぽぽなさんの作品(↓)

ぶらんこの鉄に戦歴あるだろうか

今夜かな、金子とうた先生の番組がある。NHK。91歳。お元気です。

数日前から、はりつけられたサイトをクリックしても空白になります。ひらけない。もう次々と襲ってくれますね。いやんになる。ほんなこてしからしかったいやん。そんなわけなので、紹介もできんと。すまんす。

こないだまでは検索しても引っかからなかった情報が素直に出てくるようになってきました。
資金繰りがかなり苦しくなってきているようです。
きっと、見放されたのでしょうね。
年末あたりに大ニュースになるのではないでしょうか。
(編集してアップしたりすると目をつけられるので、サイトを覗くだけに留めておいてください)
    ↓

   ↑
2004年にアップされたQに対するAです。
6年間も晒されているというのに「役に立った」などのボタンを押した人の数の少なさが、このQ&Aが見られないようにずっとブロックされ続けていたであろうことを物語ります。
少なくとも、今年の5月から10月までの、誰もAを書き込んでいない期間は強力な読み書き規制が行われていただろうと想像します。

ひらけました。以前何度かよんだサイトです。
五月か六月ころでしたね。久々に読みまして、まっとうな意見が堂々と書かれていることに、こころうたれると同時に、なにものかの意志を感じます。あのころはめちゃくちゃ強気な意見が制圧していた。あぐら擁護の。プロの見方はどうなんだろうとずっと思っていました。これで腑に落ちました。
虚業の牛と実業の牛、どちらもいのちにかわりはなく、牛たちには本当に気の毒なことです。
「素牛」と書いて、もとうし。耳標をつける。↓

月野ぽぽなさん紹介のサイト今ひらけました。
俳句ではなく時空間全方位全文芸全カテゴリーにひらける連句にまず出会われたのが運のすばらしさだと思います。あたしがきにいったのは、これどすえ。
夏の魚銀色よりも静かなり
山里に霧の気配りゆきわたる
狼の目に中世の風ありぬ

いいすぎない。余白が多い。アメリカ在住なんですね。しゅごい。

みなさま
ぽぽな句に触れていただきありがとうございました。
初めて九州(小倉)を訪ね大ファンになりました。こちらのサイトにもまた寄らせていただきます。

わ、月野ぽぽなさん!

はじめまして。
星野しずるさんとネット上で出会った時以来の感激です。
このサイトは雑多な話題のごった煮(闇鍋?)で、コメントがすぐに埋没してしまいますが、よろしくお願いします。


月野ぽぽなさん、ようこそいらっしゃいました。
乙四郎、お返事かいてくれてありがとう。
ぽぽなさんの句をいくつか書き抜いていますが、付け加えて次の二句も。
毛皮より短きいのち毛皮着る
傷口に触れないように山眠る
毛皮の句は無常の句で、皮ジャンをきるとき、ふいに思い出します。認識の一句で、まるで男性の書いたもののようなぶっきらぼうな味わいがありますね。さらさらと一回しかよまなかったにもかかわらず、意外とこの一句は残っていました。
傷口に触れないように。のほうは、高木一恵の付け句で、こういう句があるのをすぐ連想しました。
ためらひ傷に触れず寄り添ふ
これは、眞鍋天魚、岡井省二との三吟歌仙でのつけあいで、たしか、天魚先生の次の句のあとに出ていたと記憶します。

翼預けてきたのは駅のロッカーか  天魚
  ためらひ傷に触れず寄り添ふ   咲耶
駆けつけて井戸掘唄に加はるも   省二

↑の三句の渡り、記憶で書いていますので、間違っているかもしれませんが、どの句もすごくて、鳥肌たつような付け合いの応酬でした。こういう歌仙が生涯に何巻まけるか。きっと一巻か二巻でありましょう。高木一恵さん〈咲耶さん)が海程の俳人でしたので、ぽぽなさんと同門だし、つい、書かせていただきました。
生涯の一巻を、ぽぽなさん、いっしょに巻きませんか。ぜひ巻きましょう。
竹橋乙四郎先生がいる大学へ、ぜひ来年はいらしてください。みんなで歓迎したします。

夜分おそく、失礼しました。といっても、どうなんだろ。こっちは深夜ですけどね。
かささぎ、ものまねをみて、ついでに水嶋ヒロインタヴューをみてたら、すっかり午前様になってしまいました。遅くなったのは、そういうわけです。ごめんなさい。どうぞ、またいらしてくださいね。

水嶋ヒロの本、会社の友人から借りて読み始めました。
今まで接した事のない世界の事が書いてあります。先が楽しみです。

山里に霧の気配りゆきわたる (ぽぽな)

昨夜の霧はすごかった。大学の周辺では視界が数メートルしかなく、スピードが出せない。
山の神様の気配りが足りないぞ。

佐保姫のハミングをするときは風 (ぽぽな)

竜田姫のくしゃみをするときは嵐  (乙)

ネット上では月野ぽぽなさんの写俳と回文にも出会いました。
回文といえば、忘年会の出し物(演劇)で、セリフがすべて回文の脚本を作ったことがあります。
今宵はかささぎの旗の忘年会ですね。

ぼんブログでそれをよんでいなかったら、見ていなかった。ありがとう。かれは、こういっていた。
スイスの学校で学んだ少年のころ、すごい差別にあった。肌が黄色いというだけで、理不尽なさげすみ。
死にたいと思った。しかし、目をまわりに転じれば、さまざまの自然が生きることには価値があるとおしえてくれた。ぼくはしななかった。
・・・ざっとかけば、こんな内容でした。澄んだきれいな目をしていた水嶋ヒロさん。
(で、かれは何者なの?俳優さん?)

乙四郎。回文、なるほど。
故クボタカオル宗匠とおなじ匂い。

山霧を気配りといい、すみずみにまでいきわたるというのはすごいなあ。ぜんそく発作がでたとき、シューってすいこむ霧、それが肺の樹海の一本一本にまでいきわたるような、そんなイメージをだいた。
連句的で政治的な傑作。日本そのものです。

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