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2010年10月26日 (火)

短歌と俳句のあひだ。歌仙調整中の河野裕子追悼

花の句、中山宙虫。
原句にもどしました。

眠りぐせついて以降の花筏   宙虫

ほか、勝手に変えた句をもとにもどした。恋。
いろいろ気になる処はあっても、元句のイキオイ。
やはり理屈ではないんですよ。

前田師から、発送したと電話がありました。
遅れていたれぎおん秋号。

ステンドグラス句の、春の日の差す、陽の差す、とどっちをとっても「陽」「日」既出。
では、挙句の陽炎のほうをかぎろひとかえるとどうなるか。
ことさらな、あらたまったかんじになります。

東の野にかぎろひの立つ見えて
かへり見すれば月傾きぬ   人麻呂


このかぎろひは陽炎とはまた別みたいです。
万葉集の漢字では炎一文字。
以前、れぎおんの喜多さかえさん(短歌結社主宰)にものを尋ねたとき、このかぎろひのお写真をいただいたことがあります。
わたしは、それまでかぎろひとは、普通の陽炎のことだと思っていましたので、たいそうびっくりしました。
朝焼けの暁光のオレンジ色のひかりがさしているものでした。
喜多さんは歌がよまれた現地の写真をくださいました。
あけがた東の空にさすほのかな光がかぎろひ。
これでいきますか。遍路道、そのながて(長手)を照らす暁光。
たからさん、どうおもわれますか。
ステンドグラスに春のにぎはひ、としたりしたのも、春の日をなんとかしたかったから。

ところで、さいご付近で教室に入ってみえた小倉の茂木敏子様は、馬場あき子先生の短歌結社に属する歌人とのことで、こういう話をちらりとなさいました。

永田和宏さん、最近奥様の河野裕子さんを亡くされた歌人の、が、ご一家で連句をされているのを何かで知って、連句に興味をもちました。それでやってきました。と。

ご住所、お名前はお聞きしましたが、お電話もなにも聞かずじまいです。

まさか、ここで河野裕子さんの話が出ようとは思っていませんでしたので、はっと胸をつかれました。
かささぎは書きましたよね、投稿族だったころ、俳句は全ボツだったけど、若山旅人さん、その死後は河野裕子さんの西日本歌壇で何度か採ってもらったことがあり、いつかゆっくり河野裕子歌集を読もう、と思っていました。
また、連句会亜の会の連衆、山下整子は短歌結社のやまなみ短歌会所属歌人、古賀音彦さんもです。
せいこさんのブログ「31文字倉庫」で何度か馬場あき子先生の名前はみかけましたっけ。

古い投稿スクラップ帳から。

河野裕子先生のお言葉を頂いた歌を書き抜いて見ます。
(柳川の 西野いりひ で投稿していた分です。)

翌朝になると螢は死にてをり『ユルスナールの靴』の隣りで  (いりひ)

『ユルスナールの靴』は、須賀敦子の著した本の名。
この世離れしたしんと静かな本の世界と、螢の死が不思議な趣を作っている。(河野裕子)

  1999・7・19

※須賀敦子は斧田千晴も「間に合った、よかった」と書いていた。

「なるほどね気合を入れて叩いたね」建具師は娘のドアを見積もる  (いりひ)

年頃の子供たちを育てたものにはわかる。気取りなく作っているところがいい。(裕子)
    1999・5・3

※このわずかなことばに、当時のかささぎはどれだけ励まされたことか。

大型化なりし圃場に初めての水が張られて月一個落つ (いりひ)

「月一個落つ」とは何と、ぶっきら棒な。しかしそこが面白い。(裕子)
   1998・8・3

しゃがみ込みしばし見惚るる撥捌き次第しだいに連打迅(と)くなる  (いりひ)

夏祭りの太鼓であろう。下の句に力がある。(裕子)1998・9・21

ことばはいただけませんでしたけど、採って貰えた歌、他に二つ。

柳川へ抜ける道すぢ水田(みつた)から三潴(みづま)丸ごと水明りして

杉桧小羊歯篠竹沢塞(すぎ・ひのき・こしだ・すずたけ・さわふたぎ)
たぐりよせをり母の里にて

河野裕子先生へ、わずか二夏の投稿。
ちょうど今の自分とおなじくらいの御年でいらしたか。
もうあちらの世界にいってしまわれて。
六十なかばで。きれいなままで。
かささぎは、とてもうらやましいです。

合掌。

きえるかもしれませんが、新聞の馬場あき子氏による優れた追悼文。http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/100822/acd1008220750007-n1.htm  

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コメント

馬場あき子氏の追悼文、読ませていただきました。
すばらしい追悼文です。
みじんの甘さもない。
日本語ってよかね。うつくしかね。と思わされる一文です。
あらためて言葉のちからと、河野裕子と言う歌人の存在の大きさを痛感させられた。馬場あき子という女性の筆力もあわせて。

同感です。
西日本新聞で読んだ追悼文は、河野裕子さんと同世代の阿木津英さんのものでした。すこし物足りなさが残ったのです。しかし、馬場あき子氏のこの一文は河野裕子という歌人の短歌史上における位置づけから歌の特質までをきちんと評価されていて、とても勉強になります。あらためて、歌集をきちんと読もう、と思った。
詩人の高橋睦郎先生のおっしゃった、読むことは詠むこと。まさに連句とおなじ作業ですね。

失礼します。

>西野いりひ 様

コメントありがとうございました。

 信州の安曇野市の有明山麓に住む56歳になるサービス業に近い仕事の従事する男です。 あと5年ほどで退職になりそれまでは匿名ブログにしています。

 塩尻市に住んでいたこともあり、短歌については興味がありますが、他人の作品は読みますが自分では書いていません。

 書くにはそれなりの勉強もしなければと思い、退職後の楽しみにしたいと考えています。

 この機会に勝手ながら、ブックマークさせていただきます。今後もよろしくお願いします。

信濃大門さま。コメントありがとうございました。
正岡子規は熱いですね。
河野裕子もまた、感受性の鋭い、ゆえに人より痛い思いをたくさん経てきたであろうと思える歌人でありました。
すこしづつ、まなんでいきたいとおもいます。
よろしくおねがいします。

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