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2010年10月 3日 (日)

国際協力論講義(9)~日本 ODA予算の引き下げ~

保健医療経営大学学長

 橋爪 章

2010 年 10 月 3 日 国際協力論講義(9)

国際協力の歴史 ~日本 ODA予算の引き下げ~
1997年、「財政が危機的な状況にあることにかんがみ、量から質への転換を図ることより、集中改革期間中においては、ODA予算は各年度その水準の引き下げを図る」閣議決定が行われました。
その結果、1998年度以降、ODA予算は減少傾向に転じ、十年で半減してしまいました。
一方、2001年の同時多発テロ以降、アメリカは援助政策を大きく転換し、ミレニアム挑戦会計(MCA:Millennium Challenge Account)として、ODAの大幅増額を表明しました。
EU諸国も、EU全体としてODAを増額することを表明しました。
ODA予算に関し、日本は世界の潮流に逆行しています。
その結果、日本のODA支出純額は第1位の座から第5位(2007年)へと転落してしまいました。
国際社会をリードしていた、かつての日本の面影はありません。

こんな中、2003年、日本政府はODA大綱を改定しました。
新ODA大綱では「人間の安全保障」の視点が新たに記述されました。

騒乱や紛争の結果、政府の統治能力が弱体化した国や地域に住む人々は、その生存、生活、尊厳が深刻な脅威にさらされるおそれがあります。
こうした問題に対しては、国家がその国民を守る「国家の安全保障」の枠組みを補完する支援が必要となります。
生存、生活、尊厳への脅威から人々を守り、人間中心の視点を重視する考え方が「人間の安全保障」です。
日本国憲法前文にも「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」とあります。
日本は、2000年の国連ミレニアム・サミットにおいて、人間の安全保障を日本外交の柱として位置づけ、国連に「人間の安全保障基金」を設置するなど、人間の安全保障の概念の普及と実践に努めています。
新ODA大綱では、ODAが取り組むべき重点課題を「貧困削減」、「持続的成長」、「地球的規模の問題への取組」、「平和の構築」としています。
「平和の構築」は新たに掲げられた課題です。2002年、小泉総理は「紛争に苦しむ国々に対して平和の定着や国づくりのための協力を強化し、国際協力の柱とする」と平和構築の分野においてより積極的な取組を行っていく決意を表明しました。
「人間の安全保障」も「平和の構築」も、世界の開発援助の潮流となれば素晴らしいことです。
世界の開発援助における日本のリーダーシップの復活が望まれます。

コメント

天皇が私はどうなってもいいから、国民を助けて。とおっしゃったという話は胸をうちます。なんどきいても、あのお写真とともに深い感動を与えるから。
そしてセットのように記憶していることに、美智子皇后の実家のおはなし。どろぼうに追い銭をあげた、という。それも胸を打つ話で、有徳の人達って、はあ~なんてめんめんどんとちがうっちゃろ。

と。崇高な話はおきます。
ツィッギー、ひさしぶりでした。
なつかし。ミニスカート。
グループサウンズ、タイガースのピーさんのことなども思い出されて。
(俳句つくってた。)
ピーといふドラマーのこと豆を剥く  恭子
しらべてみました。なんと、高校の先生になられたとは!
ちっともしらなかったです。

ピーこと瞳みのる、本名「人見豊(ひとみみのる)」氏。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E8%A6%8B%E8%B1%8A#.E3.82.B6.EF.BD.A5.E3.82.BF.E3.82.A4.E3.82.AC.E3.83.BC.E3.82.B9.E6.99.82.E4.BB.A3

きのうTVのチャンネルをサーフィンしていたら、懐かしい響きが。
変身少女系のドラマのエンディングテーマなのですが、なんと、タイ語。
日本の国際化を感じた次第。
   ↓
http://player.video.search.yahoo.co.jp/video/3a539ea313ddad081241cdd8b27abe62

子ども番組へのタイ語の進出はトレンドなのですね。ネットで他のタイ語主題歌が拾えました。
タイ語の響きは好きです。
タイの女性も礼儀正しくていいです。
   ↓

http://www.youtube.com/watch?v=P5AXEeSxmSo

きいて、すぐタイ語とわかるなんて。
下の二人組の右側の女の子、とてもきれいです。
にほんじんではないなんてわからないですね。

ところで。今朝、ぐうぜん、テレビで16歳のシベリヤ抑留兵の話をみました。
現在80歳のその方は、上官にロシア兵に実際の年齢より二つ上の18歳と言えといわれ、嘘をついた結果がなんと収容所送りだったそうです。厳寒の中、なくなっていった友達のことが今も目にすがって離れない、といって泣かれました。でも、その上官(90歳)に取材にいったテレビ局員は、上官から、年を偽らせたことについて、後悔はしていない、当時わたしは少しでも多くの兵士たちを日本本土へ帰還させようとしてやったことである、まさかロシアが平気で条約を破る国であるとは知らず(兵士達は本国へ送還する約束)、こういう結果になったが、それはだれのせいでもなかった。といわれました。毅然とされていました。立派でした。
しかたなかった。という結論。生きて帰れたというだけでも、運がよかったと思わねばならなかったんですね。
家事をしながら目が釘付けになったのは、父と同じ年の方であったからです。
16歳で戦争に行った人達もいたのだと。

当時、この歌詞程度のタイ語をカタコトで喋れていました。住んでいたのは田舎だったので、戦争に一度も負けたことのない国の田舎では英語が通じません(戦争に負けていても、日本の田舎では通じませんが・・・)。生きてゆくためには言葉が必要。
「礼儀正しい」というのは、インタビューを通じてずっとよそ行きのふるまいだった彼女たちが、インタビューを終えて素が出た最後の一瞬でわかります。

その昔住んでいたのはタイの東北地方。
こんな音楽に包まれていました。
   ↓

http://www.youtube.com/watch?v=4dA9nzqXInQ

投稿: 乙四郎 | 2010年10月 3日 (日) 01時29分

こないだ、ブータンの夜這い(!)を密着取材したテレビをみました。
新鮮でした。いなかのほうにしか、残ってはいないらしいのですが。
夜がまっくらです。
着ている服はいなかっぺ大将のようなつんつるてんの着物服でした。
求愛の儀式で、女の子の拒絶を何回か乗り越えて成功させるという。
男の子の必死さが伝わる、いい風習だなあとおもいました。
もっとも、テレビのやらせだったら、がっかりです。
世界中を旅する人達が増え、だんだん秘境がなくなってきたのでしょう。
      (かささぎ)

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コメント

ザ・タイガースのピー。
引退して、
中退した高校の定時制に再入学して、
大学の文学部へ入って、
教員免許を取って、
高校教師をして、
この春、定年退職。

いい生き方ですね。

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