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2010年10月11日 (月)

仏映画 『パリ20区、僕たちのクラス』

パリ二十区 僕たちのクラス

(ソラリアシネマにて 上映時間二時間余)

西日本新聞東山君の紹介を読んで行かねばと思ってた。
調べたら今日しかない、体調最悪、でも根性ででかけた。
滅多に映画に行かない。今日は誕生日、自祝ときめた。

全編二時間、ずうっとフランスのパリ20区の中学校の教室で自分も国語の授業を受けている感じになる。ときに超狭いグランドにも出れるが、それは二時間のうちほんのわずか、回数にして三回ほど。あとはすべてこれ授業。
フランス語の会話で満ちている。
先生はフランス人だけど、生徒たちはよその国からの入国者。
いろんな言語、肌の色、髪の色、とうぜん文化も異なる。
その意味で、これは今そのものの、硬派の社会映画である。

最初の五分ほどは波長を合わせるのに手間取った。
生徒達はとっても行儀が悪い。(これは最後までそう。)
しかし、行儀が悪いのと精神の問題とは又べつの次元のはなしだ。
どう説明したらいいだろうか。
じつは映画の紹介文からはもっとラフな、たとえば日本映画ごくせん風の内容を予期していた。ぜんぜんそうではない。もっと真剣な、人のたましいとたましいの問題。
ことばが通じなければ、こころは通じないのだ。とわからせてくれる。

最後近くで主役の教師がみごとに崩れてくれる。
ある生徒を信じきれない、見放してしまうのだ。
見てて、これが、とっても、ショックに、おもえた。
生徒はたいがくしていく、教師は庇わなかった。
どんな生徒であっても、見限ったら負けなんだ。
背景には、音楽一つ、ナレーション一つ、ない。
では、何によってこころ安らぐか、学校の全体を把握できるかといえば、職員会議が折々にはさまれ、そこで交わされる先生同士の生徒に関する会話、教える立場の愚痴や、時々はさまれる生徒の親との面談によって、さまざまな事情がだんだんつかめてくる。

『アンネの日記』の最後の部分が授業で使われた。
その場面をみたとき、おお、宜子先生!こんなところで出会うとは・・・。

それから、クラス代表をつとめる少女二人のうち、将来は警官になりたいという少女(その理由は、警官は悪い人が多いので、いい人間も必要だからです、というキツイ皮肉を彼女は自己紹介で発表した)が、ラスト近くで、立派な熱血教師に見えていた教師がつい少女達のあまりの行儀の悪さに耐えかねて吐く悪口(娼婦みたいな、という言葉)に怒って、やり返す、その場面で少女の口から出てくる本は、プラトンの『国家』であった。おお、オノダ!こんなところで出会うとは・・・。

いずれも最近かささぎの旗でとりあげた本で、徳島の香川宜子先生と、岐阜の斧田千晴氏が瞬間こころをよぎっていかれました。

見て、よかった。
日本は、おいていかれる。と、漠然とそう、かんじた。
もっと真剣に、国のこと世界のことを考えようと思う。
いや、そうではない。もっと真剣に自分と向き合おう。

連句的関連書籍紹介;
『ザ・ヴァイオリンー 収容所のメロディー』香川宜子著
『欣求浄土』斧田千晴著

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コメント

この映画検索での二位。

すごく個性的な印象的な映画だった。
一位、これ↓

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