無料ブログはココログ

« 国際協力論講義(20) ゴール6:HIV/エイズ、マラリア、その他の疾病の蔓延の防止 | トップページ | 今日は中島内蔵助翁の感謝祭です。 »

2010年10月17日 (日)

国際協力論講義(21)ゴール7:環境の持続可能性確保

保健医療経営大学学長
橋爪 章
2010 年 10 月 17 日 国際協力論講義(21)

ミレニアム開発目標ゴール7
ゴール7:環境の持続可能性確保
ターゲット7.A:持続可能な開発の原則を国家政策及びプログラムに反映させ、環境資源の損失を減少させる。
ターゲット7.B:生物多様性の損失を2010年までに確実に減少させ、その後も継続的に減少させ続ける。

(指標)
7.1 森林面積の割合
7.2 二酸化炭素の総排出量、一人当たり排出量、GDP1ドル(購買力平価)当たり排出量
7.3 オゾン層破壊物質の消費量
7.4 安全な生態系限界内での漁獲資源の割合
7.5 再生可能水資源総量の割合
7.6 保護対象となっている陸域と海域の割合
7.7 絶滅危機に瀕する生物の割合
ターゲット7.C:2015年までに、安全な飲料水及び衛生施設を継続的に利用できない人々の割合を半減する。
(指標)
7.8 改良飲料水源を継続して利用できる人口の割合
7.9 改良衛生施設を利用できる人口の割合
ターゲット7.D:2020年までに、少なくとも1億人のスラム居住者の生活を改善する。
(指標)
7.10 スラムに居住する都市人口の割合

東南アジアと南アジアでは森林破壊にブレーキがかかっていません。
安全な飲料水は、サブ・サハラアフリカと西アフリカが目標達成困難です。
スラム居住者の生活改善は、北アフリカ、東アジア、南アジアでほぼ達成でき、東南アジアでも達成見込みがありますが、西アジアでは進展がありません。
サブ・サハラアフリカでも達成困難です。

(保健医療経営大学『学長のひとりごと』転載)

連句的。

森林について あるいは句の本意について
大学祭連句より丁度問題となっている部分

中山宙虫四句目「森の風」の向う側談義
俳人がことばにこめた思いに耳を傾ける
式目と思いのはざまで捌はどう処理する
式目は俳人の思いを挫けさす事ができるか
こたえのない俳諧で捌はなにをだいじにする

元山の太根の間に犬眠る  乙四郎(秋)
  有明坑をのぼる夕月    整子(秋・月)
秋うらら応援団に加はりて   恭子(秋)
 ① 森の風入れ磨くキッチン 宙虫(雑) 
 ② 風を通して磨くキッチン
 ③風を入れては〃磨くキッチン

これを、いただきます。
ありがとうございました。
変奏曲を二つ。さばきは、2がいいのではと。
ちょっと正直なはなしをします。
どうか怒らんできいてください。
「森の」、がやや安直な気がした。
くさい、というか。
絵に描いた餅ならぬ、なにか、整ったシステムキッチンのコマーシャルの清潔さ、というか。エコエコいう時のわたしたちの脳内イメージにあるものへ、直接訴えかけてくる爽やかさ。そんなものを連れてくる麻薬のような言葉だと想うのよ、森の風って。
俳諧の句としてみれば、かささぎは昨日の「秋冷のだし巻たまごよく巻かれ」、に一本勝ちの旗をあげたいところです。あれはたしかに前田師がいわれるようにかたちはヒラクかもしれんが、現代俳句としてはきらりと光るものがあるのです。秀麗なだしまきたまごのはれすがた。
でも、それはおくとして、ここは四句目。
前句の場所を室内に移しつつ、森の風という応援団のちからもかりて、きちんと磨き上げるキッチン。ぴかぴか、こころさわやか。となると、くそ、やっぱ、森の、は邪魔なんじゃないか。これがあるからくさいんだ。そんなものはいらん。風だけで十分だろ。ってそうおもえてくるかささぎなのだった。
つまりさ。
俳諧ってなんなんだろうね。
虚のことばと現実とのせめぎあい。
その中から立ち上げる、たちあがる真実。

そらんさん。句、どうおもいますか。
森が必要でありましょうか。

森。
いる!
キッチンを磨くのに風を入れるのは単なる説明。
特に「風を通して」「風を入れては」としたら、キッチンを磨く手順書ではないのかな。
その風が単なる風ではないことを「森」を充てることで表したつもり。
説明だけでよければ風を通してでいいけど。
俳句してると説明はなるべく避けたがる。

エコエコ気分がなぜ悪い?
それは、森は別にエコな気分だけではないんじゃないの?
その発想がよくわからん。
キッチンに立つものにとって、キッチンがどんなところか?
なぜ、こんな時にキッチンを磨かなくてはならないのか?
森の風が吹いてきたからだろう。
作者は思う。

投稿: そらん | 2010年10月16日 (土) 17時30分

前からのつづき。

普段は携帯から書き込んでいるので長文は避けている。
応答の少ないのもそのせいだし、かささぎのコメント長すぎて、読みこなせない。
日記本文があっという間に後ろにいってしまったり。
長いおしゃべりになった。
さて、また静かに次を待とう・・・・。
パソコンをシャットダウンする。

>だし巻たまごよく巻かれ

わたし、このフレーズ、好きだったわあ。
いやべつに、出し巻きが大好きだからってわけじゃないわよ。笑

ところで、そらんさんのこの一句で、季語の斡旋の重要性を感じたわけですね。季語初心者としては。
そらんさんはここに秋冷や、をもってきた。
たとえばこれが「秋深しだし巻タマゴよくまかれ」であったとしたら。とか考えさせられたのね。
秋冷ということばから、なぜか赤提灯のさがった居酒屋で熱燗を飲む男が足先あれ?箸先だよ、箸先で厚くて熱いだし巻を食べてる風景が脳裏を掠めた。すし屋でもいいか。ただすし屋のだしまきは値段が高いから、やっぱ居酒屋にしとこ。肌寒さにふらっと立ち寄った居酒屋のだし巻。いいっすねえ。そろそろ熱燗が恋しくなる季節だもの。

ありがとう。この温度差をなんとかしましょう。
素材を分類。
発句、柿の木。植物。犬、動物。場の句。
脇、名所(あえて分類すればなどころ)、月、時分は夕刻。場の句。月は天象。
第三、人情句(人がでてくる句)、スポーツ
四、森、風(天象)、人情句(人事句)

以上できづくこと。脇と四句目、月と風が天象同士さわっている、とする連句人もいる。が、天象は天象でも、風は星や月などとちがって動体ですから霞などのそびきものに近い。私はかまわないと判断。気にならない。
むしろ気になる、発句に植物、森はいらない。それほど発句の力は強い。大打越(ニ句の車間距離)です。一句だけを読んでいない。さばきは常に一面単位でものをみている。全部をいわない工夫は、次の人のためにスペースを開けておくという愛情でもある。
そらんさん。捌の気持、わかって戴けたでしょうか。
ありゃ。もうパソコンしめるぞってかいてた。
そらんさんへ敬意を表して、そのままおいておきます。

※一晩たって、そらんさんのことばがかささぎの中で重くなる。
かれの俳句すべてに共通する叙情性、やわらかさ、やさしさというものは、このような感受性のなかから生まれいづるものなのだ。
それは決して、ファッションなんかではない。
ことばはゆるがない。

元山の太根の間に犬眠る  乙四郎
  有明坑をのぼる夕月    整子
秋うらら応援団に加はりて   恭子
  森の風入れ磨くキッチン  宙虫

五句目。雑。長句。どなたでもどうぞ。
季語はいれません。
これまで出たものはさけてください。

せいこさん、ありがと、たすけぶね。
秋冷の出し巻たまごよく巻かれ。という句。たまご料理の何気ないシンプルなものでありながら、作る人にとってはとても技術がいる料理で、一句から、細い眉の、女らしい女性がうかぶ。がさつなかささぎにはできない、家庭的なあじわいの料理であるわけよ。秋冷はその細かな作業をこなす気遣いの女性によーく付いていると想いませんか。
そのような季語を、こんな日常のさりげないものととりあわせて出してくるところに、中山宙虫のすごさがあるわけで。それが即ち俳諧。
ところで。あたしゃ、きのうから芭蕉時代の古い歌仙を読んでいて、こらあかんこらあかん。と何度も想った。いまの私達がやろうとしているものは、ほんとに俳諧だろうか?って。だってさ、あのころの俳諧って、表に、牛の糞とか、差別された人とか、そういうものがばんばんでている。なんかちがうんでないのかえ。って急に心細くなってきてねえ。いま、俳諧をやる意味はどこにあるんだろうかと。そりゃ、優雅な歌の世界、雅びな世界に心遊ばせるのはかっこいいかもしれんばってん。そうじゃないんだ。絶対。
かささぎは、伝統俳句と現代俳句との融合を連句のなかに見たい。それから、川柳と和歌、短歌、詩、それら全部の要素が入っているものをみたい。現代の問題も理想もぜんぶ、一巻のなかにとじこめたい。あと、さばきとしては、こまかなことをぐじぐじいうまい。(いってるよ!)

« 国際協力論講義(20) ゴール6:HIV/エイズ、マラリア、その他の疾病の蔓延の防止 | トップページ | 今日は中島内蔵助翁の感謝祭です。 »

コメント

こんにちは。
五句目>>
☆ 読書終へ浴剤香り仕舞い風呂
☆ 季は移り日差しやはらか散歩道

絵巻物に関心があるので、博物館に実物を見にいくのが好きです。
雅な絵巻物もすてきだけど、庶民の風俗性のあるものはかなりおもしろいので関心が湧きます。
道の隅で授乳してる女性や、大工の棟梁に叱られてる弟子、浮気がばれてかかあに棒で追い回されてるおっちゃんとか^^
歌仙も、かしずかれてに雅暮らす人々と、自分達で生活をまかなう庶民とでは並ぶ言葉も違ってくるのでしょうね。

昔「省エネ」、今は「エコ」ですね。省エネルックはいま何処?それにも懲りずエコエコアザラク、エコエコザメラクと騙される。
絵巻物はやはり「餓鬼草紙」「病草紙」「地獄草紙」が圧巻でっせ。ヒヒヒのヒッという世界。

えまさん、五句目ありがとうございました。
もうすこしまってくださいね。
季語がはいらないと、なににむかって句をかけばいいか、焦点がさだまらないようですね。季語はありがたいですよね。

絵巻物、ひひひのひ、ですか。牛裂きの刑の絵がもっともこわかった。

元山の太根の間に犬眠る  乙四郎
  有明坑をのぼる夕月    整子
秋うらら応援団に加はりて   恭子
  森の風入れ磨くキッチン  宙虫


1富くじを後生大事に蔵ふらん らん  人情自
2読書終へ浴剤香り仕舞い風呂  えめ  どう
3季は移り日差しやはらか散歩道  えめ 場

ぼんからまだでない。待ちます。
その間にすこし推敲について考えて見ましょう。
らんさんの元句は、包むらん、またはくるむらん。でした。去年調うたまるさんが出された句を思い出します。いつの日も布に包まれ花の魂(たま)。
それをしまうにかえてみました。仕舞うとも書きますが、蔵のほうがよいとおもいました。包むよりもっと強い。包むだとソフトなかんじがします。ゆめをそっとあっためるかんじです。ところが蔵だと、はなから当らないものと思っていて、いつか死蔵になるとわかっているような。それでもそれがあることで安心できる、というような妙な覚悟めいたものをかささぎは感じる。
えめさんの二句、少しごちゃついているように思うのは、未整理だからです。
いいたいことが多くて、焦点が結べていないような。
一点にしぼる必要があります。

読書終へ浴剤香り仕舞い風呂

読書を入浴中にしている人の句ですが、それとわかるでしょうか。おそらく、それぞればらばらに読まれる恐れがあります。読書をおえた、ということと、入浴剤が香った、ということと、仕舞い風呂に入った。ということの三つもを一句につめこむのは、ムリがあるかもしれません。
仕舞い風呂だけに焦点をもっていく。あるいはながら読書だけにか、または入浴剤だけにか。風呂の句はおもてでみかけたこともなく、珍しい。

季は移り日差しやはらか散歩道

これは季語はなけれど、春か秋だということを暗示させる句です。それは「日差しやわらか」があるからです。ここはこういう時分の、季節をあらわすことばは出さないほうがいいかもしれません。というのは、まえを読んでみますと、夕月(夕方の月)、とか秋うらら(秋麗)がありまして、それは時分の句ともいうことができるから、それにさわってくるところがあるからです。
まだ慣れておられないので、どんな雑の素材を詠めばいいか、見当もつかないのかもしれません。

一つえめさんの句で気づいたこと、それは句のリズムが間延びしてきこえること。だらだらとつなげている印象、これは損です。
一箇所の断層を作ることでそれはかなり違ってきます、やってみると、

読書終へ香る浴剤仕舞風呂
うつりゆくものみな(やさし)散歩道

散歩道の句は推敲したらきっともっとずっとよくなる。カッコ内のことば、やさしではありきたりかも。
日差しとか季節とかは入れない。それはさきほど書いた理由によります。無駄なケチをつけているわけではなく、やはりどこか気になるさわりがあるから言っているわけで。

リルケにこんな詩があるんで、紹介します。

秋  
   リルケ
   望月市恵・訳

葉が落ちる、はるかから落ちるように、
はるかな空で庭が凋落するように。
否む身ぶりで落ちる。

そして夜は、重い地球が
星の群から離れて孤独のなかへ落ちる。

私たちのすべてが落ちる。この手も落ちる。
そして他の者を見よ、すべての者のうちに凋落がある。

しかしこの凋落を、限りなく優しく
両手にとどめてゐる者がある。

元山の太根の間に犬眠る  乙四郎
  有明坑をのぼる夕月    整子
秋うらら応援団に加はりて   恭子
  森の風入れ磨くキッチン  宙虫
音のない絵から生まれる波の音  呆夢

これを。いただきました。
ここは場の句がほしかったし、名詞止がうれしかった。内容もですが、かたちにすごくこだわるかささぎです。わかってやってくださんせ。
音がでました。
つぎは折端です。ふつうなら宙虫さん専門でしたが、もうでましたので。
七七で夏または冬。どちらでもいいですよ。
おねがいします。

「病草紙」、あれから気になって調べたら、今は巻物としてではなく、切り離されてあちこちに保存されてるそうです。

侏儒、せむしの乞食法師、白子、鼻黒の親子、二形(ふたなり)の男、口より屎する男、霍乱(かくらん)の女、陰虱(つびじらみ)をうつされた男、尻に穴多き男、眼病の男、歯の揺らぐ男、小舌のある男、風病の男、顔にあざのある女、不眠の女、眠り癖のある男、口臭の女

そして私が教材に使ってる「肥満の女」(金貸しで儲かって、うまいもの食い過ぎて一人で歩けなくなった様子を描いてある)は何と福岡市美術館にあるそうな、こりゃ見に行かな。

折端、質問!

>七七で夏または冬。どちらでもいいですよ。

「夏」でもいい、というのがよくわかりません。
さっきまで秋だったので・・・

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 国際協力論講義(21)ゴール7:環境の持続可能性確保:

« 国際協力論講義(20) ゴール6:HIV/エイズ、マラリア、その他の疾病の蔓延の防止 | トップページ | 今日は中島内蔵助翁の感謝祭です。 »

最近のトラックバック

2020年3月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31