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2010年9月24日 (金)

神崎さくらさんのお便りから

このところ生活に翻弄されて父のことを書くにはエネルギーがなかったんですが、先日もまたニューヨークさんが帰国し、一緒に神社に行きその後、カフェでハンバーガー食べながら、原爆の話とか、そんなんばっかり2時間も3時間も話して英気をもらいました。もう少し丁寧に生きようって。(どんなん?)

政則さんが特攻隊の宿舎で熱を出したとき看病してくれたのは渋谷幽哉さんよ・・・・と、遠くニューヨークに長く住み続ける他人のニューヨークさんが私にこう言う。
なんであなたが???と思わずにいられない。

それにしても9月生まれ多いですね。この仲間。

原爆の俳句誌ありがとうございました。
選者の中に金子兜太さんがいらっしゃるのが目につきました。

「僕は二十年夏兵士だった」の本に登場されています。

まえがきから
金子兜太
賭博・男色、殺人・・・。
南の島でわたしの部下は何でもありの荒くれ男たち。でも私は彼らが好きだった。

南方でとても豪放磊落で人間味あふれる包容力のある上官だったようです。
日ごろ俳句界で見かける金子さんのイメージがぜんぜん変わりました。

でも私たち戦場というと毎日毎日爆弾に追いまくられ打ち合いや逃げ回ってる風景しか思い浮かばないけど、年がら年中交戦しているわけではないので
和気藹々とした職場のような日もありいい上司もいて険しい思い出ばかりじゃなかったってことでしょう。

橋爪一郎戦記読んでもそう思います。

さくらさん、コメントありがとうございます。

そのニューヨークさんのこと、おりにふれて書いてくださいますが、さくらさんともふしぎなえにしの方なのですね。

さて、長崎忌平和祈念俳句大会へのご参加ありがとうございました。

余り句会へ参加したことがない私は、募吟への投句もこれ以外はやったことがありません。しかし、全作品を掲載されて、選者の選考も透明なので、それぞれの選者の声、作品の数々、それから原爆をとりまく社会意識の勉強になるなあと思っています。せいじがらみで語られがちな句材ですが、だからこそ、というかなあ。

詳しくは存じませんが、金子とうた先生は若い頃日銀の長崎支店で銀行員をされていて、九州俳句誌にもかかわっておられたと聞いてます。

そのころの代表句

銀行員ら朝より蛍光す烏賊のごとく  金子兜太

また、原爆を詠んで優れた抽象世界を構築したとされる句に

湾曲し火傷し爆心地のマラソン      金子兜太

があります。(この二つはかささぎ頭にも収納可。)

兜太先生が選者にいらっしゃるのは、その縁であろうと思います。
長崎忌平和祈念俳句大会の案内は九州俳句誌からいただきました。(たちきでも、てんらいつうしんでもあるようですし、九州の現代俳句系、伝統俳句系限らず多くの俳誌で案内はあるのでしょうけども)。
でも、ふしぎですよね。長崎忌平和祈念の俳句大会はあっても短歌大会はないようです。

かささぎがひそかに思うに、俳句のとてつもない短さのほうが、長崎忌の闇のふかさには合うのではないだろうか。
言葉は短かければ短いほど、抱える闇はふかい。

金子兜太;
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%AD%90%E5%85%9C%E5%A4%AA

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コメント

チリの鉱山労働者の日記に出版社が600万円の値を付けたとか。1日あたり10万円。
日記を付けている当人には、それが将来そのような価値あるものになるという自覚はなかったでしょう。記録を残すという作業がいかに貴重なことであるか。

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