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2010年8月16日 (月)

戦争の話(2) 橋爪一郎従軍記

保健医療経営大学学長

 橋爪 章

2010 年 8 月 16 日 戦争の話(2)

<橋爪一郎従軍記>

上津荒木(こうだらき)の池の深さの巻

 もうすぐ紀元節という二月七日は特に寒い日でした。夕食もそこそこに、私たち初年兵は、鉄砲かついで、いつもの演習場(けいこば)である高良台方面へオチニオチニのかけ足出発、あたりは一面まつくらやみです。背の一番高かった私は鬼中隊長の荒川中尉(鬼はあだ名、荒川は本名)のすぐ後について走ればよいのであまり疲れませんが、背の低い方は、列が長くなったり急にいそいだりしていつも苦労しています。その日は、どこをどう走ったか、西の方から上津荒木小学校横の池の所までやって来ました。手先と耳たぶだけつめたくて、体はぽかぽかです。

 中隊長やにわに空までとどく大きな声で「今からこの池の深さをはかる。どうするかッ?!」誰かが「さおを立てて調べるであります。」「なわに石をつけてはかるであります。」私は「石をなげて音でしらべるであります。」と答えたとたんに、「橋爪二等兵はかれ」とものすごい命令です。石は「ドボン」「パチャン」と太さで音も様々です。「馬鹿者ッ学校の先生はだめだッ。」二、三人笑っています。

 その時でした。猪ノ口二等兵が「中隊長殿」と言うが早いか、池の中へざぶざぶと這入って行ったのです。中隊長は「そうだッ!!続け!!」の号令一下、腰の軍刀サツと抜いで、首までジャブジャブ。私も首までずぶぬれ、しかし背の低い方はひざまで位。「この池は渡らぬ」の隊長の命令で引き返しましたが、その池は思い出です。

(保健医療経営大学『学長のひとりごと』より引用しています。)

▼かささぎの独り言

たのしいはなしのようにかかれています。
つい、わらってしまいます。
橋爪章学長の父上は、生き生きとした感覚的な文章を書かれますね。

きのうの西日本新聞に、久留米の肉弾三勇士のことが調べて書かれていました。

与謝野寛の歌がありますよね、有名な。
前の職場で現場に立たされたことが何度かありましたが、ある日、旗崎の信号近くの三叉路に立つときがありました。じっと立つんです。りっしょうけいびみたいに。で、少し仲良くなったご近所のおばあさんにいろいろとたずね、おしえてもらえたのが、あのこんもりとした杜は山川招魂社といって、その肉弾三勇士の霊をまつる社があるとのことでした。
戦後、ことごとくそういう話は否定しまくりの風潮になっていきますが、。
じっさいは、やっぱり、ほんとうに、ばくだんの重たいのを三人で抱えて敵陣へ突っ込んでいったもののようです。
その勇気、やはりやはり、称えるほかないのではなかろうか。
と、かささぎはその話を知って、思います。

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