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2010年8月30日 (月)

戦争の話(16) 橋爪一郎従軍記

保健医療経営大学学長

 橋爪 章

2010 年 8 月 30 日 戦争の話(16)

<橋爪一郎従軍記>

   いやな思い出かずかずの巻

 満州三〇六部隊でのいやな思い出を思い出すことにしました。何と言っても、いやな思い出、ふんどしを口にくわえて立っていなければならなかったこと。兵隊にはサル又はありません。上等兵の何の気のまちがいか、急にふんどし検査があって、「臭い」ということで、一等兵全員ふんどしの取りかえ、そして今まではいていたものを口にくわえて立って並びました。タオルならとも角、ずらりとなびいた白い布、一体戦争と何の関係があるのかわかりません。

 雨の日に、外での演習がない時は、内務班勤務といって大掃除や銃の手入れがありますが、それでも、ひまが余って上の位の者は手持ちざた、そんな時は一等兵がよい遊び道具です。柱にしがみついて、チーチーチーとせみの鳴きまね、時には、寝台の下のせまい中をホーホケキョと言いながら鶯の谷わたり、横木の柱にぶら下って、油汗が出るまでミノ虫のまね、落ちると「糸も引かんで落ちるミノ虫は新品種やね、何言うて鳴くか言うて見い。」六ヶ月間ほとんど毎晩たたかれて、口の中は黄くただれて、からいおかずを食べるのに苦労しました。一番痛かったのは、金の鋲(ビョウ)のついた営内靴(スリッパ)で打たれた時で、目からピカピカッと光りが出て、それから先のことはおぼえません(気絶)。夜の九時から朝の三時頃までぶっ通し六時間ばかり腕立てふせをした事も、二つの山をほふく前進(いざって進む)した全員が両ひざ血だらけに皮がはげてしまったことも悪夢のような思い出です。比ぶれば戦争はもっと楽なものでした。

1963年八女郡辺春(へばる)中学校『学年通信』より転載

(保健医療経営大学『学長のひとりごと』)

▼やはり。

表現が時代に合わせて明るく軽く変えられている。
それは橋爪一郎氏のおもいやり。

内容は、くらく重い。

かなしい、つらい、ひどい。
司馬遼太郎が怒り狂っていたのも頷ける。

きょう、かささぎが出張して書き込んだ(りかさんブログ)
食についてのある兵士の回顧談も、ここに貼り付けておきます。
http://chaorica.blog92.fc2.com/blog-entry-234.html#comment786
(ちょうどりかさんのお誕生日、そして亡き大浦みずきさんのお誕生日だったんですね。おめでとうございます、いい損ねた。)

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コメント

兵士回顧談にあるスラバヤには一週間ほど滞在したことがあります。

なんでどす。

救急病院のODA
    ↓

スラバヤと聞いて思い出すのは、森繁主演の超B級映画「スラバヤ殿下」、見たことはないですが。あ、つまらない話でどーも、すいません。


あの吸いつき、ほとんどスッポンじゃねーか!!!!

チ■ポに食いついたら、なかなか離してくれねーしwwwww

結構お金もらえたけど、チ■ポ吸われすぎて真っ赤になっちまったよwwww

http://7e9bzl7.ray.furuban.info/

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