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2010年8月30日 (月)

森山光章 『小説 奴婆多麻能〔誼〕の改變』

小説 奴婆多麻能〔誼〕の改變
(しょうせつ ぬばたまのよるのかいへん)

   森山光章・著

 わたしは涴(か)かねばならない。わたしは、涴くことしかできない。
わたしには、涴く力動しかないのだ。ただ涴くことのみが、〔終わり〕の闇に〔本地〕を開顕する。わたしは、終わりの闇の中で涴きながら、終わりの美那曾己(みなそこ)へ、終わりの狂気へ降りてゆく。
 それは〔終わり〕の、最後の〔誼〕である。わたしは、その〔終わり〕の、最後の
〔誼〕に死につづけなければならない。それは〔佛勅〕である。しかし、わたしは、〔終わり〕の闇から〔終わり〕へ、現前しつづけながら、「宇津之(タラズ)」に對する最後の[改變]を企略する。この[終わり]尽した[宇津之(タラズ)]を最後の〔誼〕へと[改變]するのが、わたしのもう一つの[責務]である。そう、そこには、[諾]だけがある。[梅花]に雪が降っている。[久遠]である。わたしは、[終わり]の闇から、[終わり]へ、出立する。

 (森山光章氏へのおわび;小説冒頭の引用ですが、かささぎの技術では濁点を施すことができません。以下、気になる箇所を少し引用します。)

 〔梅花〕に雪が降っている。この〔終わり〕の闇に、「月余見(つくよみ)」が煌(ひか)っている。それは、わたしである。「太陽」などではなく、「月余見」が煌る〔終わり〕の闇に、〔梅花〕が匂う。〔久遠〕である。〔梅花〕とは「詩」である。わたしの〔終わり〕の砕滅のなかから、〔終わり〕の言の葉が、「詩」が寂(しろ)く現前してくる。〔終わり〕の言之葉とは、単なる言葉ではない、〔行為〕である。この最後の〔終わり〕の言之葉は、「世界権力(タラズ)-ユダヤ」に抗する。終わりの言之葉だけが、悍ましき「世界権力(タラズーユダヤ)」に抗することができるのだ。それは、「有」ではない。「無」ですら無い、〔無い〕である。「時」は、来るところまで来ている。だから、〔久遠〕なのだ。「久遠即末法」なのである。現在(いま)なのだ。〔改変〕の時が来ている。わたしは、〔終わり〕の闇から〔終わり〕へ出立する。そこには、最後の〔諾〕だけがある。

「世界権力(タラズ)-ユダヤ」は「魔」である。 「世界権力(タラズ)-ユダヤ」は四重五重の〔騙し〕によって、「宇津之(うつし)」を支配ー管理する。「人間」は〔情報的存在〕である。タラズのメディア、教育、宗教によって、〔洗脳し〕、「民衆」を支配の〔円環構造〕に内閉する。「民衆」はその外部に出ることはできない。そこには〔家畜(ゴイム)の死〕のみがある。

わが道真は「像法」時代の「提婆達多」である。〔青龍(あっき)〕と化したあなたは、権力(タラズ)を砕滅した。〔道真〕は『法華経』を基底に置いていた。〔提婆達多〕は〔南無妙法蓮華経〕の異名である。ここに、〔ある〕の最深部がある。(これでいいのだ。)わたしは、〔終わり〕の闇から〔終わり〕へ出立する。〔本有化した〕〔提婆達多〕しか、この「終わり」尽くした「宇津之(タラズ)」を〔改変〕することは出来ないだろう。〔悪〕の〔本質化〕が、タラズの「悪」を砕滅する。〔提婆達多〕の〔本地〕は〔文殊〕である。〔文殊〕は「佛の九代の師」であり、〔古佛〕である。〔梅花〕が〔終わり〕の闇に匂っている。日蓮は述べる、「提婆達多は釈尊の本師」と。(これでいいのだ)。〔久遠〕である。〔ある〕が、いや〔無い〕が〔終わり〕の闇に煌っている。わたしは、〔終わり〕の闇に立つ。

  

平成22年8月15日 不虚舎 発行

提婆達多(だいばだった、Skt:Devadatta、デーヴァダッタ、音写:提婆、調婆達、調達、訳:天授、天熱)は、釈迦仏の弟子であったが、後に違背したとされる人である。
釈迦のいとこだったらしいが、あるときから袂をわかった。  と説明があるのを読みますと、嗚呼、仏教も俗。と安心します。これまでにダイバダッタを演じた役者、勝新太郎。とあります。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8F%90%E5%A9%86%E9%81%94%E5%A4%9A

著者 森山光章氏 紹介

1952年福岡県小郡市生まれ。
(かささぎの旗でおなじみの神津呂伊利氏とは高校の同窓生らしい。また、小説家の帚木
蓬生(ははきぎ ほうせい)氏は兄上
個人誌「不虚(ふこ)」発行。著書多数。
「俳句空間」新人賞。河東碧梧桐賞。

▼こまったこまった、こまどり姉妹。のまき。

わからん!さっぱりわからん。(でも、少しはわかります)。

これは明らかに、反ユダヤの意図を持った、きわめて強い政治的アッピールの書です。かささぎは、太田竜のいくつかの著書を読んだことがありますが、通じます。ユダヤの陰謀説。するすると解ける部分がありますものねえ。あれだと世界の読みがね。

たとえば、かささぎは以前、九州俳句誌上において、こそこそと暦論というものを書かせてもらったのですけど、あるとき、アメリカの暦が九月に新学期を迎えることに気づきました。これはユダヤ暦の影響みたいです。経済を牛耳っているのはユダヤ人だと知ってはいましたが、ツインタワーの爆破、はたまた、隠れユダヤ人のヒットラーのおかげで間接的にユダヤ国家が建設された(とユーチューブの人はいっていました)ことなど、まさに目からうろこと思わせられます。

なんでかねえ。ちょうどのときにね。なやましい。

かささぎは香川宜子先生にどういう顔をしたらいい?

あ。そう。そのまま、そのまま。ね。
うう。よしこというお名前までが、誼という文字の右側のつくりだわ。
最後まで読み進むとでてきます、最後まで行かなくても出てきます。
誼とかいて、題名では、「よる」とルビですが、「あい」とも読ませる。

べつに、なにも、おそれることはない。

一見、このお二方は正反対の方向からやってみえたようにみえて、実は、おなじ星からみえたのかもしれない。かささぎは、そう思うことにしよう。

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コメント

森山さんは塾やってる時、S会の活動というか、折伏というか、そんなことも盛んにやりござったそうな~あくまでも又聞きで、ホントかどうかは責任持ちませんよ。でもこの記事を流し読みして、最初に思い浮かんだのははその伝聞情報でした。

私もそう思った。昔ちょこっとかじった事がある。試験も受けて、めったに通る人がいない試験に通った4人のうちの一人だ。全部忘れているけど。
私から言わせれば・・・病気だ。

ろいりさん。ぼんさん。こんばんは。
うーん。びょーき。。。ですか。そうかなあ。
おお、いま、テレビにイーグルス。ほてるかりふぉるにあ、うたっています。いいうたねえ。
many of rooms at the hotel califonia・・

かささぎはがっかいが嫌いですが縁がありますね。
森山さんがにちれんしんじゃっぽいのはすぐわかりましたが、作品の中でぞろぞろとその言葉が出てくると、これまではあれるぎーがおきそうだったのに、こんどはそうでもなかった。なれてきたのだろうか。
かんがえてみればよ、宮沢賢治もそうだったし。まったくタイプはことなりますが。

むしろ気になるのは、小説、詩、俳句、短歌とスタイルが違う作品を次々に出されるのだけど、それが全部おなじように感じられるのは、常に変らぬ使用言語と「」〔〕それと強調のドット多用のせいだと思いました。かささぎはそれに苛立ち、こんなことあってはいけないのですが、人の作品に手をいれてしまいました。作品を引用するというのは、決していじってはいけない、まちがいがあってさえ、。わかっているんです。いじっているわけではなく、時間が足りない中でやったので、という大義名分をたて、かささぎには一切不要とおもわれる、カッコをぜんぶはずしてみた。
すっきりした。なんといいますか、武装しすぎとおもう。
だいじょうぶだから。そのままでいいから。そういいたくなりました。ほたっといて。といわれそうだけど。

やはり、元の表記へ敬意を払って、注意深く、「」〔〕るび、つけました。安堵しました。
意味が、こめられている。それは作者の深いところから、きている。かささぎには、よくはわからなくても。

日蓮上人の伝記を読んだのは小学生の時でした。
色んな苦難にあい島流しにあい、、海の岩の上で嵐の中で南無妙連華経をあみだした・・記憶ではこんな感じ。
日蓮を祖とする宗教はたくさんありますね。
今調べたら伝統宗教と新宗教と区別されています。
おきらいなのは新宗教のほうにありました。
宗教にはまるで無関心なのですきもきらいもありませんが、祖母がしばらく立正佼成会(こちらも日蓮系かな)に入ってました。長引く病気を持っていたので人様に進められて。
庭野日敬氏の頃です。
小学生の時何度か大きな集会にくっついて行った事があります。
久留米でのお祭りの時(信者さんかな?)女性歌手(オペラ?)を見ました。
顔は浮かぶけど名前が出てこない・・(^^ゞ

boutique思い出しました。
石井好子さん。シャンソン歌手。お父様は久留米の石井光次郎氏。

石井さん、なくなられてたのですね。
今日の夕刊(西日本新聞)で知りました。

石井好子さんは石井光次郎の娘でしたか。
久留米の人だったんですね。親戚に朝吹登水子さん。娘時代、この人の翻訳で左岸の小説のほとんどをよみましたっけ。あ、サガンです。

日蓮ではなく、いけだだいさくがにがてなだけです。
かささぎはいま、倫理という宗教めいた修身誌を毎月読んでいます。義務ではなく、そこにおいてあるから、つい。ほら、はやおきかい。今年元旦にかんさんほか、政治家の目立つ人たち数人がこの会で挨拶していた。どのくらいの寄付が積まれたことでしょうか。私は罰当たりでちーともなーんも拝まないけど、信仰心が厚くてやっていることが悪そのものって人よりはましなんじゃないかと思うときもあります。

ところで。森山みつあきの思考。
突然、わがみちざねは。というだよねえ。
え。どうしてここにすがちゃんがでてくるの!って、目が点になるんですけどね。
すがわらのみちざね、ほけきょうしんじゃだったの。おんみょうじかとおもった。いや、おんみょうじにしゃくふくされる、あくりょう。「提婆達多」というので、まっさきにかささぎの脳裏にうかんだのは、だいだらぼっち。おなじものだろうか。勝新が演じたとありますが、だいだらぼっちはもののけ姫にでてきたよね?

それで、結論です。

ずうっと同じ調子で「小説」は最後まで続いていくのですが、おなじことば、「梅花に雪が降っている。」というのが折々にリフレーンされるたび、どんどん意識の深層におりていく、という構成になっています。
何と申しましょうか。かささぎは森山さんを「くるひをむかへる詩人」と位置づけていましたが、ぜんぜん普通です。結句の、「これでいいのだ」までが、赤塚不二夫のせりふからの引用めいて、重厚さという厚ぼったい時代おくれの綿ふとんの重圧からすぽんと「ぬけ」をはたしている。かれはかく。
まず宇津之(このよ)の深層構造をしることがすべての始まりである。すべての学問はこの深層構造の覚智を基底におかない限り、すべてゴミである。それはタラズの犯罪でしかない。
抗しなければならない。久遠である。始まりである。
普通であることが、この地獄を破砕する。
梅花に雪が降っている。(これでいいのだ)。

史実から言えば、菅原道真が法華経信者とは思えないし、ましていわんや陰陽師でもない。彼の超能力が恐れられたのは、死後怨霊化してからです。
日蓮宗からもどの宗派からも、宗教からも、結局対立その他による枝分かれは世の常、政治家の派閥抗争と似たようなもの。そして考え方の近いもの同士が、より対立が激化するのです。大作さんたちも、ローマ法王などとは仲良くするが、日蓮正宗が最大の敵。ユダヤ教もイスラム教もルーツは同じなのに今や、世界を二分する敵同士。
それから、今や日本の本流を占める浄土真宗や日蓮宗、あるいはもっと古い真言宗だって、今風に言えば当時のカルトですよ、伝統的ユダヤ教徒から見れば、イエス・キリストもカルトの伝道者だったから恐れられ、死刑になったと考えられる。

話し変わって石井光次郎、前にコメントしたでしょうが。彼は自民党総裁選に出馬し、その時の1位は岸信介だったが、石橋湛山と石井の2・3位連合でリベラル派の石橋を総裁・首相としたのです。しかし残念ながら石橋は病に倒れ、A級戦犯容疑者であった岸信介が強引に安保改定を推し進めた結果が、60年安保闘争へ。というわけです。歴史に「IF」は禁句だが、もしリベラル派石橋が総裁・首相を続けていたらどうなったか?ほんで以前コメントしたように、なぜ五穀神社の胸像には石井光次郎のがなくて(なくてもよいが)、汚職政治家楢橋渡の胸像があるのか?この先胸像を入れ替えたり増やしたりすることはないのか?なんにせよ不思議でござる。いっそ、松田聖子・藤井フミヤのも作ったら?古いけど戦前の大スター藤田進も。よかった鮎川誠もね。

上記のコメントの最後、「よかった鮎川誠…」は「よかったら…」の間違い。なんかなし、五穀神社の胸像のうち、楢橋渡だけが異質な存在ということを言いたかったのだが、いったいこの胸像はだれが選んで作ったんでしょ?
「ホテル・カリフォルニア」を、25年前ぐらい前に同僚と作ったバンドでやったことは、前に言ったことあるでしょうか。最初は私が歌うはずだったが、ベース弾きながらは歌いきらんで、ドラムにヴォーカルを譲ってしまった、せっかく歌詞覚えたのに。で、その頃、夜中眠ってる時に「そちらはホテル・カリフォルニアですか」という電話がかかってきて、こちらは寝ぼけ眼で「いいえ」と答えた不思議な出来事がありました。あとでわかったのは、市内に局番の数字が1つ違うだけの、「ホテル・カリフォルニア」という名のラブホが、家のわりと近くにあるとわかって問題解決。
この歌の歌詞の中でも一番気になったのが
「We haven't had that spirit here since 1969 」
(1969年以来ここにそんな酒=スピリッツは置かなくなった)という部分。つまり1969年からはspirit=精神・熱情etc.はなくなったという意味に通じ、やはり米国社会の転換点が日本よりやや早めに来ていたことをあらわす、というのが私の当時の深読みでした、チャンチャン。

ろいりさん。法華経関連の説明、どうもありがとうございます。宗教のことは、ほとんど、そうですね。

それに、久留米の年配の方に尋ねますと、石井光次郎さんのことは独特で、鳩山兄弟などとは全く格が違っていた政治家だった、と例外なく絶賛されます。よほどできたおかただったんでしょうね。

そりゃそうと。少年飛行兵だったという人に、むかしの久留米の話をきくのが、いま、いちばんの楽しみです。
こんなはなしを今日、ぽろりともらされました。
こうらだいにはみさいる基地があるから、もしものときには、まっさきにやられます。と。

ひえ~そうだったの。
さもありなん。だから、立ち入り禁止なんですね。
まったくそういうことは、想像さえしたことがありませんでした。軍事は機密だから、。だけど、近くに住むものとしては知っていたい。基地には何があるのかを。それとも、何にも知らないほうがいいのだろうか。

楢橋渡。きいたこともありません。
高田渡なら名前だけ知っている。

日蓮つながりで石井好子さんを50年ぶりに思い出したら、開いた夕刊にドレス姿で載ってあったからとても驚きました。
1969年頃は映画も音楽もいっぱい充実していました☆
久留米や筑後地区は芸能人や関係者の宝庫ですね。
昔のある日、自転車姿の「赤影」さんとすれ違いました。
亡くなった伯母は石橋凌のお母さんとお付き合いがありました。
以前、知り合いの知り合いは芸能人って番組があったね♪

いつもえめさんは予知。↓

楢橋渡さんの名は、選挙の時聞いていました。何の選挙だろう。わからん。

そりゃ衆議院議員選挙でしょう。昔、石井光次郎の応援演説で石井好子が来ていたというのも聞いたことあります。
石橋凌は、城南中・久留米高校とうちの愚妻が同級生で、「石橋君」呼ばわりしてます。これ、前にコメントせんやったかな?中学2年で初めてバンド、というよりフォークグループを作って文化祭に出ようかという時、ボーカルばせんね、と誘われたけど、人前で歌うやら恥ずかしゅしてでけんよ、ち言うて断ったらしい。ありゃりゃ、そん時一緒に出とったら今頃自慢話の一つにできたとに、と言ったら、それもそうやったねと笑い転げておりました。

いしばしりょう。というひとは、おくさんがはらだみえこでしたね。それだけしか、しらん。いしばし姓は結構おおいですね。
山本健吉の石橋と、ブリヂストンの石橋とは、無関係なんだろうかな。

ちなみに石橋凌の本名は、石橋秀樹と言います。おや、このブログの中で似たような名前が…でも石橋は多すぎるから。

ろいりさん。
石橋多いです。
話せば長いことながら、杉山洋先生たちが秀野没後50年の行事をされていた十年ほど前、福島の石橋養元旧居(八女の町の目医者さん。この人の養子でした、健吉のチチの忍月は。で、ここがしばらく秀野資料館でありました。堺屋の向かい。健吉はここに少年の頃来たことがあった、川でも泳いだ)で、石橋一族の族長みたいなおじいさんが、わたくしどもは星野に本貫があってどうのこうので、過去数百年、ほとんど医者の家系、親戚もみな医者だってなことを話されました。
えめさんが「その歯医者さんはお堀のそば」っていわれたとき、もしやその人が挨拶されたのじゃなかったかなって。どんな医者もそろっている、てなことをおっしゃったから。
あーだけど。かささぎの耳は節穴ですからねえ。
実は大ショックだった。まちがいを書いてしまって。
なんで逆に覚えてたんだろう。ほんとは秀野が口紅をはみだしてつけていたのに、与謝野晶子がはみだし口で、秀野が先生の口紅はみだしてます、って注意した。ってふうに記憶していました。
思い込みがあったのでしょう。
秀野は化粧して学校へは行かなかった、と。
あの時代、昭和初期、大学生の女生徒なんてほんとに珍しかったでしょう。私はずっと女生徒ばかりだと思い込んでいた。文化学院。(震災をはさんで御茶ノ水から神田に移転するんだったか。虚子は鎌倉から省線の御茶ノ水駅で降りて、ゆっくりゆっくり歩いてきた、と書かれている)
中学部の卒業アルバムは華やかな女の子ばかりです。ところが大学部の写真になると、男子もまじる。あれ!?
大学部は共学なんだ、と驚愕。ひでのさんはけんきちさんにみそめられるまえに、もしかしたら、同級生の亀山文夫にみそめられていたのでは、という線も充分ありうる。(すぎやませんせい談)


でも、杉山先生があとでいわれたことがいい。
どっちにしろ、晶子も秀野も似たようなタイプですよ。って。
俳句や短歌の本筋とはまったく関係ないこと、だけどこういうことが妙に気になるんです。っていうのも、人間性が剥き出しで現れている気がするから。どんな作品よりもね。

ここを六分余り、そのご、社会保障審議会を三分弱。
読まれていましたので、悪党かささぎはあとをつけました。
読み返してみますと、おもしろいです。

水月さん、降参かもなあ。
法華経ちゃ、なんですな、ち、尋ねたとです。

真宗のお坊さまにです。

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