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2010年8月23日 (月)

弟さんの死

連句仲間で歌人の山下整子氏の末の弟さんが、まだ五十にもならぬ若さで突然亡くなったという。
突然に逝かれることほどショックで悲しくつらいことはありません。
それまで普通に空気みたいにそこにいたものが。
息ができないくらいのかなしみ。
ことば、でません。

昨朝、真っ先に31文字倉庫へ行ってそのことを知り、愕然としました。
かささぎの手際の悪さから、17日にとめがきを突如依頼して、18日朝それを書いてもらったばかりでした。
次女一家が来ているので、ちょっと忙しいという話だったのですよね。
でも、かつてないほどのブログのお休み。完全な沈黙。これはどういうことだ。

と心配でたまらなくなり。毎朝毎夕、ブログをのぞいていました。

http://tanka-souko.cocolog-nifty.com/blog/2010/08/post-fb87.html

なくなったのは、とめがきを書いてもらった次の日、19日だったのですね。
(なんという幸運な留め書き。一日遅れていたら、書いてもらえなかった。音彦さんとらんちゃんの結婚を祝うとめがきでした。)

慎んでお悔やみ申し上げます。
心中いかばかりかと、お察し申し上げます。

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コメント

ひめ、ありがとう。
やっと、パソコンに向う気持ちになりました。

>17日にとめがきを突如依頼して、18日朝それを書いてもらったばかりでした

そうなのです。
わたしもじつはそのことに必然性というものを感じたのでした。あの留め書きはわたしが書くべきものだったってことでしょう。その時間を弟が残してくれた。

19日午前3時、救急車で病院に運ばれたときはすでに心肺停止の状態だったようです。母から電話をもらってかけつけたとき、実家には母とふたりの姪っ子がおろおろしながら留守番をしていました。義妹から運ばれた病院先で心臓マッサージをしてもらっていると報告を受け、あわてて弟のこどもたちを病院に運びました。義妹からの電話で、弟の病状の深刻さが推測できたからです。弟の意識はとうとう出ないままではありましたが、父親の死に目に立ち会わせることはできました。姉として、大切な役目をひとつ果たせたのではないかと思います。

>あの留め書きはわたしが書くべきものだったってことでしょう。その時間を弟が残してくれた。

僥倖とはこういうことだとおもいました。
きのう、らんちゃんがその件で電話してきたのですが、ついこのことまで話してしまいました。

連句の会は緩やかなしばりのない結合ですが、これでなければというものがこの世には厳然とあって、それに気づくことを人は運命とよぶのかもしれない。

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