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2010年8月12日 (木)

被爆者の手当について                 医療特別手当、特別手当

保健医療経営大学学長

 橋爪 章

2010 年 8 月 12 日 被爆者の手当について(医療特別手当、特別手当)

<医療特別手当、特別手当>

健康管理手当は、放射線の影響の可能性がある疾病にかかっている被爆者で、「原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかなもの」以外を支給要件とした手当でしたが、健康管理手当の支給要件より踏み込んで「放射能が原因で病気やけがの状態にある」被爆者に対しては医療特別手当として月額137430円が、その病気やけがが治った被爆者に対しては特別手当として月額50750円が支給されています。

健康管理手当と異なり、放射線の影響が原因であるか否かが認定のポイントですので、審査会に専門的な判定を委ねる仕組みとなっていますが、審査会の判断と裁判所の判断とが異なるケースが相次いでいます。

認定についての根拠条文は「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」第11条にあり、

「当該負傷又は疾病が原子爆弾の傷害作用に起因する」ことが認定要件です。

放射線との関連が強いとされる「がん」であっても、日本人の半数が「がん」に罹患する中、明確に原子爆弾が原因だといえるものは少ないでしょう。

実際的には、原子爆弾が原因である可能性が高いか低いか、どのあたりで線引きを行うかの判断(基準)に帰結する問題かと思えます。

被曝線量が多いか否かが線引きの拠り所となるかと思いますが、どのくらいの被曝線量であればどういう病気になりやすいかについては、日米共同運営の(財)放射線影響研究所に豊富な研究の蓄積があります。

(保健医療経営大学「学長のひとりごと」)

▼かささぎの独り言

いまさらなんだけどもさ。

かささぎは下品な鳥ではあるし、正直なところを言わせてもらうけどね。
なぜ日本はこの原爆手当ての一切合財を一国で負い、「落とした国」へ損害賠償を求めなかったのだろうね。

そりゃ、アメリカはこの戦争は連合国の自由と正義を守る戦いだった、そうしなきゃ戦は終わらず、もっと甚大な被害が続くことが懸念された。と主張している。

だけどもさ。

きのう、高橋甲四郎先生の書かれた一文(光とアインシュタイン)を読んでいたら、その目的のためなら広島だけで済んでいた、なぜ長崎にまで落とす必要があったのか、それは広島型とは違うげんばく、プルトニウムを使ったげんばくを実験したかったという、ただそのためだけではないのか。と。かささぎも、その通りだと思いました。

しかし。
さくらさんのコメントで今年初めて知ったことですが、朝鮮戦争でも原爆を落とせと命じたトルーマンを、日本にいてその被害の実情を目の当たりに知ってしまったマッカーサーがとめた、という話。これは人としての真情にあふれたいい話です。
お盆。
いろんな思いが胸にせめぎあいます。

日本はアメリカに賠償をもとめない。
半島は日本に賠償を求めてやまない。
そして今年の政権も靖国神社に鎮もる軍人のみたまたちには一言の礼を伝えることさえしないそうです。

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コメント

>日本はアメリカに賠償をもとめない。
>半島は日本に賠償を求めてやまない。

そして「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」って
誰が誰に言うとんじゃ、さっぱり解かりませぬ。

かささぎさんが口蹄疫問題でいっぱい矛盾やいかりや疑問を感じたように私も戦争報道には同じ思いです。
良いことは隠し悪いことだけあばき賠償金をせしめられることへの怒り、誰の一存で支払うんですか?

原爆投下の解説ここがとてもわかりやすいです。
         ↓

広島の爆心地は原爆ドームでなく、病院(外科の島病院と十字路斜向かいの皮膚科・泌尿器科の清病院)の真上でした。
通常の爆撃でも、病院を狙えば批難されますよね。

広島は「実験」のためにずっと空爆せずに温存されていたと聞きます。
地形的にも、数キロ四方が平坦に広がり、新型爆弾の効果を評価するのに最適だったと。
同様の条件の「実験」地として小倉が選ばれていましたが、当日、雲が厚かったので、急遽予定を変更。
長崎は地形が複雑なので「実験」地としては不適でしたが、なぜ、あえて長崎を選んだのかはよくわかりません。

拾ってきました。
ネットは便利。

1945年4月27日、第一回「目標委員会」。17都市が候補に。
5月10、11日、第2回目標委員会。条件は、地形、人口集積、軍事目標。
・ターゲットAAは京都と広島
・ターゲットAは横浜と小倉
・ターゲットBは新潟
この5都市への焼夷弾攻撃の禁止が決められる。
東京と大阪は、既に攻撃済みだったために外される。
5月28日、第3回目標委員会。ターゲットAの横浜と小倉が外される。
翌日、横浜大空襲。
京都、広島、新潟の空襲は禁止。

その後、軍事目標に乏しい京都が外され、小倉が復活。
長崎も、突然浮上。

7月25日、原爆投下命令。広島、小倉、長崎、新潟が目標とされる。
8月3日、テニアンから遠い新潟が目標から外される。
8月6日 広島を第一目標、小倉を第二目標。第一目標へウラン原爆投下。
8月9日 小倉を第一目標、長崎を第二目標。前夜の八幡空襲による煙で小倉上空の視界が悪く、第二目標へプルトニウム原爆投下。

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