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2010年8月23日 (月)

『命の対話 医者と患者の絆』を読む             松永伸夫

『命の対話 医者と患者の絆』を読む 

 

   松永伸夫

1.はじめに

希望や笑いや幸せ感を持っている人ほど免疫機能が高まる.体と心はつながっているんだ.とりたての野菜を食べたときとか、好きな音楽が流れてきたときとか、素晴らしい友人に会ったときとか、人はあっけないほど簡単に幸せを感じてしまう.幸せの記憶が蘇るとき、病気との闘いの場へ勇気を持って進むことが出来る.
 家族がいる.仲間がいる.自分の好きな音楽.美しい風景.ちっぽけな夢.いろいろのものが生きる力を与える.
     (鎌田  實 エッセイより抄出)

 このエッセイは、長野県で地域医療の改善・向上のために生涯をかけて取り組んでいる医師鎌田實さんが、NHK ラジオ第一「特集:鎌田實いのちの対話」番組のために書き下ろしたものです(2005/4/29放送).
 鎌田医師のエッセイ朗読を支えるピアノ伴奏の奏者は、「左手のピアニスト」舘野泉さんです.脳出血に倒れ
その後遺症のために右半身が不自由となったが、今は左手だけの演奏活動を続けておられるピアニストです.
 お二人のそばでは、現在98歳でなお現役医師として大活躍中の日野原重明さんが目を閉じて、静かに詩を音楽をじっと鑑賞されています.

・まるごとの人間として診る医療
・希望や笑いや幸せ感の先にある免疫機能の向上
・いのちに寄り添う医療

など、このエッセイには、多くの深く、重い課題が投げかけられています.

2.がん患者

 30年近く前、職場の定期健康診断(民間の医療機関で受診)の結果、一日肺がん患者を経験したことがあります.
「左肺にみえる白い影は、この一枚の直接レントゲン写真からだけでは、肺がんの可能性が疑われます.お隣のH市民病院で精密な断層写真を撮ってみて判断しましょう」との診断でした.
 その晩は、床に入ってからもなかなか眠りにつけずに、悶々とし、あれこれと思いをめぐらせました.

・生命保険にはどれだけ入っていたかな
・肺がんであったとしても、昨年の検査では異常はなかったのだから、初期の段階だろう.だったら、治療の打つ手はあるはずだ
・がんとの闘いになった時、治療費は健康保険の範囲内でいけるのだろうか
・死とはどういうことなのだろうか
・万一の時、母子家庭への行政の支援システムはどのようになっているのだろうか

 等々.

 翌日に訪問した市民病院内科のM医師は、持参したレントゲン写真を真剣なまなざしで見ながら、放射線科で複数の断層写真を撮ってくるように指示されました。
 受診後、内科に持ち帰った7-8枚の各方向から撮った断層写真をシャウカステンに透写しながら、M医師は自分のことのようにとても嬉しそうにまた安心したやさしい面持ちで言われました.「よかったですよ.がんではありません.一枚の直接レントゲン写真からは、私も肺がんを疑いました.この左からの断層写真には、骨折した肋骨2本が自然治癒していますが、その部分が白い影となって映っていたのです.」
   構えていた肩の荷が一気に軽くなり、幸せな思いになりました.この時の、患者の側にたって対応された、M医師の表情と言葉を今でもはっきりと思い出すことができます.まさしく「いのちに寄りそう医療」を体験したのです.

3.本文から

「特集:鎌田實いのちの対話 医者と患者の絆」は、

・病気が拓く新しい人生
・互いを結ぶ言葉の力
・見えないものをこそ

というテーマのもとに、会場の宮崎県新富町の皆さんの声・意見も交えながら、進行役の村上信夫アナウンサーのもと、温かい雰囲気の中での90分間の鼎談となりました.

本稿では、この鼎談の中で語られた言葉を紹介しながら、「まるごとの人間として語る医療」に納得しつつ、今回は社会保障の視点から「いのちに寄りそう医療」を考えてみたいと思います.

1)社会保障について

 日本の社会保障制度の歴史において、1973年は福祉元年と称されました。老人医療費無料制度の創設、健康保険被扶養者の給付引上げ、高額療養費制度の導入、年金給付水準の大幅繰上げなど.社会保障制度が大幅に拡充された年でした.

 その後、社会状況の変化とともに、社会保障制度の見直しがなされてきました。そして、2008年には老人保険制度が廃止されて後期高齢者医療制度が創設されましたが、2009年の政権交代により、後期高齢者医療制度も廃止され、新たな制度設計がなされる予定です

 鼎談の中で、舘野泉さんが「北欧の福祉」の現状について語っている次の言葉は印象的です.

「パートナーとしての医師」
舘野
(略) いちばん最初に診てくれた人は、とても積極的で「あなたは必ず治るんだから、いろいろいい状態だし気持もあるし、必ず治るので希望を失わないで」ということをよく言ってくれました.それがとても嬉しかったですね.

(略)

村上  そうですか.北欧といいますと福祉がとても充実しているというイメージがあるのですけれども.

(略)

舘野 たしかに、北欧の福祉というのは、非常に充実していて、戦後理想的なシステムをつくったのでしょうが、やはり長く経っていくと風化していく面もあるし、制度は立派でも、結局はやはり、制度を支える人間ですね.患者に興味のない医者だったらぜんぜんだめですよね.門前払いという感じになってしまう.ぼくの最初のお医者さんのように、「とにかく治るんだから、自分を信じてやりなさい」といわれると、本当に力になる.

鎌田 ここ二〇年ぐらいの間に医学がものすごく進歩して、その進歩したことによってかえって患者さんを支えるということが減ってきて、とにかく治るか治らないかになってしまう.医者は、自分の磨いた技術で、ツボにはまって治る疾患に関してはたいへん力を入れる.そうじゃない患者になるとほんとうに冷たい.見放すとかいうことが多いように思いますね.

(略)

 保健医療経営大学(以下、本学)の学生たちは、1年次に専門基礎科目群【保健医療福祉制度】の中で、社会保障制度関係科目、社会福祉学などを学びます.
 具体的には、社会保障制度概論、医療保険制度、社会福祉学、介護保険制度、他の科目を履修するが、この中「社会保障制度概論」の講義概要(シラバス)には次のようにあります.

「保健医療福祉に関する制度は、年金制度や労働保険制度などと合わせて社会保障制度と総称されます.(略)社会保障制度の理念や歴史、各制度の構造や特徴などを学び、社会保障制度全体を大局的に把握するとともに安定的維持のための課題を考察します.」

 自宅があるフィンランドのヘルシンキの病院での闘病経験,リハビリ体験を通して語られた舘野泉さんの、「制度は立派でも、結局やはり、制度を支える人間ですね.患者に興味のない医者だったらぜんぜんだめですよね.」という言葉には重いものを感じます.

 この後、次のように会話が進んでいきます.

村上 (略)お医者さんはどうしても、不自由になったほうの手だけを診ているような部分があるんじゃないでしょうか.

鎌田 そうですね.医師は初めの急性期のとき、麻痺した右手足を何とか動かすことに全精力をそそぐことが大事.リハビリをしても右手足が元に戻らないとわかったら、そこからは、左手と左足があるんだから、それでその人らしく生きるにはどうしたらよいのかを考える.そして医師がいいパートナーになって、その人の新しい人生設計ができるといいんじゃないかな、という気がしますね.(略)

2)「医療保険」について

 また、先述の本学の科目「医療保険制度」の講義概要には次のようにあります.
「我が国の国民皆保険制度は、世界に誇れるものですが、様々な問題が生じています.病院の収入のほとんどが保険診療であり、医療保険制度について精通することは、医療従事者として不可欠です.複雑な医療保険制度について、体系的に学修し、後期高齢者慰労制度をはじめ今後の課題・方向性についても見通します.」

 日野原医師が別の対談の場で、医療保険制度について語られている言葉を紹介します.現在、我が国がむずかしい舵取りをせまられている保健医療政策との関連からも意味深い発言だと思います.

【将来的な保険制度とか、私費医療とか、公私混合医療などについて】

日野原 私は、やはり皆保険はそのままにするにしても、ものすごい無駄なお金が皆保険で出ている.高齢者が非常に増えて国民の二〇パーセントは六十五歳以上で、それがすぐにもっと増える.そうなってくると、老人にはたくさん病気は発見されるけれども、本当にその人の健康状態を全体として診る主治医となるお医者さんがいない.手は手、頭は頭で診ているから、無駄な医療が非常に多い.だから、いまの保健財政の支出金の中で、半分近くは無駄だと思います.

日野原 (略)政府はもっと予防医療にお金を注いで、慢性の生活習慣病にならないように教育する.予防を最前線に置くべきです.それから、救急医療でやむを得ない赤字を生じる分野には、国がもっと援助をすべきです.

(略)やっぱり健康は自分の責任だという意識を国民が持たないといけませんね.「お医者さんが治してくれる」というのでなしに、「私の責任だから、私がタイミングよく医療機関に行く」というふうな健康教育をするということと、いちいち医者でなくても、ナースにいろんな相談ができるようにする.(略)いままで何人もの医師から処方されているお薬を止めたら元気になったという人が余りにも多い.

4 おわりに

「かつて優しかった医療に
かつて手厚かった看護に
かつて安らぎだった病院に

また 逢いたい・・・

Stop the  医療崩壊」

このキャッチコピーは、本学が2009年度に広報ツールとして製作し、活用しているポスターの左上隅にさりげなく書かれています(画面中央には、下から見上げたドクターヘリの写真がレイアウトされている).コピーの作者は本学の教員です.

 私はこのコピーに触れた時、すぐに現代版「赤ひげ」として医療機関があるべき姿なのかな、との思いを持ちました.

 保健医療と経営とを学ぶ本学の学生たちが4年間の学びの中で、冒頭のエッセイとこのキャッチコピーの意味を自分のものにして育み、卒業後には与えられた職場で、心のよりどころ、行動指針のベースにしてたくましく活躍してほしいと思います.

脚注

1)冒頭に紹介したエッセイの全文は次の通りです.

 医療はいままで、医師が絶大な権威をもって、患者さんそれぞれの生き方まで決めることが多かった.しかし、そういうお任せ医療は、もう時代遅れだ.自分の体に起きたことをよく知りながら、自分で自分のことを決めていく時代になりつつある.だから、隠し事をしたり嘘をついたりすることなく、本当の話をショックを与えることなく伝えてくれる医師に会いたい.病気の説明を、いつでも希望が持てるように話してくれる医師に会いたい.

 人間の心と体を分けて考えたデカルトという哲学者がいた.どうもその哲学者が活躍しだしたころから、医学は人間の体を分解して、臓器をまるで部品のように考えるようになった.ぼくはデカルト的な考え方に対抗して、臓器だけを診るのではなく、まるごとの人間として診る医療に憧れてきた。家族や地域に思いを注ぐ医療を行ってきた.

 希望や笑いや幸せ感を持っている人ほど免疫機能が高まる.体と心はつながっているんだ.とりたての野菜を食べたときとか、好きな音楽が流れてきたときとか、素晴らしい友人に会ったときとか、人はあっけないほど簡単に幸せを感じてしまう.幸せの記憶が甦るとき、病気との闘いの場へ勇気を持って進むことができる.

 家族がいる.仲間がいる.自分の好きな音楽.美しい風景.ちっぽけな夢.いろいろなものが生きる力を与える.

 病気を治すために、ぼくらは患者さんの希望や幸せ感を大事にしたい.もし自分の大切な家族が病気になったらしてあげたいと思うのと同じように、治療の作戦を立ててあげたい.
 患者さんと医療者の絆が結ばれると、病気と闘うリームができる.
 いい仲間ができると、不思議な力が湧いてきて、患者さんのなかに思いもよらぬ治療力が生まれることがある.いい結果が出たとき、患者さんが喜んでくれる.ぼくら医療者も嬉しくなる.喜びは倍になる.いい結果がなかなか出ないときは、苦難を一緒に背負う.つらさや悲しみが半分になるように.
 悩み、苦しんでいるすべての人に、あなたはあなたのままでいいというメッセージを送りたい.がんばりすぎなくてもいい.でも、一回だけの人生、あきらめないで丁寧に希望を持って生きよう.あなたがあなたらしく生きられるように、もしあなたが病気になっても、障害を乗り越えて生き生きと生きられるように、あなたがしゃべれなくなっても、あなたが歩けなくなっても、あなたの手が動かなくなっても、あなたのいのちに寄りそう医療が日本中に広がることを願っている.

     鎌田 實

(鎌田實・日野原重明・舘野泉 著『いのちの対話 医者と患者の絆』2008年、岩波ブックレット No.729 岩波書店刊、1頁)

2)鎌田實氏をホスト役に、毎回ゲストを迎えリスナーと共に「いのち」をテーマに対話をしているシリーズ.公開放送として今年(2009年)は5年目.(略).
鎌田實さんは、長野県の諏訪中央病院にて、地域医療に携わる.(略)
一貫して「住民と共に創る医療」を提案、実践.
著書は「がんばらない」「あきらめない」「だいじょうぶ」など多数.
(NHKホームページから)
この時の番組内容をまとめた前傾の岩波ブックレット『医者と患者の絆』が2008年6月に刊行されている.

3)2002年1月、フィンランドでのピアノ演奏活動40周年記念コンサートのステージ上で倒れた.

4)橋爪章学長ブログ「学長のひとりごと」(2009.10・11)からの要旨引用です.
文責・筆者


5)鎌田・日野原・舘野・前掲著書 11-12頁

6)同上 12-13頁

7)日野原重明・高木那格 著『よみがえれ、日本の医療』
  2003年、中央公論社 92頁

8) 同上 97頁

9)同上 97-98頁

『保健医療経営大学紀要 第2号』平成22年3月発行より引用

松永伸夫の書評;

第1回
『安楽病棟』を読む

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-d8d7.html

▼かささぎのひとりごと

かささぎは、鎌田實さんを全く存じ上げませんでした。
なさけないことに、『北の国』からの鎌田慧さんと間違えているという体たらくでした。
(おいおい、それは倉本聡だってば!)うっへえまちがってばっかりだ。
なんとなく、似ている、なまえのかんじ。・・・失礼なやつで申し訳ございません。

それで、失礼ついでに検索いたしますと。
かささぎの両耳がぴんと立ちました。

気になることが二件ヒットしました。
かささぎ、おおいに感動しました。

1捨て子だった告白と瀬戸内寂聴さんの対話http://www.dankaisedai.net/archives/50977351.html

これは一読に値します。育ての親を殺そうとした話。
さらに原爆の日に生まれた息子に爆と名づけようとして育ての親に止められた話。
許しあうことが大事だ。憎しみの連鎖を断て。というおしえ。

2盗作もんだいhttp://search.yahoo.co.jp/search?p=%E9%8E%8C%E7%94%B0%E5%AF%A6%20%E7%9B%97%E4%BD%9C&rs=1&aq=-1&ei=UTF-8

これはあまりよみたいとはおもわないのですが。でも第一番目に出てきますねえ。
かささぎの考え。参考にしたのであれば、そう書くべきでした。
だけど。
人様のかかれたものにつけたしながら人はなにかしら自分のものをなしていく。
ことばというのは、もともとそういう性質をもっている。
だから、あまり、そうぎんぎんにならなくとも。というか、。

かささぎは、昔この道にさそっていただいた沖縄の詩人で俳人の岸本マチ子先生を検索しますと、第一番目に「祈り」の盗作問題が出るということがいやでしようがないのです。
たしかに、岡本太郎の著作から多くの言葉を得ているとしても、。
詩はまた別、岸本先生の創作された詩作品でありました。
非難する人は自分でやってみるといいのです。
引用する行為と盗むという行為は同じでありますが、どちらも、対照作品をとっても尊敬して心奪われたからという動機にはちがいありません。
そして、どちらもが、原作の著者を輝かせるという結果をもたらすのですから、それで充分ではありませんか。
むしろ、そのことを称えるほうが理にかなうような気がします。

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