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2010年8月 9日 (月)

この人この歌 4 伊藤久男『建設の歌』

この人この歌 4

車の中で一回聞いただけの歌がふしぎと心に食い込み、もう一度聞きたいと思いました。
誰のなんと言う歌かわからないので、写真を撮って帰れば、あとで題名をみて調べられると思いました。

これじゃないかなと思ったのは、「熱砂の誓い」、伊藤久男。
かささぎのまったく知らない歌手。さっそくyou tubeで確認、これです。
映画の題名が『熱砂の誓い』、主題歌は『建設の歌』だそうです。
建設の歌という硬いことばが入っていて、歌声も凛として毅然と誇らか。
どこかなにかが超硬い。すっごく印象的で、心とらわれてしまいました。

伊藤久男なんて名前の歌手、ぜんぜん知りませんでした。
そりゃもちろん、父たちにきけば知っているのでしょうね。
でも聞きたくなかった。じぶんだけで調べたかった。
調べますと・・ああ、あののど自慢でよく歌われる、イヨマンテの夜を歌っていた歌手!
こんな人でした。伊藤久男;

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E8%97%A4%E4%B9%85%E7%94%B7

▼建設の歌(熱砂の誓い)
作詞:
西條八十、作曲:古賀政男 昭和15年

http://www.youtube.com/watch?v=HRHyjYpuZ9o
1969年「なつかしの歌声」より
東宝映画「熱砂の誓い」の主題歌です。 この映画は、いわゆる「国策映画」であり、「東洋平和」を謳った大陸モノでした。 もう一つの主題歌「紅い睡蓮」は、建設の歌
のB面でしたが、李香蘭のコロムビア専属の第一作で、ジンクスを破りヒットしました。(以上全文引用)

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コメント

岡本敦郎 白い花が咲いてたぁ・・・はいいです。
なんともいえない叙情歌です。
ご紹介の歌手、わたしゃ全部知っとる。

そうでしたか。
一回り違う年代は、そのような違いを生むわけですね。
イヨマンテの夜は知っていても、だれが歌っていたのかを全くスルーしてきてた。山には山のうれいあり、うみには海の・・・って歌も聞けば知っている、だけど賠償千恵子かとずっと思っていましたよ。伊藤ひさおの持ち歌だったのですねえ。

この歌の内容は、ずばり「建設」だけども、ほんとは大陸への侵攻ともいえる。ちょうど欧州人がアメリカへ侵攻して占領してあらたな思想の国を建設したように、当時の日本人も「ゆうひ」しようとしてたのですよね。雄飛。
そういうことをおもっていたら、なんだか、せつないですね。

私は、全部ではないがほとんど知っている、♪あ~ああ、この年で、この若さで…♪?戦前の歌も好きです。
「イヨマンテの夜」を最初聴いた時、井沢八郎の「北海の満月」とよく似た歌だと思ったが、時代が逆だった。あがた森魚の「赤色エレジー」がレコード発売される時、これは「あざみの歌」の盗作だと言われ、だから作曲は「あざみの歌」の作曲者八洲 秀章になっている。

では、織井茂子って歌手も知っておられますか。
いとうひさおも知らなければ、この歌手の名前もはじめて知りましたよ。
あがた森魚、そのへんな名前と大正ロマンチック風スタイルで強烈な印象を残した歌手ですが、一曲だけでしたね。そういえば、おなじメロディでした。

そのへんならまかきとき。

織井茂子知ってますとも、「黒百合の花」「君の名は」の中で歌われたと思います。

しか、しあざみの歌があがたもりをの曲にそっくりと言うのは今気がつきました、ほんまや。

さくらさん、そのオリイシゲコてひとですけど。
歌の題名がシュール、「夜がわらっている」。
はひ?どんな歌?っていいたくなる。写真をみますと、笑っていない。おお根性すわっとるやんか。というか、そんなイメージで。きいてみたい。黒百合の歌ってのは、きみのなは、の歌だったのか。
黒百合の句、一度であったことあり。室蘭の俳人の句でした。じゃいってきます。
昼前場三図つれて院通いだったので、付け句まだ。

昨晩、両親と古賀久に行った後、家のTVで一緒に懐メロ番組見ました。「昭和歌謡」と一緒くたにせんとってくれ、というより、時代を「昭和」という元号で一括りにするのはおかしかよ、というのが私の常々の意見。だったら明治時代の前は慶応時代と言うのかい、と堅い話はこのへんで。
あがた森魚、たしかに大ヒット曲は1曲だけかもしれないけど、映画を撮ったり出たりしているし、TVドラマにも出ているし、もちろん歌もインディーズの世界では活躍中でござんすよ。ひこさんの好きな友部正人のように。 
以上、久留米planetにて。

呂伊利さん、お帰りなさい。
久留米プラネット?インターネットかふぇですか。
十八日だったかな、十七日だったかな、は、あいていない、ということでしたね。
ぼんさんひこさん夫妻とえめさんせいこさんに聞いてみます。おおっと、たからさん(むりかな。きのう夕方エーコープに花を買いに行ったときばったり会った、多忙といってた)や乙四郎先生ももし都合がつかれますなら、どうぞおいでください。
かささぎは月曜から仕事ですが、月曜16日の11時に国分町のえーと。どこだったかな。古蔵、こぞう。ではどうでしょう。お昼をごいっしょに。料理はおいしい。場所は一回いったきり、よくわからない。駐車場が狭い。ランチ1,500円古コース料理。要予約。

もしそれでみなさまの都合がよければ、十一時半ころから一時半までかささぎは同座できます。
ほかのみなさまはどうですか。こんな機会は滅多にありませんので、ぜひご参加ください。お酒のみたいかたはあります。いろいろいろいろあったみたい。
あ。まだ古蔵には確認していません。ここがだめならほかをさがしますし、最終手段ガスト。という手もあります。16日がだめな場合の次案は17日、がいいです。
ろいりさんの都合の悪い日は、18日でした。今確認しました。

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