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2010年7月 5日 (月)

「金剛界曼荼羅供」のお声明を聞きながら

読む本がたまってきました。

仕事場にも持って行きます。だれも患者さんがみえず、掃除などの外野仕事もなにもかも終わってるとき、読めますから。

香川のジャンヌダルクさんから届いた三冊のご本。
まずこうして、絵本からよみました。意外なことに非常に感動して涙がこぼれた。
私はこういう本とは思っていませんでした。
失礼なことを申し上げています、だけど、ね。
おいしゃさんが趣味で書いた本、くらいにしか思っていなかった、心のどこかで。

ぜんぜんちがいました。

ほんとに、こころのこもった絵本でした。

昨日、たまっていた書き物を出してしまったので、やっと念願の「ザ・ヴァイオリン」にとりかかりました。

香川よしこ先生(どうよぶべきか、さんでは軽い、お医者様であられることへの尊敬をこめてこう呼ばせていただきます)、三分の一まで一気に読みました。
軽く読める文体でありながら、内容は詳細な知識に裏打ちされていて、事実だけがもつ重みがあります。
ブログで最初にこの本の内容紹介を拝見したとき、え。なんで今頃、ナチスの強制収用所の話なのだろう。って思い、そのあと、ああそうじゃない、これは日本にあった捕虜収容所での武士道のお話なんだな。と気づきました。
のこりをよむのがたのしみです。
このお話にも、絵本『あすかの武士道』での二話に出てくる少女あすかが登場します。ですから、とても親近感がもてました。(プロのヴァイオリニストの麻場利華さんや東京のさくらさんにも読ませてあげたいなあとすぐに思いました。まだなにかわからないけど、たくさんのシンクロがあることだけはわかるから。)

同時期、あるお方が、『天台声明 金剛界曼荼羅供』 のCDを送ってくださいました。その人は非常に霊的な方であり、何もことばは付されていませんでしたが、きっとわけはわからなくてもいいから、聞きなさいよ、ってことなんだろうな。と思い、さっそく車のなかで聞いています。
厳かで、お葬式の読経とは異なる華やかさみたいなものも感じられるおしょうみょうです。

最近パソコンをひらくとき、ちゃんと立ち上がるだろうかと気になります。
ここ三日立て続けに、バイオス画面からの立ち上げでしたが、今朝は大丈夫でした。

父の体力が落ち、寝ている時間が多くなりました。
夢と現実の区別がつかず、ときに呆けた事を言います。
きのうは、はじめて徘徊師になりかけました。
そこで、今朝、公立病院へ母のつきそいで送りました、早めに相談したほうがいいと思って。

どこか遠足にでも行くようなウキウキ感の翁媼二人を乗せて、バックコーラスは金剛界曼荼羅のお声明です。
父は「おりゃまだ死んどらんぞ」といいました。
「よかろうが。生きているうちにこんな有難いお経が聞けて。
誰でもは聞けないありがたいとよ。むすめに感謝せんといかんよ」
と、お経は嫌だというのに無理やり聞かせ恩まで売ったのであります。たはは。

「天台声明 金剛界曼荼羅供」http://columbia.jp/prod-info/CORR-10613/

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コメント

いいなぁ、その父娘の会話。
父親と自由に冗談が言えるのは私の憧れで、私の親友と呼べる友はみな父親と仲良しでした。
その会話を聞きたくて友の家に通っていました。

話は変わって、私が戦争の本から離れられなくなったのは、坂東捕虜収容所のような話がいっぱいあって、立派な軍人もいっぱいいて、それが実話であったことだからです。
戦争は悲惨だ、一番の犠牲者は女子供であるとか、平和を唱えれば戦争にならないかのようなとおりいっぺんのフレーズはもう沢山!と言うのがあります。
悲惨な中でも知らされてこなかった心温まる出来事も沢山あったわけでそこに目を当てたいのです。
香川先生のその本、読んでみたいですね。
タイトルが「バイオリン」と言うのも不思議ですね。
6月に利華さんのヴァイオリン聴きに行きましたよ。
せくしーなかんじになってしまわれておいででした。

そっか、病気が惚けさせることも少なくないのね。
うちのばっちゃまも、80歳という若さでこんなに認知が進んだのも、若い頃からの持病「糖尿病」の影響も少なくないようです。

徘徊はしませんが、夜中に台所をあさって手づかみでモノを食べるようになりました。ある晩、物音に気づいて二階から降りてくると、母が流しの前に立ったまま、鍋から直接、それも手づかみで煮物の残りを食べていました。ダラダラと汁をこぼしながら。その情景が恐ろしくて恐ろしくて、とうとう声をかけきれなかった。


最近、自分のブログには、しうとめの病気のことを書くことがためらわれるようになりました。あまりに母がかわいそうかなあと思って。

さくらさん。
ちょっとまっていてください。香川先生に頼んでみます。よまねばならない本だと思うから。
りかさんもです。お二人にはぜひ読んでほしい。
りかさんのコンサート、さくらさんが定期的に見に行かれていることがうれしいです。あのかたもとてもかわっておられる。ふつうはあそこまで大おじさんの戦死にかかわらない。なにが駆り立てるのか。まだ独り身のヴァイオリン奏者であられることとともに、気になります。

せいちゃん。

うん、そうでしょうね。わかります。
だけど、かける範囲で書いたほうが読者サービスのために、いい場合もある。参考に供するという意味でです。どんなに書いてもぜんぶは書ききれないものだから、ちゃんとバランスがとれるようになっているんじゃないでしょうか。
わたしもかけないことがある。
ぜんぶかいているようで半分もかけていないよ。笑
排泄物まみれになることもあるよね。そんなのあかんぼが3人いたんだし、なれっことはいえ、やっぱりたいへんだよね。この世でいちばんえらいのは、かいごしさんとかんごしさんだ。っていつもおもっています。
順送りですからねえ。じぶんたちもああなります。
あ。追伸。あけがたにこわいものふたつ。ひとつ、いたち。ひとつ、ちち。

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