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2010年7月15日 (木)

『ザ・ヴァイオリン』香川宜子著に連句的に第七章をつけた乙四郎

▼あらすじ

物語は清原という音楽家がオークションでヴァイオリンを求める場面から始まる。

あすかは小さな頃からヴァイオリンを習う音楽好きな女の子。
ある日ようやく大人用のサイズのヴァイオリンを求める日がきた。

ヴァイオリン教室で数本のヴァイオリンの音色を母親と聞き比べていたあすかは、深くて美しい音色の一本がどうしても欲しくてたまらなくなり、それを無理を言って母親に買ってもらう。桁違いに高価だったが、大事に使うことを条件にあすかはその古いバイオリンで練習に励んだ。

ある日、あすかはアヴェマリアの曲がどうしてもうまくこなせない。
それよりもっと技術的に難しい曲はこなせるのに、なぜだろう。

先生に相談すると先生は思いつめたように話し始めた。
じつはこのバイオリンはいわくつきのもので、なまえがあるんだ。
戦時中、アヴェマリアという名前で呼ばれていたもので、ちょうどあすかとおなじくらいの少女が弾いていたものだ・・・。それは第二次世界大戦中ドイツに占領されていたポーランドのアウシュヴィッツ収容所の庭で発見された。

あすかはそのヴァイオリンのうしろにある大きな影を知りたいと思った。
先生についてポーランドへ渡り、テレビ局を通じて当時をよく知る人の話を聞く・・・

ここから物語は語られるのですが、それは私たちがアンネの日記などの収容所文学でふれて知っていた話ではありながら、あらためて、なぜこのような残酷なむごいことを同じ人間ができたのであろうか。と暗澹たる気分になるような話である。
しかし、救い様がないような文体では書かれていない、むしろポップともいえるやわらかい口調で書かれているため、ふしぎと暖かみすらおぼえる。それは全編にあふれるヴァイオリンの音色と音楽のおかげでもあろうが、この原作者のもつ不思議に愛ある人間味のせいだろうと思う。

これが前編ですが、劇中劇にも似て、クラウスというドイツ人音楽家が体験した第一次大戦中の日本の坂東での捕虜生活がアウシュヴィッツでの悲惨な生活と対照されて語られるのが後編としてついている。かささぎは、全部を書きたいのですが、じつはまだこのあたりで全部が読めてはいないのです。(いかに多忙かわかっていただきたいのですが。前田師のれぎおん原稿連句的もとうとう間に合わなくて先生にまたまた顔向けできないほどです。)

だけど、ブログだけはなんとか書きたい一心です。

この項、書きつぐことをお約束して、とりあえず、これをご紹介いたします。

よしこさんに頼んで、二冊おくってもらいました。一つは竹橋乙四郎に、一つはさくらさんによんでもらいたいと思ったのです。これはそういう縁だとかささぎにはみえたから。
もう一人戦友の麻場利華さんは、しぬほど驚いたことに、すでに十年も前からよしこさんはご存知で、『ザ・ヴァイオリン』はもってあるからいいとのことでした。

竹橋乙四郎、おそるべし。

かささぎは選挙の日に橋爪家の郵便受けに投げ込んでたのですが、何の返事もない、と思っていたら、翌々日でしたか。いきなり、これをよしこさんへ送信たのみます、といって感想文ならぬ継ぎ足しの第七章という創作の一章がおくられてき、「一気によみました!」とありました。

それを、ここにはりつけます。時間がないので、そうさせてください。

また、仕事から帰宅後、よしこさんの返信などもアップしたい。

『ザ・ヴァイオリン』
竹橋乙四郎によって書きつがれた第七章
七章 ビブラート
     竹橋乙四郎・文
2011年9月11日。
「10年だな」
「ああ」
「人類は9月11日を決して忘れない」
「アメリカ人は、かもしれない」
「そうだな。奴らは忘れているかもしれない」
「ヒロシマへの原爆投下はいつだっけな」
「知らねえよ。真珠湾が攻撃された日なら言えるぞ」
右の男はピーター、左の男はジョン。彼らは神の使徒のペテロとヨハネではなく、交代勤務で大統領の指令をひたすら待つ、たまたま2011年9月11日の日直が当番となったピーターとジョンである。
「奴らが10年ものうのうと生きているのが信じられない」
「ああ。このまま10年目の9月11日が終わっていいものか」
このとき、唐突に、狭い室内に『ラデツキー行進曲』が響いた。この部屋に音楽は似合わない。ここは、長距離ミサイルの発射ボタンが並ぶ管制室だ。右の男が電子ロックにカードキーを差し込み、左の男が基地番号が印字された黄色いボタンを数ミリ沈める、たったそれだけの操作で数千キロも遠方に配備されたミサイルが数百キロも飛翔するのだ。
大統領からの指令は、いつ発されるかわからない。これまで、その指令が発されたこともない。しかし、常時この部屋には訓練を受けた二人の軍人が配置され、その時に備えているのだ。
待機の間、キースロットと発射ボタンを凝視しているだけでは、人間は緊張を持続することができない。彼らもまた、交代勤務の誰かに監視されているのだが、過去に何人もが居眠りを理由に処分されている。断続的に彼らの脳に適度な刺激を与えたほうが、指令に敏速に対応することができる。試行錯誤を経て、昨年より一般報道の分析の業務を彼らに付加することになってからは処分者が皆無となった。
 一般報道分析のため、この部屋に携帯情報端末が導入された。『ラデツキー行進曲』はこの情報端末から発されたのだった。資本主義国の一般報道はスポンサー企業なしには成り立たない。一般報道番組の視聴時、スポンサー企業の広告を強制的に聴かされるのは仕方のないことである。このとき流れていたのは、ハリウッド映画の宣伝広告だった。『ラデツキー行進曲』の数小節が部屋に響いたところで、情報端末のボリュームが絞られた。この部屋に音楽は似合わない。
「おい、ピーター」
「何だよ、ジョン」
「もし今、大統領から発射指令があったら、躊躇無くキーを差し込めるか」
「当たり前じゃないか。そのための心理訓練をどれだけやってきたことか」
「俺はためらうかもしれない。訓練は確かに受けた。しかし、訓練は訓練。頭のどこかで、これは訓練だ、と割り切れていたからできただけのことかもしれない。いざ実践となった時、自分がボタンを押した数分後に何十万人もが死んでゆくという現実が一瞬でも頭をよぎったら、ボタンを押す指が固まるかもしれない。頭ではわかってても体が反応しない、ということはあり得ることだ。大統領の指令に従えない自分など想像したくもないが、実際にそうなってしまったらと思うと不安で不安で・・・」
「いい考えがある。今の曲、録音してるよな」
「ああ。今のは宣伝広告だが、番組ごと録画しているはずだ」
「今の曲、何だか、高揚しなかったか? みんな行進してるぞ、リズムを乱すな、進め、進め、みたいな気分にならないか?」
「そうか、指令が来たら、まず今の曲をBGMで流すというわけか。携帯情報端末の再生ボタン、カードキー、発射ボタンの順だな」
「善は急げだ。さっそくセットしよう。何秒前だったかな」
「ボリュームを絞ったのは40秒くらい前だ」
「よし、45秒前にセットしたぞ」
その時だった。
この管制室へ、大統領からの初めての指令が飛んだ。
10年前の主犯がペシャワールの市街地に紛れているらしいということはわかっていた。ここで貧しく暮らす50万人が、協力して奴らを匿っているのだ。
核弾頭ミサイルの照準はやはりここだった。パキスタン軍が保持する核弾頭ミサイルの誤射を装って、アフガニスタン国境に配備のミサイルを打ち込む作戦であり、事前に極秘裏に知らされていたシナリオ通りである。
ジョンは、ほんの今セットしたばかりの携帯情報端末の画面に大きく表示された再生ボタンにタッチし、指先でボリュームレベルを引き上げた。
管制室に、ヴァイオリン旋律の『アヴェ・マリア』が響いた。
カードキーを持つピーターの手が小刻みに震えた。『アヴェ・マリア』のビブラートにはまったく同期していないが、細長いスロットにカードキーを近づけるたびに指先が大きく揺れて挿入できない。
「だめだ、無理だ、ジョン、どうしよう」
「俺たち、いったい何をやってるんだ」
宣伝広告のためにショートカットされた『アヴェ・マリア』はほんの十数秒でフェイドアウトした。この映画はまだ制作中で、ポーランドのロケに続いて日本の徳島県でのロケが予定されている、公開予定日は1月27日だという旨のナレーションが流れ、まもなく、パキスタンの反米デモが激しくなっているという報道番組に移行した。
「1月27日って何かの日だっけ」
「人類が忘れちゃいけない日かもな」

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コメント

かささぎという人は著作者の了解の返事も待たずにさっさと公開してしまう。
ま、それがこの人の持ち味ということで、許す。
ただ、いきなり七章だけを読まされても、文意が伝わらないでしょうに。これは、創作に見せかけた読後感想文でありますからして。
七章の予備知識として、ザ・ヴァイオリンが日本初のハリウッド大作映画化ノミネート作品であるということの了解が必要です。
早まって七章を読んでしまわれ、一章から六章が気になられる方は、今すぐ、ネット本屋さんで注文してください。
帯に、何人もの著名人が賞賛の言葉を寄せています。
その中に、元外交官僚さんが外交センスのなさを嘆いていた某官房長官の言葉もあります。
「世界が共有する普遍的価値についての明確な考えと、これに共鳴し手を繋いでその実現に進む国民になりたいものだ・・・そのように思っている時にこの本に出会いました」

(誤字訂正)
日本初の→日本発の

SF作家のジェイムズ・P・ホーガン氏が逝去されました。7月12日。日本時間13日。
ちょうど亡くなられた頃でしょうか、七章を書き始めたのは。
ホーガンの翻訳作品はすべて読みました。少なからず思想的影響を受けた作家ですからショックです。
20年ほど前のことですが、ホーガン作品の感動を分かち合いたくて、役所の後輩(退官して、現在はFAO勤務のM医師。FAOは、最近、口蹄疫で話題ですね)へ貸したところ、彼は、読後感想に代え、最終章の次の1章を創作したものを添えて返してきました。
かっこいいです。
その後、自分も真似っこしています。
今回も真似っこです。

 ほほー、「星を継ぐもの」読みなさったね。ハルク・ホーガン、じゃなかった、ジェイムズ・P・ホーガンの。私も昔読みました、大学時代いちおうSF研に入ってたので、ハードSFはあまり得意じゃないが、「星雲賞」受賞作だしね。
 最近は、これまた昔読んだ『闇の左手』の著者、アーシュラ・K・ル・グィンの少年もの『ゲド戦記』を第3巻まで読みました。しかし今の日本の若者にとっては、スタジオ・ジブリのアニメ映画としてのほうが有名だとは知らなんだ。

でもないですよ。この作者からこっぴどくはやおさんのむすこは批評されてましたよね。その理由は、まったく原作の世界が描けておらず、ただのどたばた勧善懲悪ものになっちまっていた。というものだった。私は原作はよみませんが、著名人たちが原作へ寄せたオマージュ集はよめました。なにかのおまけ本がでていたからですけど。
乙四郎コメントではホーガンはどんな本かいたっけと思ったけど、呂入りさんのコメントでわかりました。星を継ぐもの、かー。
おお、今じいちゃんが下で大のそそうをしちょる。いかんば。じっちゃんばたすけんば。いざ!いくで!

日本人がイスラエルと接点を持つ機会なんてそうあるものではない。
そんな中、香川宜子さんはイスラエル駐日大使の縁で映画化が実現。いわばプラスの縁。
乙四郎はイスラエル大使館の書記官に濡れ衣を着せられてこのかたイスラエル不信に陥り(どこかに書きました)、国際協力でパレスチナ支援に携わるようになってからはイスラエルの横暴に腹を立ててばかり。核兵器の保有疑惑には怒り心頭。マイナスの極みの縁。
このプラスとマイナスの縁者を引き寄せた力は何だろう。
今年も、広島市長から原爆死没者慰霊式の案内状が届きました。
おそらく同世代の中では最も原爆という悪魔の兵器に正面から向き合うことの多かった人間のひとりでしょう。米国エネルギー省高官との協議、被爆者団体との協議、原爆症訴訟の国指定代理人、原爆症認定事務、被爆者援護法制定、広島市被爆者対策責任者、原爆死没者追悼平和祈念館の設計、セミパラチンスク(ソ連の核実験場)住民の医療支援・・・
亡命ユダヤ人を中心に原子爆弾を開発・製造したマンハッタン計画の本拠地、ロスアラモスも訪問しました。そもそもナチスがユダヤ人を迫害していなければ、ヒロシマ・ナガサキはなかったのです。これが、乙四郎とアウシュビッツを結ぶ縁。
ラデツキー行進曲は、音楽の都ウイーンでたびたび耳にしました。初めてウイーンを訪れたのは、国際原子力機関(AIEA)の国際会議での演説のため。これも原爆の縁。

乙四郎。
あなたはそんな大きな仕事をしてきた人であったのですね。こちらはなにも知りませんから、本当にたくさん失礼なことをもうしあげてきましたね。・・・とこんなしおらしいことを今はかいてますが、次の瞬間にはもう忘れてる。笑
しばらくよしこさんはプロデューサーと打ち合わせでどうので四日ほどメール不通だそうです。
運命といえば。介護の日々でありまするなあ、ほんとこんなにすぐ始まろうとは。でもありがたし、いきてる。

>しばらくよしこさんはプロデューサーと打ち合わせでどうので四日ほどメール不通だそうです。

こういうことみたいです。忙しそう。
    ↓

あれま。今頃、このコメントにきづきました。編集しなきゃ。
そうでしたか。よしこさん、そんなご多忙なときに、のんびりとかささぎの旗におつきあいいただいておったとは、これはたまげた。
しかも、この頁をみてかささぎは香川と徳島をとりちがえていたことを知りました。ごめんなさい。いくらなんでも、ここまで地理音痴とは。香川は苗字、おすまいは剣岳のある徳島県、剣岳と剣山は別・・・かいな。英語版もでた、とか。
英語。楽天の社内英語のニュースみたばかり。むすこまでが、おかあさんしらんと、楽天の社長のいうこと、すごかとよ、ユーチューブでみれるよ、とか言う。ちょっとの間に母親はおいてかれる。さびしい。

nightこんばんわ
はい。徳島県の香川さんですね^^
香川県にいる知人は去年まで徳島にいました。
同じようにお医者さんです(^_-)-☆
香川さん、道中お気をつけてairplane

ねえ、まぎらわしいでしょう?なんで香川さんが徳島県でしょう。香川県だとおもいこんでしまうのが自然でしょ。(こじつけ)

ホロコーストものは、重苦しくて悲しいので、こどものころにアンネフランクものを読んだきりでした。それも少女漫画の漫画だったかも。
今回よしこ先生のザ・ヴァイオリンを読み、アウシュヴィッツはドイツにあるのではなく、ポーランドにあり、ポーランドは最もユダヤ人が多く居住していたところだったという事実を知りました。
また、音楽隊があったことは、今回はじめて知ったことです。最も醜い悪事を隠蔽するための音楽。ハンナじゃなくても、おぞましさに吐き気がしてきそうです。ユダヤ人は金持ちが多く、嫉妬がらみの差別感情が根強くあったのでしょう。
香川さんはさすがお医者さまだと感じるのは、このような身の毛もよだつ罪の日々を音楽隊員として奉仕させられたユダヤ人少女ヴァイオリニストのハンナが戦後解放されて自由の身になると同時に精神を破壊されて、それを医師とクラウス夫婦が必死で治療する場面の描写。とても、真に迫っていて、もっともこころ打たれる場面でした。かささぎにとっては。

ただいま、帰りました。
さっそくなんば経済新聞のヤフーニュースで載りました。香川宜子で調べてくださればすぐに出てきます。それから、読売テレビさん、ニュースで8分間の特集をそのうち組むそうです。朝日新聞さん、日刊ゲンダイさん、東京スポーツ新聞社さん、スポーツ報知さん、6社の取材を大坂で受けました。そして、なにより大きな前進は日本側でまた大物ユダヤ人が正式な映画化への仲間になってくださったことです。徳島の板東収容所のロケ建物移築先、バルトの庭でドキュメント撮影があったり、とても忙しく実りのある旅行でした。イスラエルのことですが・・・いつか、パレスティナとイスラエルが仲良くなればいいなと思います。そのためにも一肌脱げたらいいなあと思います。腹違いの兄弟みたいなものですからね・・・、お互い様のようなところの国同士ですが、人の心からいつかとげがなくなり、感謝に包ま気持ちになると、きっと私たちがいろいろ声を上げなくても自らが反省して今を感謝するということができるようになるんだろうなあと思います。そういう許しの心をもつすごい仲間が中心となって、私のまだまだ幼稚な心を日々浄化していただき、教えられ、映画化は進められようとしています。今、こうしてこのブログでたくさんのかたがコメントくださり、みんな、携わってくださるかたがたは、本当にすばらしい人たちで私は世界一な幸せをいただいています。みんなありがとう!広島の原爆ドームを世界遺産に残すように提言して働いてくれたのはユダヤ人で、日本人は壊す予定だったのですよ。板東ロケ村を壊したのは、前(故)鳴門市長。世界にこのような平和を築いた場所はないのに、なぜ、壊したのか日本人は物の価値を知らないと批判くださったのもユダヤ人。日本人はどうも、自分たちを卑下するばかりで辛くなります。もう少し誇り高き人種になれるようにがんばりたいです。そうしないと、私たちの幸せのために
戦った特攻隊の人たちも浮かばれません。政府の人たちはどんな国になにを言われようとも、関係なく自国を守り抜こうとした人たちの魂は尊い自分たちの遺産であることをどうして自覚できないのかなあと不思議です。自分を大切にできない人は不幸です。
私たちは幸せに生きるために生まれたのですから、死にたくないのに、死ななければならなかった時代や人たちのことを思えば自殺希望者は誰がなんと言おうとも、世間に甘えてるとしかいいようがありません。私はそういう人の味方だけはしません。私たちはこうしてめったにない平和な時代をおかげさまで頂いてるのですから、今を生き切るように生きて欲しいと思います。癌で亡くなる人も生きてる時間を生ききって死んだすばらしい患者様がたくさんいます。人生は長い、短いではなく、いかに生き切るかに尽きます。私ももう折り返し地点を過ぎましたので
最期の使命だと思ってがんばりたいと思いますので
応援お願いいたします。

ジャンヌダルクさん。お帰りなさい。
なにも知らずにごめんなさい。
いろんなドアをたくさん開けていただいて、ありがとうございました。香川先生と乙四郎先生には学ぶことが多くて、まぶしいばかりです。
三冊のご本を読んで、そのどれもに非常に感動しております。いまどき、こういう感動を覚えた本はありません。紹介して、広めたいと思っています。世界平和というだけでなく仲良くいきていけますように、お手伝いできるところはしていきたいものです。
お疲れでしょうに、早速のコメント報告、ありがとうございました。
重ね重ね御礼申し上げます。

かささぎさん、夢診察室、読まれたのですね。おばあちゃんが有名になって旅立った話など、本当のことだったのですよ。けっこう面白いでしょ。
 あれは、夢を持てといわれても、夢の持ち方がわからない人用なんです。

 私は、いつもグループホームの職員に言うのです。人を幸せにしてあげたいなら、自分が幸せにまず、なりなさい。ここで仕事をすることが楽しい、うれしいとなれば、自然と入所者も幸せになります。と。
私は平和な時代にはそれが基本的な平和なんだろうと思います。幸せな魂は電波してみんなを幸せにして世界は変わっていくでしょう。自分が不幸だと思う人は、人も幸せにしてあげられません。不幸だと悩むと、それも人に電波します。なにもできない人は和願施で、ニコニコ。それで回りもニコニコ。私は音楽もなにもできないので、和願施しかありません。だから、光輝ける才能なんて、なにも持ち合わせてないのです。連句も難しいし、漢字も読めないし・・・みなさん、ごめんなちゃい。そんな私をこうして仲良くくださって、ありがとうございます。おやすみなさい。

おはようございます。

このところ、身の回りが多忙で、ゆっくりコメントを読む時間がありません。で、付け句もしばしパス。コメントも残せません。

が、ここに、これだけは書かせて。

>私は平和な時代にはそれが基本的な平和なんだろうと思います。幸せな魂は電波してみんなを幸せにして世界は変わっていくでしょう。自分が不幸だと思う人は、人も幸せにしてあげられません。不幸だと悩むと、それも人に電波します

四国のジャンヌだるくさん。

あなたのこのことばに出会えてよかった。
なにがあっても、自分が不幸だとは決して思うまい。あらためてそう誓います。自分に。

仕事で挨拶リーダーなる役をおおせつかっています。
和顔施・・・いい言葉だと思いました。どちらかといえば暗い顔立ちなので、笑顔を持って今日からの仕事に備えたいと思います。

きのうミーティングでうちらの売り場が(全体)挨拶は悪い、売り上げも悪いとこっぴどく指摘されました。上げる顔がなかったんです。明るくおおらかに。つらいときは孫の笑顔を思い出してがんばってます。

じゃんぬだるくさん。どうもありがとうございます。
夢診察室は大繁盛。これ、じつはまだ冒頭の一編、ほーむ入所のおばあちゃんが手作りのまり(柳川のみたいなんではないかな)を作ってもだれも喜ばない、生きがいがなくなって体調をくずしかけた、というとき、よしこ先生の知人から外国(あれどこだっけ、おひめさまがいそうなところ、月のさばくみたいな)へ何か日本のてみやげをもっていきたい、こどもたちにも渡したい。と相談があり、そのとき、よしこ先生はすぐにおばあちゃんのまりを思いつかれ、早速依頼、おばあちゃんは全部で16個あったのにもう一個とびきりきれいな糸で仕上げて、先生に贈った、「わたしの生きてきた甲斐がありました」といって、外国の人たちに喜んでもらったということを聞いてまもなく、大往生なさった。という話。これ、おばあちゃんのお話が主ですが、その語り口に先生がホームを維持経営するときの、職員への鼓舞(これが最も大事だから)、入所者への目配りがすべて見える、とっても「伝わる」本なのです。むずかしいことはなにもおっしゃいませんが、ともかく、わかりやすい。
たとえばね。よしこ先生は職員に感想文を書かせるのです。
なにか定期的に課題の文章を渡して、どの人にも文章をかかせ提出させる。だんだん、みんな要点をつかむのがうまくなるにつれて、人のこころを汲むのがうまくなるし、和のこころもかもされる。モチベーションはいやでもあがる。これはすばらしいことだとおもいました。
また、。こういうことがさらりと書かれていて、私はへえ、そうなんだ、それは大事なことだな。とハッとした。
特養(乙四郎先生の講義ではついのすみかと習った)のご老人にはたしかに痴呆の方も多くいらっしゃるけれども、そうではなく、あたまはしっかりしておられて、でも体の不自由な方もいらっしゃる。そういうかたがたに、痴呆待遇の、こども扱いはとても失礼なことで、一日部屋にこもってだんだん外にでられなくなっていくのは、つらいこと。ああ、そうなんだ。それはつらかろう。
ときに書かれる傑作な娘さんのこととあわせて、面白く教えられることがたくさんあります。
けさ、なぜか、次男が夢診察室をもって手放しません。きっと何かヒントがかかれていたのでしょう。今、かれは迷っていますから。ありがとうございました。
ヴァイオリン、感想をかくところへいって、さくらさんがここへかかれてた文章や、乙四郎さんのや、わたしがかんじたこと、全部記入して帰りたいのですが、ちょっと時間がまだ取れない。
みんなにも、よんでほしくて、本をもっていこうと思っています。

せいこさん。ありがとう。
とっても忙しいのはブログをよんでわかりますよ。
いつもなら、すぐ句をいくつもだしてくれるのに、それが今できないのですね。わっかりました。いつでもだせるときにだしてくれたらいいのですから。
香川よしこ先生と今であったのは、運命だと思うから、とってもありがたいと思います。

じぶんは不幸ではない。決して。あたぼうよ。
悩む、迷う、泣く、苦しむ。ぜんぶありがたし。
現に胸がへこんでいても、かささぎは泣かん。
は。ちがうか。
せいこさん。
強くてやさしい、あなたはつくづく任侠のお人ですね。ゆっくりもできないだろけど、来て、付け句またつけてくださいね。

ぼん。いつも句、すぐつけてくれてありがとう。
昨日のそらんさんもうれしかったけど、ぼんに、いつもいつも励まされているよ。
ほろ酔いのつき、よかったから、とろうかどうしようか、迷っているところです。ネックは、発句がお日様、脇に紅輝。このように近いところでほんものの月をあげていいだろうか。と思って。こういう場合、うわさの月、とか、かげの月とよばれる、実体のない月をよみます。ほろよいの月、それに近い気もする。
酒をおもてに出すのを嫌う人がいて、それを確認中。まってください。例をさがします。

ありました、おもて6句での酒句の実例が。それも酒の催促、という俗っぽい句が四句目にありました

鞍壺に小坊主乗るや大根引 翁(芭蕉)
  陽は金色に冬ぬくき郷    野村牛耳
出稼ぎの話こまごま炉辺にて  橘棟九郎
  おいおいと呼ぶ酒の催促    棟九郎
東より桜月夜はくれなゐに      牛耳
 虹に目覚めて春雨となり   小林英三郎
 
野村牛耳連句集『摩天楼』より、
『大根引』第三回俳諧時雨忌作品

自分の記憶でも、大分での座で酒の句がでました。おもて6句で。しかし、会派によっては、おもてに酒は嫌う捌きもいます。ちょうど、表6句がすむまでは、飲み食いしないで巻くのと同じ意味でね。
これは現代の作品ですが、芭蕉の句の脇おこしです。今やっている、檀一雄の俳句の脇おこしと同じです。翁をしのぶのが時雨忌。(おきなだなんて、芭蕉は50そこそこでなくなったってのに、自分たちより若いってのに、なんだかへんね。)
これもそうですが、作品には結構脇や発句に、「日」
を読んだもの多く、五句目の月はそういうとき、陰の月あるいは、この巻でのように月そのものをよんだものではなく、ぼかした感じになっているものが多いです。ゆめ、満月などはでていません。
うわさの月(かげのつき)、実例をあげておきます。同じ連句集から。
衆目は展示絵巻の暈かし月  石川宏作
(絵巻に描かれた月で実体がない虚の月)
山深き郷のたよりは月のこと  林 空花
(これもそうです。うわさの月といいまして、虚の月)
というふうなぐあい。
あと、芭蕉七部集もひいてみますかね。むかしのほうが、ずうっと寛大なところと厳しいところとあって、一概にはどうとはいえないからややこしい。
こういうときにこういう作業をやっておかないと、自分のさばきに自信がもてなくなるのですよね。おもて、うらの区別は口でいうほど簡単ではなく、むずかしいです。本当に千差万別、さばきしだいで許可されることは無辺大。たとえば、この野村牛耳作品集では、おもて6句で時事ネタがたくさん出ているし、これはどうみても裏だろうがよってのまで、出ています。ではありながら、さりながら。この人のさばきの作品は、妙にどじょうっぽねのすわった巻が多い。
もしや、この人、東北の人?(しらべる)がちょ~ん。鳥取県岩美郡大茅村大字楠城村(現国府町)の農家に明治24年8月21日生まれ、とありました。
国府。そういや、よしこさんの香川じゃなくて徳島のおすまいにも、この文字がありましたっけ。。。。

ずっと引っかかっていること。
典型的なカトリック曲である「アヴェ・マリア」。
これをユダヤ人が奏でることの意味。

ここ、読んでませんでした。
捌き>>むずかしいね。

今回は捌きのぼやきが直接聞けないので、れぎおんをそばにおいて、時々見ながら句を作っています。

ぼん。あのね。つくづく困ってしまうのは、連句って文芸の最大の欠点は、ザのぶんげいであるから、衆を限定してしまう、ってことなのよね。
無限にひらかれていつつ、一点に限定してく。

ネットでやることのつらさは筆舌につくしがたい。

おつしろう。かとりっくと新派とどうちがうかいまだによっくわからんが。アヴェマリアの音って、なんもしらんこどものときにキリスト教のイメージとして「あ~べまり~や」と冒頭一行のメロディをおぼえました。高校の英語の先生、あべちゃんのむすめさんがまりあっていって、そんならあべまりあじゃんって笑っていたことなど、なつかし。ああ、さかいくんちゃんちのむすめさんにも、まりあちゃんがいました。
・・ってそういう話題じゃないって。
まだ今回、あさばりかさんにメールできていません。
なにがふしぎって、りかさんを十年以上も前からご存知だったってことです。
ザヴァイオリンは何か強い霊的なものに導かれて書かれた預言の書みたいなものだと思います。

あらすじ アヴェマリアのヴァイオリン

で検索して二番目に出るようです。
ひさびさによみかえしました。
面白かった。

読まれていました。

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