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2010年6月23日 (水)

誇り高き百姓の父へ、十首

  田植え前  

       西野いりひ

がん切除せし父がゐて杖を曳き田植えの前の田を見てまはる

田まはりの父は杖にて「此処」と言ふ畦を切れよと水を通せと

身の利かぬ父にあれこれ指図さる代々の祖(おや)に祟られるごと

「おてみなくち」と父がよびたる水口は何処ぞ鍬もち吾は探しぬ

父は杖われは鍬もちうろうろすこんなことでは米はできないな

米つくる人みな老いてしまひけり補助金受給申請の列につけば

百姓を何だと思ふてゐなさるか田をきざみ休耕の田とせよとのたまふ

票田となる水田は潔しほとほととお上の補助金づけに倦みたり

畦を切り小板を置いて水口となせば近くに鵲の来る

父の言ふ百姓ことばなつかしきまだ生きて在る父に従ふ

http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/8efdcbf0b98ae93491fd85dac478ce60

父

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コメント

おはようございます。
十首>>感動しました☆

少し気が引けますが。昨日作っていたので。

すれ違う軽トラ運転皆高齢で

今年我が家は3枚ある田のうち、2枚は他に預けて、1枚は大豆です。
先祖代々の土地を守れない自分が情けないのですが。

読んでくださってありがとう。
短歌は語れるが、俳句ではそれができない。
>預ける。
うちも今年から父の甥に作ってもらうことになったのですが、甥は仕事もあり、そんなにこれない。
ところが、田植えは、四六時中水のことを気にかけておかねばならない。日がのぼって沈むまで。
父がいりいりして、甥になにせよかにせよと電話したがるのを制するのが、一苦労です。
ぼんって意外と勇気あるね。よく、自分にはできないといえましたね。古い家にいると、のみこまれてしまうからです。

いえ、彦さんが言って姑と二人で決めたことです。田んぼの事に口出しなんかできません。
いつまでも外で働く嫁にあきらめがついたんじゃないですか?

ふうん。あきらめるもなにも、今の世にお百姓では食べていけませぬ。だから強いることはできない。だけど、父たちの世代の人たちは、生え抜きですから、それ以外の生き方を知らない。おしつけてくる。
私はいまでもおもいだすと、つらくなる。わかいころのじぶんたちは、とってもかわいそうだったなと。なにが悪かったのか、いまでもよくわからない。きづいたときは、疲れ果てて、どっちもたえきれなくなっていた。おやも、じぶんたちも。きっとがまんしてはいけなかったんだ。少しずつ吐き出しておれば。

それと。私があまかったな。と反省している。
最初から、なにもしません。と、彦山みたいに親に宣言していればよかった。どっちつかずで、ましてや、私はいつも親の顔色ばかり見ていたから。でもね、私しかこどもがいない親にとって、頼れるのはわたししかなかったのであるから、それは仕方のないことで。
自立、っていいますが、農家の場合の自立って、いったい、何なんだろうね。
きっと、全国には、かささぎとおんなじ悩みをかかえているひとたちがかなりいるのかもしれないなあ。
むずかしいことです。

他所様に預ける、というのは、守れないことではないと思います。田んぼや畑はけっきょく預かりモノ。次の世代に手渡すためにまもる。耕作できなくて、荒廃させてしまうことと、地上権設定してだれか第三者につくってもらうこととはあきらかに違う。
一度荒廃させた田んぼを元の状態に戻すのはとても年月がかかるらしいですね。そうさせないために委託する。それも守ることなのではありませんか?

フルタイムで働いている女性(嫁)にだれが田んぼや畑の管理のことを期待しましょうか。期待するほうがムリ。仕事してるときは、仕事と子育てのことで必死、ほかのことに気が回らなくても当然。畑を手伝わなくてごめんなさい、なーんて殊勝なことこれっぽっちも思わなかった。したくなったらしたい人がすればいい。わたしは「したい」から田んぼに出るのですよ、と、これはボンに。笑


ひめどん。
長女ってオヤの顔色見るよね。
しnどかったろうと思う。ほんとに。
弟がいたからわたしは親のことを、農業の跡継ぎのことを、ひめどんほど深刻に考えなくてすんだ。実家の弟嫁と母が深刻に不仲だったころ、いつか実家の母親もわたしがひきとってもいいと考えたことがあった。でも、思う。そんなこと現実問題としてムリだったと。若い頃はものごとの闇に紛れた部分が読めないから甘くならざるをえない。せめてはならぬのですよ。だれもそれを責めてはならぬのですよ。若さとはそういうものだ。

うちは母親がいて、息子が手伝える状態だったから今まで続けてこられた。機械もそれなりにあったから。
現在は機械もなく母は年をとり、体を動かせなくなりつつある。作らせてほしいと言われたから預けたようです。
せいこさんのいわれるように考えたらいくらか気持ちが楽になるけれど、30年近く農家に居りながらなんもしきらんとはなさけないと思うときもありまする。しょんなかたい。

せいこさん、ぼん。
ありがとう。
みにしみました。

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