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2010年6月 3日 (木)

乙骨一族の骨 その2 正生氏

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2006/06/post_1949.html#comment-71248488

乙骨正生と申します。

たまたまインターネット上で本ページを拝見し、小生に関する記述があることから、僭越ながら投稿させていただきました。

私の言論活動の件で、乙骨太郎乙の御一族の皆さまに、ご迷惑をおかけしていることがあるとすれば、お詫び申し上げます。

私は母方が乙骨姓で(父は清水姓で養子となりました)、祖父は乙骨規矩郎と申します。祖父の話ですと判事の乙骨半二氏とは親戚ということですので、曾祖父かそれ以前に枝分かれしているものと思われます。

以前、永井菊枝様や乙骨剛氏とはお目にかかったことがあります。

いずれにせよ、乙骨の名を汚さぬよう、矜持を持って言論活動を続けていく所存です。

一筆、失礼申し上げました。

   平成22年6月2日
                       乙骨正生拝
    

こんばんは。コメントありがとうございました。
乙骨一族のご縁、でございまするなあ・・・。
ささ、一献どうぞ。
なにもございませぬが、茶でもどうぞ。

▼きょう‐けん〔キヤウ‐〕【狂狷】
《「論語」子路から》いちずに理想に走り、自分の意思をまげないこと。

これですね。乙骨一族の血ですね。
なにも申しません。思いを貫かれてください。
ただ、かささぎめはチキンなので、ついていけるかはぎもんです。
最後尾からあらぬほうへ突っ走って逃げていくかもしれず。
しかし、心情的には同感です。
きらいですもん。
しんじゃさんにはなんのうらみもありません。
むしろ、とても尊敬すらしているひとたちがおおい。
きょうだんがきらいなだけです。それだけです。
それでは、お元気で。
あそうだ。こんどの政変の底にあるものをご存知でしたら、精しく教えてください。
ながくつきあっておいででしょうから、ご存知ではないかとおもいました。
ほとんどの信者さんたちは、きょうだんがかような事件に巻き込まれていることをご存じないと思います。なにも自分たちには関せぬところで行われているきょうだんのりえきをまもるあくじに、じぶんたちがいのちをかけて信仰しているきょうだんのなまえが冠されていることを知ったなら、かれらはどんなに失望し、おどろくでしょうか。
こんなことを、こんなにまっすぐ、こんなに悪名高き(ああごめんなさい。あちらさんにとっては。です)ひとにたずねたら、パソコンがかたまってしまうかもしれませんが、聞きたいきもちをがまんできません。ですから、よろしくおねがいいたします。

ちなみに、かささぎの旗は、無防備、丸裸です。
何一つ装備していません。ガンジーのむていこうしゅぎでありますんで、どうか敵のみなさま、手加減願います。ふしておねがいいたします。
神様ほとけさま、にちれんさま。
てきこくこうふく、敵国降伏。(元寇じゃないか。)
敵国に幸福を。まあまんじゅうでもどうぞ。
あそれはどろまんじゅうですから。
     かささぎの旗

論語に学ぶ会のページより引用。
狂狷(きょうけん)とは。
http://rongo.jp/kaisetsu/rongo.php?333,1

子路第十三 333

〔原文〕




〔読み下し〕
子日わく、中行(ちゅうこう)を得(え)て之(これ)に与(くみ)せずんば、必(かなら)ずや狂(きょう)狷(けん)か。狂者(きょうしゃ)は進(すす)みて取(と)り、狷者(けんしゃ)は為(な)さざる所(ところ)有(あ)るなり。

〔通釈〕
孔子云う、「中庸を心得た人と仲間になりたいものだが、中々出会えない。ならば狂者か狷者を探すとしようか。狂者は善いとなればすぐ飛びつくし、狷者は悪いとなれば絶対に手出ししないからなあ」と。

〔解説〕
狂者とは、夢想的理想主義者、狷者とは、潔癖症の石頭と考えてもらって良いでしょう。

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コメント

敵国降伏は筥崎宮に掲げられている亀山上皇の額。亀山上皇の像も日蓮の像も博多にはある。このとき、国難に立ち向かうきもちはみな、ひとつだった。
こんどのこの国難。
敵国の敵はどこ。

おつこつまさお氏とこんなかたちで、こういうときに、かような出会いをするとは、考えてもいませんでした。
まさお氏のブログ記事を一つご紹介します。
「創価大学卒の新任中国大使と会見」
池田名誉会長の記事がひろえました。
これによりますと、中国大使は55歳、おないどしですね。
中国から日本の大教団はどう見えたのでしょうか。

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