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2010年6月27日 (日)

歌仙『高砂や』

堺屋の庭

萱の鉢

歌仙『高砂や』の巻

時:平成22年6月19日(前半)6月27日(後半)
        
於:裏6まで保健医療経営大学
  裏7から八女市本町堺屋

捌:姫野恭子

高砂や紅ほんのりと胡蝶蘭    青翠えめ
  三々九度は朝涼の杜      姫野恭子
壁面に落語全巻ひしめいて    澄 たから
  ダイヤの針を溝に走らす   竹橋乙四郎
蜑の家の猫が見上ぐる月丸し    恭子
  頁押へよ大西風の吹く      乙四郎

願掛けに鳥居くぐりてそゞろ寒   えめ
  いつも通りの牛乳石鹸     恭子
折り紙を開きもいちど折り直し  乙四郎
  素知らぬ顔ですれ違ふ君   えめ
したゝめしメール送信躊躇ひて  乙四郎
  残金些少熱い雪ふる      恭子
敷松葉白洲に月の照り返り    八山呆夢
  うづ高く積む螺髪のやうに   山下整子
隈取の歌舞伎役者の決めし見栄   えめ
  博多の街は雨後のきらめき    整子
花しとどええくれのあし千鳥足     恭子
  さへづり連れし鐘がなるなり    整子

名残表
水ぬるむ新駅の窓まぶしかり    呆夢
  孕み女の交通整理        呆夢
あの人は生き方がとてもハンサムなの 整子
  はじめて作る韓国料理      えめ
週末の気圧配置図ねぢれてる   整子
  未来描きかへ薫風に座す    たから
前田氏の恩顧の所領朝焼けて    恭子
  てにをはのなき往信書簡     整子
五七五からつぽのとき過ごしをり  東妙寺らん
  涅槃像にはもみぢの寝床     呆夢
永訣の日の音曲と月代と      整子
  地にすれすれにへちま下がりぬ  呆夢

鯊の群れ川の右手に待ち受けて    恭子
  のれんがゆれる新蕎麦のゆげ     らん
えび色のジャケット母のモダニズム   整子
  闘莉王が蹴る川島が飛ぶ      呆夢
咲き満ちて醒めぬ夢あり花の宿    らん
  やすらひ祭り寛いであれ        恭子

ことばメモ:

敷松葉;秋の季語。松葉を敷き詰め霜よけにする。
ええくれ;九州南部(おもに筑後)の方言で、酔っ払い。
音曲;近世以降の音楽、おもに俗曲。
(舞をともなう芸能において音楽のみをさしていうことばでもある。)
えびいろ;葡萄色とかく。秋の句が多すぎるので、ひらかな表記とした。
やすらひ祭り;花鎮めのまつり。http://www.aozora.gr.jp/cards/000933/files/13213_14433.html
「鎮花祭は、三月末の行事だが、此は夏祭りの部類に入るものである。やすらひ祭りとも言ふのは、其踊り歌の聯毎の末に、囃し詞「やすらへ。花や」をくり返すからだと言ふ。昔は、木の花を稲の花の象徴として、其早く散るのを、今年の稲の花の実にいる物の尠い兆と見たのだ。歌の文句も「ゆつくりせよ。花よ」と言ふ義で、桜に寄せて、稲を予祝するのである。」以上、『折口信夫 祭りの発生(一)』・・・(これをよむと、東めいがせんせいの花祭り考を思い出さずにはおれません。)

まったく時事ネタがなかったので、サッカーを花前におしこむ。
前田氏の恩顧の所領。・・・これ、なんでしょう?
いちおう、どこらあたりか、検索。
そしたら、雑賀衆の孫市につながった。わけもわからず、安堵。
「すれすれ」の表記、おどり字にしたかったが、その技術がなかった。
祝いの歌仙、景気よく、めでたくぱーっとやりなはれ。
って、前田先生のおことばはあたまに響いていたけれど。
かささぎってな、やっぱりモノクロ族、こんなものです。
えめさん、らんさん夫婦へ花火のお祝い、ありがとうございました。
いつか、いっしょに、あげましょう。(おいおい)

 

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コメント

ひめどん。
おつかれさまでした。
清書、ありがとう!
いつもいつも、甘えさせてもらって申し訳ありませぬ。
うつくしく仕上がってると思います。
うつくしすぎるほどに。
でも、ご祝儀歌仙ですものね。
苦しみや悲しみの句は入れないのが当然でしょう。

久しぶりの座、楽しかった。
また、このブログで、文韻、やりましょう。

seikoさん。とりあえずまきおわってよかった。
新婚さんのお話もきけたし、らんちゃんのお料理もたんのうしたし、ぼんのおからもおいしかったし、もものおみやげもどっさりいただいたし、。
きになるところはあっても、たいしたさわりじゃない。
途中、こういう迷い、しました。さばきとしては、ここがひとつのポイントだったんだけどね。
①うづ高く積む螺髪のやうに   山下整子
隈取の歌舞伎役者の決めし見栄   えめ
②うづ高く積む螺髪のやうに   山下整子
あかんぼの世話もしうとのあの世話も きょうこ

こうしてみると、つきすぎとはいえ、かささぎの句のなんのおもいやりもない、嫁句、こっちのほうがよかったような気がしてくるよ。(らほつからうんちをれんそうするおれっていったい。)

みやま「食の祭典」(スローフードフェスタみやまイベント)+保健医療経営大学大学祭の日程が決まりました。
10月24日(日)です。
連句興行、今年もやります。
よろしく。

了解でごわす。
カレンダーにくっきりと書いた。
今年もお世話になります。

乙四郎。せいこ。
なにとぞよろしくお願いいたします。
ところで。結局、おいわいの供をいただいたのは、連句の部屋にいたメンバーからとそらんさん、しらべうたまるさん、だけでした。せいこやぼんからはもらわなかった。ばたばたしていたのでうっかりしてた。編集するので、一句だけでもだしてね。
あとから思った。乙四郎句は捨てるにはしのびない、俳諧的によくできた句だったと。
そこでここにあらためて紹介しておきます。

水盤にギザ十二枚並びをり  竹橋乙四郎


季語は水盤。三夏。
花をいける平べったい器で清涼感がある。
この句には、中世の絵巻物や連歌にみられるような「俯瞰する遠まなざしー神の視点」が感じられる。
ここでは花嫁も花婿も水盤の中になげこまれた二枚の十円玉でしかない。その二枚のぎざぎざの入った十円玉(昭和26年-昭和33年代に製造されたもの)は、お行儀よく、ちんまりと並んでいる。そして、水盤のなかの水がにごるのを二人して防いでいる・・・。
※かささぎの戸畑の姑が部屋のあちこちに飾るお花に夏は必ず十円玉をいれていました。水がくさらないように。、といって。

お祝いの供とはなんぞや。もしかして句のこと?発句が出てないということですかい。

それともお祝いに何かを差し出せとでも。体でよければいつでもと言いたいですが、今は無理。少し待ってくだされ。

ぼん、まってよ。ごめん、字をまちがえてしまった。
『金剛界曼荼羅供』以来、くと打てば、句じゃなく供がでよる。句をだしてね。
それと、九月の合宿、又黒木、それとも星野の天文台か、そのふもとの池の山荘・・・たしか名前がかわっていました。どこが、いいかな。ご飯がおいしくて温泉があればいいんです。
普段どこへもいけない者としては、せめて合宿には出たい。前田先生もお呼びして。九月十九日、二十日が土日、二十日、二十一日が日、祝日です。このどちらかでは。今月の半ばまでにはきめておきたい。まだ何もきめていないので、案をどうぞ。時間があれば集まって話し合いたいけど。こういう興行では、前田先生はよく観光をかねた史跡めぐりと組み合わせてスケジュールを組まれてました。

そういえば。あしたとあさって、えめさんとともだち五人は、出雲大社をめぐる旅にいってくるって。にっきゅっぱ。だそうです。いいなあ。うらまやしいな。一度いきてえよお。八雲たつイズモ!楽しいでしょうね。

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