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2010年5月 5日 (水)

随想・風媒花7『青嵐』 岩坪英子

青嵐

  岩坪英子

 二月末のあたたかい日であった。
郵便受の蓋から何かぶら下がっている。枯葉かと思ったら、小さなちいさな蜥蜴だった。蓋を押えたはずみで地面に落っこちた。DMのハガキで掬うとかすかにうごく。掌に移す。2cmほどの体なのに一人前 (一匹前) にしっぽの途中から先がない。

「オバカさん」、草の上に置くと、そろりともぐっていった。
 とかげは、夕方雨戸を閉めるとき鴨居からハラリと降って来たり、朝は雨戸と柱の間でペチャンコになってたり、彼らの干物つくる趣味なんかないからちょっとせつない。
 家にはこんな生きものが人間の数よりはるかにたくさん棲んでいる。

 夏の夜は玄関の硝子に外から貼りついている蜥蜴。等間隔にまん丸に並んだ五つの、まん丸い指の腹がなんともかわいい。灯りに寄って来る虫を待ち伏せしてるのだろう。人間にわるさする事もなく、むしろ益虫の仲間か。
 危険を感じると、切り離した尾をピクピクさせて敵の注意を集めその間に逃げる、と聞いた。切れたあとにはまた尾ははえて来る、ただし回数には限りがあるそうだ。一回目の尾放ちをやってしまったあわてんぼのおちびさんはあと何回新しい尾を持てるのだろう、それより三月の寒波ちゃんと越せたかしら。

 昔、太先生のお宅があったあたりを歩いてた時のこと、少し前を3L、いえ5Lくらいのご婦人がゆっくりゆっくり歩いてらした。そして十字路まで来ると立ちどまってしまった。やっぱりご自分をお運びになるのも大変なんだろなって、もちろん私はさっさと追い越して・・・はたと気がついた、赤信号!

 その道の延長上でのこと。
 とある真夏の、真昼の、これ以上晴れることはないと思えるほど晴れた日であった。
 二車線ほどをはさんで両側に歩道がある。なにげなくむこう側を見ながら歩いていたら気になるものが。
 頭をすっくと上げ前足も片方宙にあるのに微動だにしない大きなとかげ、たぶん蜥蜴。見つめながら歩いた。視野から消えてしまうまでずっと動かなかった。あんまり気になるので夜つれあいに話すと「死んでたんとちがう?」「だって手あげて頭もあげてほんとに歩いている途中だったんだから」「じゃおもちゃだ。」
 そのあとどんな会話したか覚えてないけどあの誇り高いポーズのあの瞬間彼をおそった心臓マヒ!だった、のかなあ。

 蜥蜴の種類は二、三千種もあるのだとか。
 枯葉色、白っぽい色、黒も混じった美しい配色の縞模様(私は勝手に虹色とかげと呼んでいる)。カメレオンも恐竜も蜥蜴の仲間。
 人間も胎児のある時期まるで恐竜のような姿をしている。この世の生きとし生けるものみな兄弟姉妹、なんて言ったら引っくり返る御仁もおありかも。
  Viva いのち!

 胎児いまジュラ紀あたりか青嵐   英子

  『九州俳句』158号より転載しています。
  2010・5・15、北九州市福本弘明編集発行
  発行所:九州俳句作家協会
  印刷:山福印刷

▼かささぎの独り言

おお!内容がすばらしい。
かささぎはこれを読んで打ち込みながら、すぐ「世界の終わり」の『幻の命』と『虹色の戦争』とを思い出していました。心の中にかれらの歌がまっすぐ流れた。
表現の仕方、書き方は違えど、おもうことは一つ。おなじですね。

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コメント

う、うまい!
書き手のお人柄がにじみ出るような文章ですね。
掛け値なしに、うまいなあと思います。
小動物を訳も無く恐がったり疎んだりする現代人が多いなかで、ほっこりこころがあったかくなるようなやさしいまなざしが感じられる。
向田邦子さんばりの文章ですよ。

とかげは戸影、石竜子とも書くんだね。(石と竜とで河童の監督おもいだすが。)
前回、着ぐるみの独特な視点の句を出されていた方です。
この方はユーモアがありますね。
誇り高きとかげ、か。
ポーズを決めたまんま、あの世にいっちゃったのだろうか。ご冥福をおいのりいたします。合掌。ぐわし!

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