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2010年5月 5日 (水)

高良山十景歌のつづき。

一月近くも放っていました。

片心に常に気にかけていたのですけど、あまりの漢文の嫌さにやる気が起きずすみませんでした。

さあ、ぼちぼちやりますか。まちがっててもいいから。がんばれ!自分。

(つづきです。)高良山からみはらせる景色を列挙しています。見晴らせる景色、すなわち、自分の立ち位置の確認でもある。政治状況から生活全般、なにからなにまで。教えてもらえます。なにも知らないかささぎは、目を白黒して、すなおに話をきくことにします。

立花飛騨守居焉 西北去山四十余里實満岳*縹渺天表其南去此八九十里肥之雲嶽如一片雲俯瞰山下平地千里村々煙接山々碁布可以視国政之豊効焉、筑川如帯縈(えい、めぐる)廻入南海囘睇四隣嘉木葱鬱和気抽緑、暖靄蒸紅、尤宜春望、故以春望命題尭恕親王製詩妙法院二品法親王藤僕射凞公詠和歌近衛左大臣藤原基凞公其吉見者、在竹楼西北、孤峯崒嵂(こほうしゅつりつ)、絶壁百仞、天正中、博陸秀吉公征西之日、壘其峯巓四邊櫻華、繚乱爛漫眩耀心目、故以満花為題。

意訳)
立花飛騨守*の居はどこだろうか。四十里ほど西北には宝満岳が縹渺とそのすがたを見せている。八九十里その南には肥の雲嶽(雲仙岳)が一片の雲のように山の下を俯瞰している。平地千里の村村の煙は国のまつりごとの豊かなみのりを見ることができぬほどに碁布(散在)する山山に接している。筑後川は帯のように南の海の・・ううわからん!
かいてい、ってのを調べる。回るのできそこないみたいな字と、目に弟。
一つヒット。そのまんまひっぱってくると。
漢詩のスタイル分類みたいなサイトだと思うのですが、全部漢文なので想像するだけです。http://wagang.econ.hc.keio.ac.jp/index.php?%E5%BD%8A%E6%9D%91%E5%8F%A2%E6%9B%B8%2F%E5%BC%B5%E5%AD%90%E9%87%8E%E8%A9%9E

かいていって、たぶん、目をぐるっとめぐらすってことじゃないかな。

仙呂調案天仙子前卷入中呂宮醉桃源前卷入大石調俟攷

河傳

花暮春去都門東路嘶馬將行江南江北十里五里郵亭幾程程   高城望遠看囘睇煙細一作高城漸遠重凝睇煙容細晚碧空無際今夜上一有不知二字何處冷落衾幃欲眠時

かぼくねぎうつ。嘉木=りっぱな木。葱鬱ってなに。ねぎうつじゃないよね。
しらべると、うわ愕いた。たくさんの鬱。これをみよ。鬱の拓本ベース。
http://coe21.zinbun.kyoto-u.ac.jp/djvuchar?9B31

どれがすき?
ってそういう問題じゃないだろうが・・・。葱ほどの憂いってどれほどの憂い。
はい、これほどのうれひです。

http://coe21.zinbun.kyoto-u.ac.jp/djvuchar?8471,9B31

日本語がよみたい。わからない。
日本語のヒットするサイト
http://www.shimin-kyodo.sakura.ne.jp/bungei/aichikogan/tokaido149.htm

「此処ヨリ二三谷ト云ヲ経テ雑樹葱鬱タリ漸ク攀登リテ
  家老ケ平、小姓ケ平ト云地アリ、巽位ニ熊尾山聳タリ
  北ハ此処ニ処リテ小岐須山の界ナリ」

 この御所谷から御所平に登る道、これはいま相当荒れている。
二三谷は御所谷のどれかの枝谷だが、比定することは困難である。
ここを過ぎると、ようやく二次林の雑木も
矮小となり、登り終えたところが平坦な御所平、そののなかで家老ヶ平、小姓ヶ平と云うところである。これはいまも同じ場所を指して呼ばれている。
 ここから巽の方角すなわち南東に熊尾山が聳えている。北にはここから峰続きの小岐須山(小岐須峠)がある。

以上、引用文です。わかりました。矮小となる。という意味が葱鬱です。

では続けます。筑後川は南海へ帯のように流れ込み、目をぐるっと四囲へめぐらせば、立派な大木や矮小な木がそろって和やかな気をかもし出している。暖かな靄が花の紅にかかり、もっとも美しい春の眺めだ。

ここまでにします。以下、のこってしまいました。

故以春望命題尭恕親王製詩妙法院二品法親王藤僕射凞公詠和歌近衛左大臣藤原基凞公其吉見者、在竹楼西北、孤峯崒嵂(こほうしゅつりつ)、絶壁百仞、天正中、博陸秀吉公征西之日、壘其峯巓四邊櫻華、繚乱爛漫眩耀心目、故以満花為題

注記;

*立花飛騨の守ー立花忠茂か鑑虎か。http://homepage3.nifty.com/hyuuga/daimyou/tatibana.htm

*實満岳・・・宝満岳の間違いではないだろうか?とかささぎは思う。
つまり、三笠山。いやなんとなくの直感。

碁布ってなんだろう?「ごふ」と最初は読んでいた。碁盤の目みたいな布がみえるさまかな。なんのことかさっぱりわからん。辞書もない。ネットで一応検索。諏訪清陵高校の校歌がヒット!やったね。
http://www.nagano-c.ed.jp/seiryohs/uta/kouka2.html

あら。くるめじゃないんだな。長野。そうかー同じ地名は何処にもあるけど。

この4番の歌詞に。

※「鬱」について;この字のもともとの意味は「息苦しいほど木が群がって茂る」ということだそうです。 参照;http://kokurabaptistchurch.radilog.net/archives/200709.html

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コメント

文中に「鬱」の拓本ベースを引用しました。
それで「葱鬱」の「葱」一字の拓本をみつけ、見ていたら、↓の、右から三番目にマウスを当ててみてください。「霊厳寺なんとか」って書かれている。れいがんじ。これ、黒木の笠原にある八女茶の里です。でも拓本ベースは中国のだから、中国のれいがんじだろうよね。それにしてもすごい資料。ぜんぶ現地から採ってきたものだと思うと、感動しますよね。
葱鬱と書いて、音読みですと、そううつ、だろうか?

諏訪清陵

検索で、みえました

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