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2010年5月27日 (木)

口蹄疫とケーススタディ(4)           すべてはつの町からはじまった。

保健医療経営大学学長

 橋爪 章

2010 年 5 月 27 日 口蹄疫とケーススタディ(4)

この未曾有の口蹄疫禍は都農町から始まっています。

196例目の事例は川南町との町境の事例です。

ウィルス密度が濃い川南町と同様の背景での感染経路が推定できます。

しかし、ほとんどの都農町の事例については山間の農場に散発的に発生しています。

防疫態勢が強化された後になっても、遠隔地で散発的に発生が続いているのが気になるところです。

1例目が判明したのは都農町で4月20日でした。

翌日、3キロ遠方の川南町の農場で2例目が判明しましたが、潜伏期間を考えると、1例目が2例目へ直接に感染を広げたのではなく、何らかのウィルス汚染が水面下で広域に広がりつつあったのでしょう。

1例目については4月21日に殺処分等の防疫措置が完了しましたが、23日に600m北西の農場で水牛の感染が判明しました。

6例目の判明でしたが、3月31日に採取した検体での感染判明でしたので、実質的な第1例はこの水牛だといえるでしょう。

この農場の防疫措置は4月26日に完了しました。

その後、近辺の感染防御態勢も強化される中、5月8日、48例目が都農町の農場で判明しました。

また、この農場の近くの農場でも、12日に72例目、18日に138例目が判明しました。

潜伏期間を考えると、これらは1例目、6例目からの直接感染とは考えにくく、何らかの別の感染要因があるはずです。

16日、別の農場で108例目が判明しました。

18日、さらに2キロ北の農場で136例目が判明しました。

20日、さらに5キロ北の農場で153例目が判明しました。

気候が暖かくなるにつれ、発生報告が北上しています。

これは、野生動物の介在を疑うパターンです。

都農町の山中には、鹿がたくさんいます。

野生の鹿は山間を自由に移動しています。

鹿に口蹄疫が広がれば、それを制圧することは困難です。

(保健医療経営大学『学長のひとりごと』)

▼かささぎの独り言

昨日の文末が気になって気になって。
学長は結論をひっぱりました。

そうですか。
野生の動物にまで広がっている疑いが濃厚、あるいは決定的ってことですね。

では。
どうなるのですか。この先どうなるのですか!?

コメント

種牛を殺すな。
これはうちの父や母たちも同じことを言っています。
生産者のおもいがよおくわかるからです。
昭和三十年代であったでしょうか、一時期、こちらでも豚を家畜として飼うことがはやったことがあります。豚舎の匂い、去勢する時だったのか消毒液のきつい匂い、えさを煮る、独特の悪臭・・・これらが、かささぎ頭には敗戦後のGHQがもたらした家畜の飼料用の脱脂粉乳と重なって、こころにルフランします。
GHQ=general headquarters連合国最高司令部。

子供時代わが家にもいました。
あと兎(食用とは知らずに可愛がっていました・・)
豚は黒豚さんだったのですよ
☆彡

へえーそうでしたか。
父や母にきいてみると、細かな記憶が蘇るらしくて、いろいろ話してくれるんで、面白いです。
それにしても、あたしゃ、聞くまで知らんかった。
豚も牛も、自然の生理からは引き離されているんですね。まあ、血統書つきの『犬』もですが。種付け。人さまの意向で、より優秀な育成牛や育成豚を得るために、オスをえらぶ。ひーっかわいそ。その他大勢の豚はおちんこきられちゃう(かみそりできってたって!)。牛もかな?政治的におなじことされた行空上人みたいに残酷な話だ。

お若い時の出来事や話をたくさん聞いてあげてくださいね。
年配者の懐かしいお話を聞くのは好きです。
回想することは体にも心にもいいことかもしれませんね☆回想法・・

回想。ははっ、早速じっこうしました。すなおなんで。

ついでに出てくる忘れていた記憶、ってのがあるんですよね。
きのうはこんなの。同時代の貴重な記憶。
名づけて「そういや、あんころ、」。
母語る。
そういやあんころ。裏の川で良ちゃんがおぼれて。ちょうどばあちゃんが裏でぶたのえさにジャガイモをたくさん煮ていてきづいた。それで、むこうのたんぼでは集団消毒があってたんで、火のおらび(方言)で報せた、そしたらおとこし(男衆)の助けてくれらしたこつのあった。・・・
で、ついでのことに知ったこと。学校給食のミルクとぶたのえさの匂いが似ていたのはなぜだろう。・・豚のえさには、脱脂粉乳が入っていたからみたいです。なるほど!おいらたちはぶたのこといっしょだったんだね。

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コメント

おはようございます。
私も貴重なお話が聞けてよかったです^^☆
子供時代近所に養豚農家があって、小学校の残飯が毎日運ばれていて夕方になると大きな鍋で煮てありました。そういえば独特の匂いがしていたナ。 
たぶんみんなが残したミルクもたっぷり入ってたと思う。
ぶた屋のおばちゃんの口癖は「汚いとこばぶた小屋ぶた小屋ちゆうばってん、ぶた小屋んごつきれいにしとかやんとこはなかとよ」
と、力説してありました。 確かにいつもいつも水で流してきれいにしてありきれいな藁を敷いてありました。子豚かわいかったな~(子豚や子牛も処分なのかしら・・)
養豚のにおいはしてましたけどね。

そうですそうです。うちの父母も口をそろえていいますよ。豚はきれい好きだって。
でもくさかったんだもん。

>どうなるのですか。この先どうなるのですか!?

ずっと気になっているのは、口蹄疫禍ごく早期の、都農町からえびの市への飛び火。
ネット上では、家畜の移動によってウィルスが運ばれたみたいな噂が流れていますが、それだったら関係農家を調べたらすぐに真相が判明しそうなものです。
真相は公式発表されていませんよね?
もし、家畜の移動などの事実がないのであれば、他にどんな可能性があり得るのか。
口蹄疫の発生町の地図を眺めると、鹿遊(かなすみ)という地名があります。
鹿がたくさんいる地域のようです。
そして、えびの高原にも野生の鹿がたくさんいます。
ふたつの地域は「鹿」という共通項で繋がります。
鹿は出産期(春)から発情期(秋)までの間は、行動範囲が広くなります。
鹿が感染源ということになれば、すべての鹿を捕まえて殺処分というのは不可能に近いでしょう。
家畜のように何百頭も密集して生息しているわけではないので、感染した群れは自然の中で陶太され、行動範囲が狭くなる冬までには終息すると思われますが、口蹄疫ウィルスが完全に自然消滅することもないでしょうから、日本が「清浄国」グループ(約50か国)に入れてもらえないというだけのことかもしれません。

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