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2010年4月11日 (日)

遊行柳

遊行柳

遊行柳は芭蕉の『奥のほそ道』でまず知りました。有名です。

田一枚植えて立去る柳かな   芭蕉

田植えを一枚加勢して立ち去ったのは、遊行僧だったのか、柳の精だったのか。

ブログで史跡をさがしたら、写真つきでありました。

http://www.awaumi.com/kuhi/82mita/82mita.html

http://adiot.at.webry.info/200705/article_9.html

http://www.tvz.com/BASHO/1-12.html

遊行柳ゆぎょうやなぎhttp://www.nohgaku.or.jp/encyclopedia/program/detail/263/83/

諸国行脚の遊行上人が奥州白川の関を越えると老翁が現れ、先年さきの遊行上人が通った古道を教え、西行法師が歌を詠んだ朽木の柳に案内し、十念を授かり消え失せる。やがて朽木の柳の精が烏帽子狩衣の姿で現れ、報謝の舞を舞う。

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コメント

若い頃、本謡を三年ほど習った経験があります。夏場の浴衣会というお謡の発表会に「地」のひとりとして出場したことも、今となってはおぼろげな記憶ですが、このとき初めて「仕舞」というのを観たのでした。いまはなき、えさきさんとおっしゃる妙齢の独身女性のはかま姿のりりしさが衝撃的で、じぶんの出場した演目さえ記憶に無いのに、りりしい舞姿だけはいまも目に焼きついています。

自慢じゃないが、夫が仕舞を舞っている姿を一度も見たことがない。(家で練習しているのはしょっちゅう見るけど。)
いっぺん位見ておかないと罰が当たると思うのですが、なかなかその機会がなくて・・・去年町の公民館に見に行ったら、友人が「アラー今終わったよ。」ですって。いつか皆で見に行こうか。

高良さんの盲人の座を最近いつも想っている。
三千人もいたっていうその文化はどこへいったのだろう。って。
漏斗胸つながりで知ったのですが、ソラニンって映画に宮崎あおいちゃんの相手役で出る役者さんが高良さんっていうのですよ。みたくなってしまいました。
筑後地区って文化的にすごく古風な気骨を残していると感じるのは、たとえば結婚式や祝い事などのとき、必ず長老にお謡い三番をあげてもらうでしょう。
こういうのが残っているってことは、すばらしいことなんだとおもうよ。

地唄の人たちがバックに座られて、ホンナシでうたわれるのをじいっときいていたら、ほんとうにすごいな。って感動します。
定家(ていか)って長い曲がありますが、まるまる本ナシで暗誦されるのにはたまげます。途中三箇所ほど良く似た箇所があって間違えそうになるらしく。
40分もかかるのだ。一曲が。正座、つらいよ。それにしても。
なんだかわからないうちに、つながっていくんだよねえ。縁。ふしぎよ、とっても。
じつは、きのう、場所がわからなくて、井上能楽堂って漠然と覚えてはいたけど、ビルのなまえも演者の団体の名称もまったく覚えていなくて、演目をかいてあったパンフは忘れていってたという有様で。三十分ほど新古賀病院あたりをうろうろしてました。
こまってしまって、電話番号くらいきいておくんだった、と悔やみ、ひょっと思いついて、「かすり小町」ってかすりのお店があったので、そこで尋ねてみた。でもわからない。電話をして調べてくださったので、何も買わないのはいけないような気がして、蚊絣の携帯いれをかった。とほほ。でも、それはかわいかった。まあいいや。
車をとめてはいけないところに堂々ととめて、あるいて一軒一軒みてみることにした。
そしたら、空き倉庫風のビルがあって、その前で、上品ないかにもお能を舞いますってかんじのおじさんにあった(独特の気がありますよね)ので、ここらにこういうものは・・とたずねてみたら、はい、ここがそうです。と。それがなければ、場所がわからず帰ってしまうところでした。ちなみにその方はプロの方だったそうです。あとでひとにたずねてしりました。はあ~。ごくろうさん。

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