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2010年4月30日 (金)

東妙寺らんの俳句

きのうらんちゃんとせいこ、ぼんちゃんとの四人で会った。

四人であうのは初めてだったね。らんちゃんはふんわり、ほんわか。
ことに挙式を前にして、ぴかぴかに輝いていてまぶしいほどだった。

さて、『樹』3月号より、この一句。

山も樹もずしりずしりと冬の朝    らん

感覚的な句です。ずしりずしりがいったいなにをさすのか。
わかりませんが、静かに豊かに重量感を増していっている冬の山、冬の木々。
臍下丹田に、ぐっと力をためこんでいるさまが浮かんでくるような、一句です。
私はこれを読んで、とうみょうじ、おそるべし。と思った。まじ、うまいんだもん。

あと、『九州俳句』157号からこの一句。

初春や同じ未来を拓くらん     らん

はい。ごちそうさまです。

ちなみに、すごいのろけだったよ。これ。↓

皮肉屋のかささぎが、「釣った魚にえさはやらないっていうし、一年後をみよう」って言ったの。
そしたら、らんちゃんこたえていわく。

「恭子ちゃんがそういうから伝えてみたら、おとひこさんは、こう答えたよ。
ぼくはそんなことはしないよ。
だって魚には毎日えさをあげないとしんでしまうだろう。て」

さいごに、たちき3月号からもう二句。

九十の手になる手鞠壇飾る   八山 呆夢(久留米市)
雪の夜は何処からなく鐘の音  馬場 良行(大木町)

ぼんの句ですが、お雛様の段飾りと覚えていましたが、雛壇が正式なんだね。
あたたかくてしみじみとした手作りのよさのある一句。
また、馬場さんの句は、いづこともなく、というのが本来の表現かもしれないと思うのですが、それをいずこからなく、として、何処から泣く、という風にもよめるのが、一句の景の余情をさらに深めているように思えました。

(らんちゃんから本を頂いていたんで、一筆。)

 

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