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2010年4月 7日 (水)

乙四郎先生に学ぶ診療報酬と介護報酬(7)        訪問入浴介護サービス

保健医療経営大学学長

 橋爪 章

2010 年 4 月 7 日 診療報酬と介護報酬(7)

訪問入浴介護について解説します。

訪問入浴介護サービスは、自宅での入浴が困難な人に対して、浴槽を持ち込んで行う入浴サービスです。

訪問介護、訪問看護の入浴サービスは自宅の浴槽を用います。

通所介護、通所リハビリテーションの入浴サービスは施設の浴槽を用います。

訪問入浴介護は、看護職員1人、介護職員2人で実施するのが基準です。

1回あたり1250単位ですが、介護職員3人で実施した場合は95%の1188単位です。

全身入浴が困難で、清拭または部分浴を実施した場合は、所定単位数の70%となります。

訪問入浴サービス提供体制を強化している場合(介護福祉士が介護職員の30%以上など)は、24単位が加算されます。

また、訪問介護サービスと同じく、特別地域の加算(15%)、中山間地域等における小規模事業所の加算(10%)、中山間地域等に居住する者へのサービス提供の加算(5%)があります。

(保健医療経営大学『学長のひとりごと』)

▼かささぎの独り言

介護するとき、介護される側がどんなに小柄な人であっても、動けない人を扱うのはとても力と技術がいる。本腰をいれておかないと、こちらの腰がもっていかれる。(かささぎはヘルパー3級を一応もっている、博多で無料でとらせていただいた。役にはたちませんけど、だいたいの家庭介護は教えてもらえました。http://allabout.co.jp/career/careerwelfare/closeup/CU20010919/index.htm
かささぎ整骨院には介護に携わる方々もたくさんみえます。
その方々から苦労話を伺えるので、とても勉強になります。
その上ここで各論をおしえてもらえるので、とってもありがたいです。
入浴介護はまだ未経験ですが、一人の利用者に最低三人の介護要員が必要とは存じ上げませんでした。普通、家にだれか介護者がいる場合、寝たきりの人を時にお風呂場まで運んで入浴させる、または毎朝毎夕清拭してあげる。などの介護はなされる。でも、それらが何らかの事情でできないときや暑い夏などは、このサービスはとっても助かると思います。値段にしたら一万円を超しますが、かささぎが思うに、利用者にとっては、その値段よりも、裸を三人もの他者にさらすことの苦痛がおおきいネックになるような気がします。たぶん、そう感じなくて済むように細心の注意を払ってあるとしても。ああ、でも、年をとったら、すべておゆだねのきもちになれるのだろうか。これはなってみないと心底はわからないことだ。

今日、父が前立腺に導管を埋め込んでいるのを取り替える手術をするので、近くの院まで送っていく。看護士さんが父に声をかけるのを傍から聞いていたら、まるでこどもにでも話すようなかんじの話し方をなさる。それをいぶかしく感じるかささぎであった。父はなにも感じていないが・・・。じぶんも気をつけようとこころした。

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コメント

おはようございます。
介護入浴>>これは昔怪我をして入院した時に経験しました。
車椅子に乗ったまま前面が開いた風呂に入ると、前が閉じてお湯が満たされます。
寝た状態で入る湯船にも浸かりましたました。
この介護(される側)経験は、かなり貴重なものとして残っています。
恥ずかしいとは思わなくて動けない私にはありがたかったです。
それと、こんな貴重な経験ができることのほうに関心がいってました(・・当方、変わってるのかな?)

うん、ひめどんのアンテナは正しいわね。
正常に働いてる。笑

年寄り子どもって言葉があるでしょう?
年をとると子どもに戻っていく、とか言われるよね。
たしかに、こどもみたいにひとりよがりというか、「わがことだけ」になる傾向は強いと思う。
でもね、子どもといっしょにしちゃいかん。
年寄りにはそれまで生きてきたにんげんとしてのプライドがあるから、それを無視した言動はしたらいかんと思う。
呆けたばっちゃまだって、そうだよ。
呆けてないじっちゃまに子ども相手の口調で会話したら、それは部上句材、あれ?侮辱罪、です、これに匹敵するばい。笑

デイサービスの現場でも同じことが言われているようですね。遊びも折り紙なんか簡単すぎて(最近のバアちゃまたちは折り紙教室に通って、高度な折り紙を習得なさっている。)、歌う歌も子どもっぽくて嫌だと言う声を聞きます。
きょう住んでいる集落の老人会の総会があって、ばあちゃんからいろいろ話を聞いた。他人の悪口、弁当のまずさ、まだまだ批判が出来ているので、あと10年は大丈夫だ。

正常か狂気かの区別はけっこう難しいことかもしれないね。
『幻の命』をきいて、そう感じた。時代のいたみをかくときの書き方。あの手があったんだな。無痛不感症的へいわの時代、暗いもの重いものはどこへ行く、行かされる。そらへ。宙に浮かされ、ユーフォーに連れて行かれちゃう。それにしても正常なやつらはだれひとり書かなかったことを、この狂ってた人はちゃんとまっすぐなまなざしでうたっている。それはすごいことなんだよ。それにかささぎは、撃たれた。

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