無料ブログはココログ

« 乙四郎先生に学ぶ診療報酬と介護報酬(25)         医療保険下の訪問リハビリテーション | トップページ | 世界の終わり »

2010年4月25日 (日)

「梁」を丁重に追い出されたはなし

きのうの西日本新聞で志垣澄幸の短歌月評を読んでいたら、『梁』が79号を重ねたという話が紹介されていて、一時期僅かの間だったが、加えてもらっていたかささぎはいずまいを正し、心の中で伊藤一彦さんに小さくおめでとうをいった。

伊藤一彦の歌にも安永蕗子の歌にも強く惹かれるものを感じて、(たしか54号くらいから半年ほど。探せば何処かにまだあるはずだが)、参加させてもらったことがある。
秀野ノートを出す前のことだ。
というのは本をだして伊藤先生に送ったとき、そのまま返本された記憶がまだ新しいからです。多忙で、読む暇がない、これは送りますから、との付箋つきで。

秀野ノートを宣伝してもらおうと思ったわけではなかった。
わたしは単純に短歌が学びたかっただけだ。

しかし、。あのとき、びっくりしながらも、この人はさすがだと感じた。
もし自分がおなじように多忙で、誰かから貰った句集なり歌集なりに目を通せないとして、伊藤先生と同じように「読む暇がないと思いますので、もったいないから誰か他の人にさしあげてください」と一筆書いて、送料使ってまで送り返せるだろうか?
・・・いいや、絶対そんなことはしない。読まなくても放っておくだろう。・・・

と自問自答をしたことが胸によみがえってきた。

梁を追い出されたのは多分こうだろうと思える理由がある。
当時複数の俳句誌に入っていた私は、梁の参加費用の〆切日につい遅れてしまったのである。少数経営の同人誌(梁は同人誌ではなく会誌)が、一人十部買い取る方式を取っているのには経済上の理由があることで、甘えは絶対許されることではなかった。れぎおんの前田先生のご苦労をそばで見てきて知っていたはずなのに、忙しくて、それを一瞬わすれた。

恭子さん。いそがしいという字は、心が亡ぶと書きますよ。

前田師から頂いた厳しい叱責のお言葉がかささぎの胸に去来する。
あのときの失敗とおんなじ失敗を今回のれぎおんで私は又しでかした。
版下を送り返すのが〆切に間に合わなかったのである。
結果、みんなで巻いた歌仙作品掲載を見送られてしまった。

おなじことだ。

わたしの甘えのせいで、みんなに迷惑をかけてしまった。

« 乙四郎先生に学ぶ診療報酬と介護報酬(25)         医療保険下の訪問リハビリテーション | トップページ | 世界の終わり »

コメント

おはようございます。 
今朝は虹を見ました。 よい1日になりますように
忙>>心を亡くすという意味でしたか。
でも人は忙しい時間を過ごしてるほうが幸せかもです。
私には、何もかも忘れるくらい没頭できたり働けたり出来ることは幸せかもです☆
忙と忘>>同じ作りからできてますね。漢字っておもしろいですね~。
夕刊に白川静氏の漢字のコーナーがありますが、これが毎週の楽しみです♪

えめさん。そういや、ちょうど昨日見たカバラの映画。
いそがしいとわすれる、ほんと、おんなじだ。
素材がいっしょで、位置がちがうだけです。
heartとearth、liveとevil みたいな・・・

しらかわしずかはかせはご健在でしたか。ご高齢ですよねえ。夕刊とっていないのでうらやますい。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「梁」を丁重に追い出されたはなし:

« 乙四郎先生に学ぶ診療報酬と介護報酬(25)         医療保険下の訪問リハビリテーション | トップページ | 世界の終わり »

最近のトラックバック

2020年2月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29