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2010年4月19日 (月)

『古典と現代文学』山本健吉著

1詩の自覚の歴史
2柿本人麻呂
3叙情詩の運命
4物語における人間像の形成
5源氏物語
6隠者文学
7詩劇の世界
8座の文学
9近松の周辺
10談笑の世界


健吉の出自。
小野氏という。(秀野が一子安見のひな祭りに詠んだの句の前書にある。)
1と2に書かれていることが小野神の参照になる。
そして
、健吉があれほどまでに古典にのめりこんだ理由も見えてくる。
まるごとひきたいが、時間がかかりすぎるので断念。
以下引用。

小野神の信仰を宣布して歩く柿本族人の巡遊伶人であり、その限りにおいて彼の作品は詠み人知らずの・・・(略)
人麻呂の身分はなにか。
一舎人 二地方官吏 三宮廷詞人  四巡遊伶人
一は茂吉が主張。
折口信夫は四を主張、族人、巡遊伶人でありつつ宮廷の命をうけて召歌(めしうた)を歌ったと。
ホメロスや屈原のような架空の詩人像と、実在の宮廷詩人と、二つの存在が人麻呂という名で結合する。

柿本氏族の本貫は、大和の添上郡櫟本(そえがみぐんいちもと)附近と考えられ、大春日ノ朝臣と同祖である。この地は、添上の北辺から分離して、ほとんど山辺郡との境界部落(垣下かきのもと)であり、春日ノ和珥(かすがのわに)の臣(同じく大春日氏の岐れである大族)の根拠地と、非常に隣接している。久米歌にある「垣下」その他、この語は宮廷の外囲を言う語であるから、そこから宮廷領の境界、またはそこを守ることを意味してくる。大和の最北辺の地境にいて、霊物の擾乱を防ぐことが、この一族の表の職業であったらしい。

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コメント

現代文学 古典引用

7位

5位くらいに入っている中国文学とその引用の話が面白い。

ほしのへいったとき、だいえんじの資料館にあった、小野神社とかかれたかねながしんのうの扁額の手跡も、撮ったのですが、さがせどデータ紛失。
きになる。
わに氏とおの氏はつながっているんですね。
わに氏、連想します、星野から谷1つこえた黒木のおくの笠原の、さらにおくのわにばちを。ここに人形浄瑠璃がなぜかのこっていた。かささぎは母とろくじぞうをさがしにいったっけなあ。つきあしというご婦人のあとをついて道なき道をいくと、やまにひらけたところがあり、そこに六地蔵のいたひがあったのだ。板碑。

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