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2010年3月19日 (金)

筑後に残る源平合戦の跡とうじかばねの民

源氏と平氏

 竹橋乙四郎


平安時代、博多を拠点とした宋との貿易による経済力を背景に、九州は平氏の支配下にありましたが、清和源氏の源頼朝が平氏に挑み、壇ノ浦の戦い(1185年)で平氏は終焉し、勝った源頼朝は、鎌倉に幕府を開き武家政権を確立しました。
ここで平氏滅亡ということになっていますが、実際は生き延びた平氏がいます。
建礼門院徳子(安徳天皇の母、平清盛と二位尼の子)と守貞親王は救助され、後に出家。
生け捕りにされたのは、平宗盛、平清宗、平時忠、按察使局など。
平宗盛(宗清)・清宗の親子は、身投げしようとしなかったので部下に突き落とされ、海を泳ぎ廻っているところを源氏側に捕えられます。
平時忠は流罪となり、そこで死亡。平宗盛親子は鎌倉護送中に暗殺される。
安徳天皇(8歳)は二位尼(平清盛の妻)と入水した、乳母の二位(平宗盛の母)と入水した、按察使局と入水したと諸説ありますが真偽不明。
このうち、按察使局(伊勢)については海から引き上げられて生け捕りにされたと吾妻鏡にあります。
安徳天皇は久留米の長者笹山の松田のもとに身をよせ小森野で育ち、亡後は水天宮そばの日輪寺に葬られたとの言い伝えがあります。
按察使局は、平知盛一族と共に壇ノ浦から大分に逃がれ、備後水道を下り筑後川に出て1190年代に安徳天皇と平家一門の霊を祀る祠を建てた、と久留米の水天宮総本社の社伝にあります。すなわち、水天宮は平氏のお宮さんです。
合戦の敗将、平知盛(清盛の子)は、八女市八幡の平に逃れて住んだとか。
知盛の叔父、平宗清が開いたとされる寺(宗清寺)があり(八女。後に筑後市鶴田に移転)、平家の残党は、原や坂梨などに姓を変えて(たいら、という意)、お寺の周辺に住みついたとか。

さて、勝った清和源氏の末裔は、その後、世にはばかることになります。
八女んにきは、平氏と源氏の末裔の鬩ぎ合い。
戦国百首の頃、圧倒的影響力の大友氏は清和源氏。
八女の人たちは、自分は平氏の末裔ではないぞ、と自己主張しなければならない必然性があり、あえて源姓を名乗ったのかも。
清和源氏末裔の八女の代表格は石橋氏。八女地方の石橋氏は、清和源氏の血を引く石橋右衛門盛清が天正年間(1573~1593年)に星野村に定住したのがはじまりとか。

源氏も平氏も、皇族が臣下に下る際に賜る姓の一つ。
このほか、藤原氏、橘氏も。
すべて同じ血筋なので、源氏も平氏も藤原氏も橘氏も親戚どうし。
平氏が滅亡したといっても、血筋が途絶えたのではなく、平清盛の系列の平氏が途絶えただけのことで、平氏じゃなく平家(平清盛家)の血筋の滅亡というのが正しい。
平清盛以前に皇族から派生した平氏は壇ノ浦以降も現在に至るまで続いており、源頼朝の後の政権でも北条氏や織田信長などは平氏の血筋。
この「姓」は血筋を重視するものなので、嫁いでも変わらないし、養子になってゲットすることもできない。すなわち、「苗字」とは別物。
明治以前までは、姓と苗字とは使い分けされていたようです。
普段は通称の苗字を使うが、皇族の前では姓を使うのだとか。
希典も、苗字は乃木だが源氏(佐佐木源氏)なので姓は源です。
皇族の末裔でない人は源氏でも平氏でもないので混乱はありません。
ところで八女市平の平姓と内田姓、山内の安徳姓、長野の内山姓、北川内の倉員姓は平家だそうです。ややこし。

どうも詳しいお調べ、ありがとうございます。
これで視界がはっきりしました。すっきりして、きもちがいいなあ。
水天宮のことも、石橋家が源氏だったことも、よく知りませんでした。それよか、いちばんのびっくりは、清盛の子が八女のたいらに逃げ込んだ、ということです。そんなのしらんばいね。みな、しっとった?
うわあ、びっくりだ。
たしかに、地名はタイラだし、たんぼの中で平ら。
平には内田という姓の南中学時代の恩師がいました。ぼんたん先生。もう亡くなられましたが、なつかしい恩師です。ぼんたんから習っている間は、かささぎあたまでも数学は5でした。ソフトボール部の顧問で、夏、夕方、スイカの差し入れ。の記憶。そうだったのか、先生は平氏の末裔。へーえ。ひさびさにおもいだしました。ありがとう。
源というのは、乃木まれすけ将軍のかばねになるのですね。なるほどお。
ちなみに、うつしてきた。乃木大将の書の内容。
それ兵の形象は水なり水は高きを避け低きに従うなり兵の形は實を避けて霊を撃つなり水は地によりて流れを制し兵は敵によりて勝を制すものなり・・・と、勝手によみくだしてみました。まったく違うってこともなかろうと。これ、ひょっとして中国の兵法書をうつしたのでしょうか。じぶんのむすこたちをことごとく人に先駆けて旅順作戦でうしなった人のことばは、意味はよくわからぬながらも、胸をうちます。
また、その字からも、おなじものを感受します。

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コメント

そのカタログ、院においているんで、今みることができない。気になる箇所が一箇所あって、それは水は地に因りて流を制し兵は敵に因りて勝を制すの前にある文章。
兵形避實撃霊。
これはどういう意味でしょう。もしや霊主体従てこと?ちょうど昨日ひらいたオニさぶろうのとこにでてるので、くっつけるよね。↓
霊ではないかもしれない。字が少し霊とは異なっているようでもある。あとで自分の写しをアップできればアップします。気になってしようがないので。
えめさん。えびの絵をみたのは、ここでしたよ。だれが描いていたかといえば、びっくり、伊藤若冲!

おはようございます
今日も鍵を持っていかれてしまいました(あほ)
たいら>>へえ~なるほど。。そういえば、たいらの知人達はそこはかとなくはんなりとして優美なところがあります☆
伊藤若冲>>博物館にきたとき行きたくて行けなかった心残りがあります・・。

写しをみた。
かなりちがっていました。
漢文できないとどうしようもない・・・。ということがよくわかる。
黒木氏文書。あれも途中まで入力して放ったらかしだよなあ・・・。
源稀典の書。本文につけたしました。興味のある方はどうぞ。↓

按察使局→高良山→平家物語・・(黒木物語)
かささぎさんが今まで辿っているものは全てつながっていると。玉垂・・。そのうち物部にも・・。
すみません。句はなんとか。。頑張って出します。。

ちょうどよかった。うたまるさん。
一月たったので、今日アップしましたが来週あたりまで受け付けているので、あとからでもどうぞ。
さくら、いつまでもつかなあ。

>そのうち物部にも・・。
はい、七支刀を持つ謎の人形がある筑後大和(山門)の「こうやの宮」は「磯上(いそのかみ)物部神社」というのが正式名称です。七支刀がある天理市の「石上(いそのかみ)神宮」は物部氏の総氏神。
そして、按察使局は石上神宮の神官の娘。
石上神宮の七支刀の話を按察使局から聞いた筑後人が、人形をこさえて石上神宮を筑後大和に再現したともいえる。
磐井を鎮圧した物部氏が七支刀を没収し、戦利品として石上神宮へ奉納したことを人形物語にしたともいえる。

おつしろう。すごい展開だね。
あぜちのつぼねは石の上氏のむすめだったのか。
いそのかみ氏の神官のむすめ。
藪秀野はその血をひいている。だから石のつく姓の人とばかり縁があった。
ずうっと遠いところから呼びかけられている。
きのう、不動明王の秀野の句がふいとうかんだ。
それはなぜだったのか。というのをふとんの中で今朝いちばんに考えた。イワイという名のおとこを考えていたんだ。いわくらのいわ。磐のゐ。
仏像で必ず磐の祭壇の上に座すのはだれだったかな。それこそ不動明王だった。
そして、無量寿院。
西をむいてたつ寺。
石橋家の墓へは寺の右側にある閻魔堂(北向き)の前を通って、閻魔さんにごあいさつをしてからしか行けない。なぜ。おののたかむらをおもうため。
たいらの地にある郵便局がぱっと目の前にでてくる。あの前の道をまっすぐまっすぐ西へと行ったらば、三時間くらいで佐世保へでた。
遠いような。近いような。
うみ。
うみ。
長崎まで出なくても、そうか。矢部川で船にのれば海にでますね。有明海。
ところで、平のそばの光という地名はなぜひかりでしょう?
ふとそんなことも連句的におもっている。
きのう、えめさんが神功皇后のたどった道を色々あげてくださった中に、唐尾というのがあった。カラオ?はじめて聞きました。唐の支配をうけているはじっこ風の地名ですね。溝口のちかくですか。溝口といえば美濃和紙が伝わった地ですね。日源上人像のあるお寺もありました。矢部川ぞいです。

おはようございます。
タイムリー、タイムリー♪
磐井の石人もののいくつかが重文指定されましたね☆
日本書紀・編纂の旅>>いつか歩いて探してみようと思います。 八女・古道の旅 
では今日(?)もお気をつけて~

ここ。ついよみふけってしまいました。
出口王仁三郎の霊主体従物語のついでに。

検索サイト Google  検索ワード 星野村 平家

で、見えました。

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