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2010年3月10日 (水)

高良山十景歌 2(やりなおし)

かささぎが最初に「高良山十景歌」とであったのは、「高良山物語」でした。
そこでは番号とか付されていませんでした。
http://snkcda.cool.ne.jp/kourataisya/30jakugen.html(ここです。)
検索でつぎに出合ったサイトでは、グループにわけてありました。
http://snkcda.cool.ne.jp/kourasan/siika.htm(ここです。)
そっちのほうがわかりやすいようです。
それで、団体わけでよみなおします。原物はという問題はお預けのまま。

御手洗の蛍
                         柳原大納言資行
玉垂在昔斯水に臨む 神迹芳を流す橋上の名

御手洗の余滴散るかと疑ふ 光を凝し矜り照して宵行を作す

これは前々回よみましたが・・・やりなおしです。
よみくだし。

たまたるは昔その水に望みてあり。→その水ってどの水。どの川。
と思わなければいけないのに、かささぎは昔の神さまの名にいってしまいました。

(斯のつくなまえの神さまだったので。)
しんじゃくほうをながすきょうじょうのみょう→?
これがわからん。おてあげ!ばってん、こげないみじゃなかろうか。
神のいらしたあとに仏法が興ってとってかわったが、橋名にはもとの神のなごりをのこす。
・・・これ、昨日の夜の古賀の音彦、久留米市の文化財保護課の職員さまが「御手洗=みたらい川にかかる橋がみだれ橋ではないか」とヒントをくださったから思いついたよみですが。ほう=芳=葦。あしはよし。御手洗橋と言っていたかもしれず。乱れ橋は蛍が乱れとぶから付いたのかもしれませんね。

柳原資行卿の歌ですが。
こてこての言葉で精一杯もりつけた感じがします。漢詩は硬くぎこちない。

                         日野中納言弘資
くるゝ夜は ほたる涼しく 河風に みだれ橋てふ名も朽ずして

これは昨日読みましたので、省略します。
                         源寂
千古の霊神垂降の日 渓流手洗小橋の名

丹良今昏衢の燭を秉て 山僧に分与し夜を照て行しむ

せんこのれいしんすいこうのひ。 けいりゅうにてをあらうこばしのな。
あまたの古い霊神が降りてくる日、渓流で手を洗うその小橋の名。

にらこんこんちまたのしょくをすて さんそうにぶんよしよをてらしていかしむ。

かささぎは、この「にらこんこん」、たいそう気にいりました。
韮こんこん(八女弁で漬物をこんこんという)ではありません。
このニラは中国名の蛍の別名です。
http://www.komazawa-u.ac.jp/~hagi/hotaru-Lampyridae.pdf#search='丹良'
(駒沢大学 萩原義雄『螢 Cruciata di Luciolaのこと』)

蛍が今宵はたくさん湧いて出る(にらこんこん、これっぽちでそう読める!)、
ふだんのともし火はいらないくらいだ、
山僧たちに分けてあげ夜道をいくときのあかりとなさせよう。

暮るゝより 蛍涼しく みだれ橋の した行く水に かげをうつして

おお、こうでなきゃ。
最初に引用した、おくげさんの「くるる夜」って表現は、くどかった。
夜は暮れるから夜だろうがよっていって、ついけりをいれたくなった。
しかし、寂源はちがいます。暮るるより、と夜は省いていますもの。

以上、「御手洗の蛍」の一連、おわります。

追伸;古賀の音彦さんの読みを追加します。

▼漢詩の音彦の理解▼               
玉垂の神は昔、この川に臨まれたことがあった。
その神の遺跡は芳しく今も伝わり、神の事跡が御手洗の橋の名に残っている。
その御手洗の流れに飛び散る滴が蛍のようだ。
光が集まりあやうい足元を照らしてくれ、宵の一時を楽しむのだ。         
こんな理解をしてみました。(古賀音彦・メール投稿)

コメント

ここに、古賀音彦さんからの「よみ」を追加しました。
文末をごらんください。
どうもありがとうございました。
どなたさまも、どうぞお気軽に「わたくしのよみ」をおよせくださいませ。

お久しぶりです。。一気に斜め読み。ふとここでコメント。この「玉垂在昔斯水に・・」、「千古の霊神垂降・・」も同様に古来からの神々を祀る神事(祭祀、熊野で言う一種の御幸のようなもの)に向かう途中の歌なんですね。。行者(修験道)も同行し厳かな行列の中、川に差し掛かったところで蛍の群集に出会い、あまりの幻想的な見事さに一行は立ち止まり夫々に歌を詠んだ光景が出てきました。そして一行はこの蛍の群集は神の使いと夫々が手に集め明かりとした・・。と。「くるゝ夜」とは「暮れる」なんですか?私には「来るる」つまりこの日は特別な日として「きたる夜に」と感じました。。
ただ、あくまで前後文脈を無視した素人感想ですので。。

うわ。うたまるさんさんきゅうさんきゅう。
それでよかとです。学者の頭になってしもたら、なんもみえんごつなるけんね。ありがとう。すばらしい!わんだふぉ。ふぉっふぉっふぉ。


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コメント

ここに、古賀音彦さんからの「よみ」を追加しました。
文末をごらんください。
どうもありがとうございました。
どなたさまも、どうぞお気軽に「わたくしのよみ」をおよせくださいませ。

お久しぶりです。。一気に斜め読み。ふとここでコメント。この「玉垂在昔斯水に・・」、「千古の霊神垂降・・」も同様に古来からの神々を祀る神事(祭祀、熊野で言う一種の御幸のようなもの)に向かう途中の歌なんですね。。行者(修験道)も同行し厳かな行列の中、川に差し掛かったところで蛍の群集に出会い、あまりの幻想的な見事さに一行は立ち止まり夫々に歌を詠んだ光景が出てきました。そして一行はこの蛍の群集は神の使いと夫々が手に集め明かりとした・・。と。「くるゝ夜」とは「暮れる」なんですか?私には「来るる」つまりこの日は特別な日として「きたる夜に」と感じました。。
ただ、あくまで前後文脈を無視した素人感想ですので。。

うわ。うたまるさんさんきゅうさんきゅう。
それでよかとです。学者の頭になってしもたら、なんもみえんごつなるけんね。ありがとう。すばらしい!わんだふぉ。ふぉっふぉっふぉ。

さすがにコメントはやいですね。(驚
それと、この場面には精妙な音色も混じっているような感覚です。そういった音に関する歌はありませんか?

う、うたまるさん。
ちょっとまってくださんせ。
その3をやりますので。
なにか、みえましたか。

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