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2010年3月 2日 (火)

ままこいじめ 3 折口信夫、

山本健吉がはじめて世に出るきっかけとなった仕事は、折口信夫の『死者の書』をめぐる評論『美しき鎮魂歌』でした。昭和24年のことです。

この年、健吉は再婚しています。
妻が死んで三年目、遺児安見子を育てなければならなかった。
いつまでも姉の家に甘えて居候しているわけにはいかなかった。

健吉は折口信夫を師と仰ぎ古典の世界へ没頭していったのですが、そのことは健吉の俳句批評にも大きな実りを齎します。しかし、健吉を古代へといざなったのは、折口信夫だけではありませんでした。
かささぎは石橋秀野を調べてゆく過程で、奈良天理という古代大和の地と血とを知り、そのなぞを解き明かすことが、すなわち、健吉と秀野とのものがたりを解き明かすことだとだんだんと思えてきました。

折口博士の『死者の書』、これはとっても難しい本です。
かささぎも全部を読んではいません。途中で投げ出しました。
当麻寺に伝わる曼荼羅にちなむ中将姫伝説を死者の口に語らせる、いわば、お能みたいなスタイルの小説です。
中将姫は、継母のままこいじめに遭います。

それを読み、書きながら、健吉はなにを思っていたでしょうか。

折口信夫は、むかしの家(イエとかいたほうがいいかも)で生まれ育ちましたが、どんな家かといえば、かささぎの読んだ本では、母の姉妹同居の大家族でした。信夫はじぶんはおばさんの子だとおもってそだったようです。それが本当かどうかはわかりません。
のちに、かささぎは折口信夫が「あすかにいますじんじゃ」という名前の古い由緒ただしい家に生まれた人であることを知ります。飛鳥坐神社。祖父の家だそうです。これは、白洲正子の奈良についての本で知りました。

飛鳥坐神社:http://f1.aaa.livedoor.jp/~megalith/asukanimasu.html

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