無料ブログはココログ

« 平成22年度診療報酬改定(22)                新型インフルエンザや結核等の感染症対策の推進       | トップページ | 杉山洋先生との話でわかったこと »

2010年3月 6日 (土)

俳人貞永まことを知っていますか。

先日、杉山洋先生宅を訪問したとき、秀野がいた余丁町小学校を尋ねて行かれた話を伺う。そのとき、すぐ近くの通り名を見ていたら、あれ、ここは永井荷風の断腸亭のあったところじゃないか。と気づいた。。。というお話もしてくださいました。

秀野には東京女子医大に通って女医になったタマエという長姉がいたので、その姉といっしょに住んでいたのだろう、という話。すぐ近くに東京女子医大もあったそうだ。ここにきちんと書いておられます。ご覧ください。この杉山洋先生は、典型的な八女人で、地声はいわゆる「とうまる声」でばかでかく、電話でもし先生にがんがん来られたら、数日は立ち直れない。(テレビ朝日の方も気の毒でした。)

http://ameblo.jp/yameyobanashi/entry-10230315712.html#main(秀野と荷風)

http://ameblo.jp/yameyobanashi/entry-10472296762.html(テレ朝への怒り)

永井荷風から、かささぎはすぐ貞永まことを思い出しました。
じつは、かささぎ、連句の同志であったまことさんの唯一の句集「貞永まこと句集」を批評していないのです。お茶をにごしたまんまで、。

蚊柱やそこに荷風が佇つような   まこと

太刀魚をさげて恋慕の扉をたたく   まこと

なつかしき傷をあつめて石榴かな   まこと

この三句は句集に入っていません。
かささぎが貞永まことベスト3を選ぶなら、この三句です。

亜の会歌仙『扉をたたく』

http://tokowotome.cocolog-nifty.com/blog/2007/10/post_ad9b.html

ところで。

かささぎは杉山洋先生宅へ何を聴きに行ったかと申しますと。
秀野の化粧vs晶子の化粧、そのエピソードを確かめにいきました。

十年ほど前の秀野祭で杉山先生から伺ったお話と、先生が書かれているお話とが主客転倒してましたので、確認に行ったのです。
けれども、そのことが書かれているらしい秀野のご学友の手紙が見つからず、見せてもらえませんでした。それで、その日が版下校正〆切だったかささぎはどうしたか。といいますと。

腹をくくります。かささぎが責任をもちますので、このままいってください。

と申し上げました。
『俳句界』の編集者のかたはどう思われたことでしょうか。

証拠がなければ、十数年前じぶんの耳できき、れぎおんにも書いた、そのほうをかささぎは採ります。

あとでこれが証拠だと先生が見せて下されば、そのときに訂正いたします。

※こういうことをブログで大声でやりあううちに、もっともっと面白い当時の真実がみえてくればいいが。と思います。ゆっくりと慌てず、しかし、急がねばなりません。

« 平成22年度診療報酬改定(22)                新型インフルエンザや結核等の感染症対策の推進       | トップページ | 杉山洋先生との話でわかったこと »

コメント

これは3月6日(土)の記事、どうして私が遠く離れた東京でとった行動を予知するような記事が書かれるんでしょう。
過去に何回もこういうことがあった。

昨日雨の中、飯田橋のホテルグランドパレス前を通ったら「東京女子医大発祥の地」という立て看板がありました。
へぇーと思いちらっと読んで通り過ぎました。
秀野さんのお姉さんに関係あった・・・。

現在東京女子医大があるのは、確かに杉山先生が訪ねられた余丁町と隣り合わせの新宿区河田町。

昨日なぜ飯田町を歩いていたかと言いますと、頼まれた滝沢馬琴の住居跡をさがす為です。

yokoさんと3ヶ月ぶりにおしゃべりと言うことになり、場所は飯田橋、これは偶然で、飯田橋に行くならと急遽滝沢馬琴を思い出し地図を印刷して持参、おしゃべり後の散策にyokoさんをさそって滝沢馬琴の・・・となったわけです。

地図通りには歩かなくて横道にそれて「東京女子医大発祥の地」を通ったのは偶然です。

滝沢馬琴住居跡、結果的に見つかりましたが難航しました。あまりにもそっけなくて。
でもその近辺は文壇の人達が結集した通りであることが別の立て看板でわかりました。
中坂という坂道、平将門を祀る築土神社もありました。これがまた変な神社でそこへ足を踏み入れただけでも良かったです。
東京の守り神、平将門についてはちょっと興味があります。

ところで滝沢馬琴の・・・の写真はどうなったの?といわれそうですが、真っ暗な中で撮ったので自信ない(花なら自信あるけど)、まだパソコンに入れてません。

さくらさん。どうもありがとうございました。
すごいもんですよね。
たいらのまさかどは今なお、たたって、こわいらしいですね。杉山先生からきいてきたばかりです。それとおなじで、秀野さんや健吉もまた。たたりはしませんが、強い霊力を今なお発してやまない。

たきざわばきん、お手数おかけしました。
このなんそうさとみはっけんでんの作者が、江戸時代に編まれた歳時記『俳諧歳時記栞草』の編者と同一人物と知り、その家の跡に井戸が残ってるというので、さくらさんにいっておけば、いつかは必ずやみてきてくださるだろう・・・という虫のいい依頼でした。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 俳人貞永まことを知っていますか。:

« 平成22年度診療報酬改定(22)                新型インフルエンザや結核等の感染症対策の推進       | トップページ | 杉山洋先生との話でわかったこと »

最近のトラックバック

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31